第64話「冷やし中華」
7月初旬の昼下がり、家の中はまるで蒸し風呂。エアコンはママりんの「節電!」指令で使えず、開け放した窓からは熱風がゆるゆると流れ込んでくる。
わたし――しおりんは、ソファにぐでっと寝転がって、扇風機の風に髪をなびかせながら、汗でタンクトップが背中に貼りつくのを感じていた。隣では、妹――かおりんがハーフパンツにゆるいTシャツ姿で、膝を抱えてソファの端に丸まってる。かおりんの首筋には汗が光り、Tシャツの裾がめくれたところから、白いお腹が見えている。
「しおりん、暑すぎ……座道の心も溶けちゃうよ……」
かおりんが、だるそうな声でぼそっと言う。いつも元気なかおりんが、こんなぐでぐでなのは、ちょっと珍しい。
「うん、ほんと、座道の極意その一:『暑さでも姿勢を正す』とか、無理ゲーだよね、今日」
わたしが笑いながら返すと、かおりんもクスクス笑って、ソファにさらに沈み込む。かおりんの髪が汗で額に張り付いて、いつもよりちょっと大人っぽい雰囲気。
「ねえ、しおりん、なんか涼しいことしようよ。喉カラカラだし、動きたくないけど……」
かおりんが、子犬みたいな目でこっちを見てくる。
「冷やし中華、作ってみない? ママりんが材料買ってたよ。涼しいし、簡単そうだし!」
わたしが提案すると、かおりんの目がパッと輝く。
「しおりん、天才!」
かおりんがソファから飛び起きそうになったが、すぐに
「うー、動くのめんどい……」
とまた沈む。笑っちゃうくらい、かおりんらしい。
「はいはい、わたしがリードするから、かおりんは助手ね。座道の心で、優雅に調理しよう!」
わたしが気合を入れて立ち上がると、かおりんも「部長として負けられない!」と、ゆるっと起き上がる。
キッチンに移動して、冷蔵庫からハム、キュウリ、トマト、錦糸卵用の卵を取り出す。かおりんが麺を茹でるお湯を鍋にセットする。でも、暑さで動きがスローだ。かおりんが鍋に水を入れるとき、うっかりTシャツに水が跳ねる。おかげで胸元がちょっと透けてくる。
「かおりん、服! 水! 気をつけてよ!」
わたしが慌てて言うと、かおりんは「え、うそ、どこ?」って自分の胸元を見て、ニヤッと笑う。「しおりん、変なとこ見てない?」って、わざとTシャツを軽く持ち上げて扇ぐ。ブラもしてないのに、透けちゃうと見えてはいけないポッチまで見えちゃうじゃん。
「ち、違うって! ほら、キュウリ切ってよ、助手!」
「はーい、部長補佐、がんばります!」
わたしが顔を赤くしながら包丁を渡すと、かおりんは、楽しそうにキュウリを切り始める。
かおりんの指が包丁を握る動き、なんか妙に丁寧で、汗ばんだ腕が動くたび、Tシャツの袖が揺れる。扇風機の風がキッチンにも届いて、かおりんの髪がふわっと浮く。暑いのに、なんかこの瞬間、めっちゃ涼しい。
わたしは錦糸卵を作るために卵を割り、ボウルでかき混ぜる。暑さで手がちょっと滑って、卵液が指にべっとり。かおりんが「しおりん、ドジっ子!」って笑いながら、濡れたタオルでわたしの手を拭いてくれる。かおりんの指がわたしの手に触れるたび、ひんやりした感触がする。
「かおりん、近いって! 暑いから離れてよ!」
「ふふ、しおりん、顔赤いよ。卵焼く前に焼けちゃってる?」
わたしが抗議すると、かおりんは、いたずらっぽく笑う。かおりんのTシャツ、さっきの水でまだ少し湿ってて、体のラインがほんのり浮かんでる。座道の心、どこいった?
麺が茹で上がって、冷水でしめる。かおりんが麺をザルで冷やすとき、冷たい水がかおりんの腕に跳ねて、滴が首筋まで飛ぶ。かおりんが「ひゃっ、冷たい!」って小さく声を上げるが、すぐに笑って「気持ちいい!」って言う。首に水滴が光ってるの、なんかやけに綺麗で、目が離せないな。
「しおりん、ボーッとしてないで、盛り付け手伝ってよ!」
かおりんが麺をボウルに移しながら言う。わたしは「はいはい」と答えて、錦糸卵、ハム、キュウリ、トマトを並べ始める。かおりんがタレを用意して、ゴマ油の香りがキッチンに広がる。
二人で冷やし中華をテーブルに運んで、扇風機の前に正座して(一応、座道の心!)食べる準備。かおりんが箸で麺をすくって、口に運ぶ。冷たい麺が唇に触れる瞬間、かおりんが「んー、美味しい!」って目を細める。タレが唇の端に少しついて、つやっと光る。わたしは自分の麺を食べながら、なぜかその唇ばっかり見ちゃう。
「しおりん、食べ方真面目すぎ! もっと豪快にいこ!」
かおりんが笑いながら、麺を豪快にすする。タレがちょっと飛び散って、Tシャツに小さなシミ。かおりんが「うわ、汚した!」って笑ってる。
「かおりん、食べ方やんちゃすぎ! 座道の部長なのに!」
「ふふ、しおりんもやってみなよ!」
わたしがからかうと、かおりんは、箸で麺をわたしの口元に持ってくる。冷たい麺が唇に触れて、ゴマ油の香りがふわっと広がる。
「ちょ、かおりん、近いって!」
わたしが顔を赤くして言うと、かおりんは「しおりん、かわいい!」って、ニコニコしながら自分の麺をまたすする。まったく姉をなんだと思ってるんだ。
「ねえ、しおりん、冷やし中華、毎年夏に一緒に作ろっか?」
かおりんが、麺を頬張りながら言う。かおりんの目、キラキラしてて、いつもよりちょっと柔らかい。わたしは胸がじんわり温かくなって、笑顔で頷く。
「うん、絶対。座道式冷やし中華、伝統にしよう!」
わたしが言うと、かおりんは「やった!」って、箸を掲げて笑う。窓の外、蝉の声が響く中、姉妹の笑い声がキッチンに響いた。




