第66話「おばけ屋敷」
7月初旬の夕暮れ、大学の夏祭りの喧騒が遠くに響く中、わたし――しおりんは、ひかりんと一緒にキャンパス裏の特設お化け屋敷の前に立っていた。
祭りの提灯が揺れる中、ボロボロの木造屋敷の入り口は真っ黒な布で覆われ、隙間から冷たい風が漏れ出してる。いつもイケイケなひかりんが、こんな風に緊張してるの、初めて見たかも。わたしのタンクトップも汗で背中に貼りついて、心臓がすでにドクドクしてる。
「しおりん、ほんとに入るの? 座道の心で耐えられるかな、これ……」
ひかりんが、いつもより小さめの声で言う。彼女のロングヘアが風で揺れて、首筋の汗がキラリと光る。わたしは「座道の極意その三:『暗闇でも心はブレない』!」って自分を励ますけど、正直、膝がガクガク。入り口から聞こえる低い唸り声みたいな音に、背筋がゾクッとする。
「ひかりん、映画研究会だし、ホラー耐性あるよね? 座道部として、姿勢正して突入!」
「ふ、ふん! しおりんがビビらなきゃ、わたしも平気だから!」
わたしが無理やり笑顔で言うと、ひかりんは強がりながらわたしの手をぎゅっと握ってくる。彼女の手、汗でひんやりしてて、なんかちょっと落ち着く。でも、その瞬間、入り口の布がバサッと揺れて、中から「ヒィィ……」って不気味な声。わたしの心臓、止まりそう。
手を繋いだまま、恐る恐る中へ。真っ暗な廊下、足元の板がギシギシ軋む。空気が冷たくて、なんか湿ってる。ひかりんのワンピースの裾がわたしの腕に擦れて、彼女の香水の甘い匂いが一瞬漂うけど、すぐにカビ臭い空気に掻き消される。どこかで水滴がポタポタ落ちる音。暗闇の奥から、かすかに赤い光がチラチラ。わたしの息、浅くなる。
「しおりん、なんか……変な音、聞こえる?」
ひかりんが囁く。彼女の声、震えてる。わたしの手が強く握られて、指が痛いけど、離す方が怖い。突然、右の壁からガタッ!って音。ひかりんが「ひっ!」って小さく叫んで、わたしの腕にしがみつく。壁に何かいる。動いてる影がゆっくり、こっちに近づいてくる。
「ひ、ひかりん、座道の心! 姿勢! 姿勢!」
わたしが必死で言うけど、声が上ずる。ひかりん、ほとんどわたしに抱きついてて、彼女の髪がわたしの頬に当たる。汗と香水の匂い、なのに心臓バクバク。暗闇の奥、赤い光が近づいて、人の形っぽい何かが見える。顔がない。白い着物みたいなのが、ふわふわ浮いてる。わたしの喉から、変な声が出そう。
「しおりん、走るよ!」ひかりんが急にわたしの手を引っ張って、廊下を駆け出す。板がギシギシ鳴って、背後から「ハァァ……」って息づかいみたいな音が追いかけてくる。角を曲がると、突然、目の前に白い顔! 目が真っ黒で、口が裂けてる! わたし、悲鳴上げて、ひかりんと一緒に後ろに倒れ込む。
「うわっ! しおりん、大丈夫!?」ひかりんがわたしの上に覆いかぶさるみたいになって、彼女の顔がめっちゃ近い。息、熱い。暗闇で彼女の目、うるっと光ってる。怖いのに、なんかドキドキする。でも、その瞬間、背後の壁がドン!って鳴って、ひかりんが「きゃっ!」ってわたしに抱きつく。彼女の体、震えてる。わたしの腕も、ガクガク。
「か、かおりんの言う通り、暗闇、怖すぎ……!」
「しおりん、言わないで! ほんと出そう!」
わたしがやっと声出すと、ひかりんが涙目でわたしの肩に顔を埋める。彼女の髪、汗で湿ってて、首筋がわたしの唇に触れそう。心臓、爆発しそう。なのに、奥からまた足音。トントン、トントン、ゆっくり近づいてくる。わたしの背中、冷や汗でびっしょり。
「ひかりん、動かなきゃ……!」
わたしが囁くと、ひかりん、頷いて、二人で這うように進む。床、なんかヌルヌルしてる。血の匂いみたいなのが漂ってきて、吐きそう。ひかりんのワンピース、床に擦れて汚れて、彼女の膝、震えてるのが見える。次の部屋、鏡だらけ。鏡に映るわたしたち、なのに、鏡の奥に何かいる。黒い影、じわじわ動いてる。わたしたちの後ろに、立ってる。
「しおりん、鏡、見ないで!」
ひかりんが叫ぶけど、遅い。鏡の中、黒い影が笑ってる。歯、ギザギザ。わたしの悲鳴、喉で詰まる。ひかりん、わたしの手を引きずるようにして次のドアへ。ドア開けた瞬間、冷たい風と一緒に、女の声。「コッチオイデ……」って、耳元で囁かれたみたい。ひかりん、泣きそうな声で「しおりん、だいすきだから、死なないで!」って叫ぶ。わたしの胸、怖さと別の何かで締め付けられる。
最後の廊下、出口の光が見える。でも、背後からドタドタ足音! 振り返ると、血まみれの手が壁から伸びてくる! ひかりんとわたし、叫びながら出口に飛び込む。外の空気は温かいのに、凍えるくらい寒く感じる。祭りの喧騒が遠くで聞こえて、提灯の光が揺れる。わたしとひかりん、地面にへたり込んで、息ハァハァ。
「しおりん、生きてる……?」ひかりんが、涙目でわたしの顔見る。彼女のワンピース、汗と汚れでグチャグチャ。髪、乱れてて、いつもより弱々しく見えるのに、とても綺麗。わたしのタンクトップも汗でびしょびしょ、心臓まだバクバク。
「うん、生きてる……ひかりん、だいすき……」
わたしがやっと声出すと、ひかりん、笑いながらわたしの肩に額をコツンって当てる。彼女の汗の匂い、なんか安心する。祭りの喧騒の中、二人でしばらく座り込んで、震えながら笑い合った。座道の心、完全に崩壊したけど、ひかりんと一緒なら、こんな恐怖も、なんか悪くない。




