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第62話「プール」

 7月の初旬、座道部の部室は畳の香りに加え、窓から吹き込む生温い風が夏の到来を告げていた。陽光が眩しく畳にまだらな影を落とす。


 テストも一段落し、今日は部活もゆるやかな日。かおりん、奈々りん、ゆはりんの三人で、いつものように部室に集まり、畳に座って冷えた麦茶をちびちび飲んでいた。テーブルの上には、奈々りんが持ってきたマンゴーグミと、ゆはりんお手製の抹茶クッキー。わたしがコンビニで買ってきた塩レモンのキャンディが並び、ほのかな酸味と甘さが空気に溶ける。


「いやぁ、めっちゃ暑くなってきたね! もう夏本番って感じ!」


 わたしが麦茶を飲みながら言うと、奈々りんがグミをパクッと口に放り込み、扇子でパタパタ仰ぎながら頷く。


「ほんと! 部室、ちょっと蒸すよね。なんか涼しくなることしたいな!」


 奈々りんのショートカットが汗で少し首に張り付き、いたずらっぽい笑顔がキラリと光る。彼女の快活な声に、部室の空気が少しだけ軽くなる。


「涼しくなること、ですか……。うーん、扇子でお茶を点てるのはどうでしょう? 涼しげな雰囲気で……」


 ゆはりんが控えめに提案しつつ、抹茶クッキーを小さくかじる。彼女のロングヘアがふわっと揺れ、正座した華奢な姿はまるで涼やかな水辺の柳のよう。


「うーん、いいけどさ、もっとドキッとするようなやつ! ほら、夏っぽいアクティブなやつ!」


 奈々りんが身を乗り出して言う。わたしが塩レモンキャンディを舐めながら考える。


「ねえ、プールってどう? 学校のプール、部活で使っていい日があるよね?」


「プール!?」


 奈々りんとゆはりんが同時に目を丸くする。


「うん! 座道部っぽくするには……水の中で正座は無理だけど、姿勢を保ちながら泳ぐとか、優雅に浮かぶとか! 涼しいし、夏っぽいじゃん!」


「それ、めっちゃいい!」奈々りんが畳をポンと叩いて立ち上がる。「泳ぐの、超久しぶり! 絶対楽しいよ!」


「プール、ですか……。ちょっと恥ずかしいですけど、涼しそうですね……」


 ゆはりんが頬をほんのり染めながら、髪を指でくるっと巻く。


「よし、決まり! 顧問の先生にプール使っていいか聞いてみる! 座道部の『水上修行』ってことにしちゃおう!」


 わたしが胸を張ると、奈々りんがピースサインを作る。


「かおりん、ナイスアイデア! じゃ、ルールとかどうする?」


「うん、シンプルに、プールで姿勢を意識した泳ぎや動きを競うの。たとえば、背筋を伸ばしたクロールとか、優雅な平泳ぎとか。あとは、浮かんでどれだけ姿勢を保てるか、とか! 座道の心を忘れずに、ね。」


「ふふ、奈々りんのダイナミックな泳ぎ、見せてあげるよ!」


 奈々りんが腕をぐるぐる回して気合を入れる。


「私も……負けないように、頑張ります!」


 ゆはりんが小さく拳を握り、静かな闘志を覗かせる。



 翌日、顧問の許可を得て、わたしたちは学校のプールサイドに集合。青い水面がキラキラと陽光を反射し、塩素の匂いが鼻をくすぐる。わたしと奈々りんはスクール水着に着替え、ゆはりんは少し恥ずかしそうに水着の上に薄いパレオを巻いている。


「ゆはりん、めっちゃ可愛いじゃん! そのパレオ、似合うね!」


 奈々りんがニコニコしながら言う。


「え、う、ありがとう……。ちょっと、慣れなくて……」


 ゆはりんがパレオの裾をぎゅっと握り、顔を赤らめる。


「じゃ、最初は何やる? 『座道式水上姿勢チャレンジ』ってことで、まずは浮かんで姿勢を保つやつから!」


 わたしが提案すると、二人とも頷く。


 ルールは簡単。プールの浅いところで仰向けに浮かび、背筋を伸ばして姿勢を崩さず、30秒キープできたらクリア。座道の精神を込めて、優雅に、静かに水と一体になるのがポイント。


「じゃ、最初はわたしから!」


 奈々りんが水着の肩紐を直し、プールにザブンと飛び込む。水しぶきがキラキラと舞い、彼女のショートカットが濡れてピタッと額に張り付く。


「奈々りん、気合入りすぎ!」


 わたしが笑いながら言うと、奈々りんは水面でパシャパシャと手足を動かして準備。


「よし、スタート!」


 ゆはりんが小さく声を上げ、ストップウォッチを押す。


 奈々りんは仰向けに浮かび、両手を軽く広げてバランスを取る。水面に映る彼女の姿は、まるで水の精霊のよう。背筋はピンと伸び、呼吸も穏やか。


「お、奈々りん、めっちゃいい感じ!」


 わたしが応援する。でも、20秒くらいで波が揺れ、奈々りんが「うわっ!」と小さく声を上げ、バランスを崩す。水面でバタッと体を起こし、プハッと息を吐く。


「くっ、波が! もう一回!」


 奈々りんが笑いながら水をかき混ぜる。


「奈々りん、20秒! 結構すごいよ!」


 ゆはりんがニコニコしながら報告。


「次はゆはりん!」


 奈々りんがプールサイドに登って、ゆはりんを指差す。


「え、わ、私ですか……?」


 ゆはりんがパレオをそっと外し、恥ずかしそうにプールへ。彼女の華奢な姿が水に映り、まるでロングヘアが水面に広がる。


「ゆはりん、姿勢意識してね! 優雅に!」


 わたしが声をかけると、ゆはりんは小さく頷く。


「ス、スタート!」


 わたしの合図で、ゆはりんがそっと仰向けに浮かぶ。両手を水にそっと預け、背筋を伸ばす。水面で静かに揺れる彼女は、まるで水と会話しているかのよう。


「ゆはりん、めっちゃきれい!」「美しい!」奈々りんが感心したように言う。


 ゆはりんは、静かな集中力で、波にも揺らぐず、30秒を見事にキラリと見つめるクリア! 最後にそっと水面から立ち上がり、ほっとした笑顔を見せる。


「ゆはりん、完璧! 座道の極意、バッチリ!」


 わたしが拍手を送ると、ゆはりんが「え、ほ、ほんとですか……?」と照れ笑う。



 次は「座道式優雅泳ぎチャレンジ」。ルールは、25mをクロールか平泳ぎで泳ぎ、姿勢を崩さず、優雅さを競う。わたしがジャッジを担当し、奈々りんがまず挑戦。


 奈々りんはクロールを選び、勢いよくプールに飛び込む。力強いストロークで水をかき分け、背筋を伸ばして泳ぐ。でも、ちょっと急ぎすぎて、水しぶきが派手。


「奈々りん、かっこいいけど、ちょっと豪快すぎるかな?」


 わたしが笑いながら言うと、奈々りんはゴールで「え、ダメ? 奈々りん流、ダイナミッククロールなのに!」とムッとする。


 次はゆはりん。彼女は平泳ぎを選び、ゆっくり水に入る。両手を優雅に広げ、まるで水面を舞うように泳ぐ。背筋もピンと、呼吸も穏やかで、まる。


「ゆはりん、めっちゃ優美! ほんと、座道っぽい!」


 奈々りんが拍手。


 わたしも平泳ぎで挑戦。背筋を意識し、ゆっくり水をかく。プールの水が涼しく、肌を滑る感覚に心が落ち着く。ゴールで、みんなが拍手してくれる。



 プールでの遊びは、泳いだり、浮かんだり、笑い合ったりで大盛り上がり。失敗しても水しぶきと笑顔で、次も挑戦。プールサイドは、わたしたちの笑声でいっぱいだった。


「ね、こ、これ、座道部の夏の定番行事にしよ!」


 奈々りんが水面で浮かびながら言う。


「うん、「うん! 他の部員も誘って、 『水上座道大会』とか!」わたしも笑顔で頷く。


「ふふ、ふふふふ、みんなで涼を楽しみながら……修行もできたら、最高ですね。」


 ゆはりんが水面に揺らめき、静かに微笑む。


 夕陽がプールの水面をオレンジに染め、セミの声が遠くで響く。座道部の夏は、プールで、もっと深まっていく。



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