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第60話「ゴム跳び」

 6月も終わりの昼下がり、座道部の部室は、畳の香りとセミの初鳴きに包まれていた。かおりん、奈々りん、ゆはりんの三人は、部室でまったりお茶会を楽しんでいた。


「ふぅ、暑いねえ、ちょっと汗かいちゃったよ!」


 奈々りんが笑いながら、制服の襟をパタパタと仰ぐ。彼女のショートカットが汗で少しだけ首に張り付き、陽光にキラキラ光る。


わたし(かおり)はジャスミンティーの残りをちびりと飲んでいると、ゆはりんが畳にぺたんと座ったまま、ふわっとした笑顔で頷く。


「そうですね……。でも、なんだか、動く遊びもしてみたいなって……」


 ゆはりんの言葉に、奈々りんがパッと目を輝かせる。


「お! いいね、ゆはりん! じゃあさ、なんか懐かしい遊びとかどう? ほら、小学生の頃にやったようなやつ!」


「懐かしい遊びかぁ……」


 わたしが考えるように顎に手を当てる。


「あ! ゴム跳びとかどうかな?」


「ゴム跳び!?」


 奈々りんとゆはりんが同時に声を揃える。


「うん! ほら、ゴムひもを張って、いろんなステップで跳ぶやつ! 座道部っぽくするには……正座で跳ぶのは無理だから、姿勢を意識を保ちながら、優雅に跳ぶとか!」


「それ、めっちゃ面白そう!」


 奈々りんが畳をポンと叩いて立ち上がる。


「でも、ゴムひもがないよ?」


「ふふっ、ちょっと待ってくださいね」


 ゆはりんが静かに微笑みながら、部室の隅にある古い木箱に手を伸ばす。


「確か、昔の備品に……あったはず。」


 ゆはりんが取り出したのは、色が少し褪せた赤いゴムひも。埃を払うと、懐かしいゴム特有の弾力がしっかり残っていた。


「ゆはりん、ナイス!」


 わたしが親指を上げると、ゆはりんが照れくそうに「えへへ」と笑う。


「じゃあ、ルールはどうする?」


 奈々りんがゴムひもを手に持って、ワクワクした目でみんなを見る。


「うん、シンプルに、ゴムを二人で持って、順番に跳ぶ。ステップは自由だけど、座道の精神を忘れずに! 姿勢を崩さず、優美に動くのがポイント。失敗したら交代でゴム持ちね」


 わたしが胸を張って言うと、奈々りんがニヤリと笑う。


「ふふん、奈々りんの軽やかステップ、見せてあげるよ!」


「ゆはりんも、絶対負けないです!」


 ゆはりんが小さく拳を握り、いつもの控えめな雰囲気とは違う小さな闘志を覗かせる。



 部室の畳の上にゴムひもを広げ、わたしと奈々りんが両端を持って軽く張る。ゆはりんが最初の挑戦者だ。ゴムのム高さは、最初はくるぶし辺りからスタート。


「ゆはりん、準備OK?」


 わたしが声をかけると、ゆはりんが正座からそっと立ち上がり、軽くスカートの裾を整える。陽光に透けるロングヘアがふわりと揺れ、まるで絵画のような雰囲気。


「はい、準備できました……!」


 ゆはりんの声は少し緊張気味だけど、目はキラキラ輝いている。


「じゃ、スタート!」


 わたしの合図で、ゆはりんがゴムひもに向かって軽くステップを踏む。右足をそっとゴムの上に滑らせ、左足をクロスさせて跳ぶ。スカートがふわっと揺れ、まるで小さな蝶が舞うよう。


「おお、ゆはりん、めっちゃ優雅!」


 奈々りんが拍手しながら応援する。


「う、うん……集中、集中……!」


 ゆはりんは頬をほんのり染めながら、次のステップへ。両足を揃えて軽くジャンプし、ゴムをまたぐ。姿勢はピンと伸び、まるで茶道の所作のように無駄がない。


「完璧! ゆはりん、座道の極意バッチリじゃん!」


 わたしも思わず声を上げる。


 ゆはりんは3回連続で成功すると、ふぅと小さく息をついて笑顔を見せる。


「次、奈々りん、行ってください!」


「よーし、お任せあれ!」


 奈々りんがゴム持ちをわたしにバトンタッチし、跳び手としてスタンバイ。彼女は軽くその場で足踏みをして、リズムを取る。


「奈々りん、どんなステップ見せてくれる?」


 わたしがニコニコしながら聞くと、奈々りんはウィンクを返す。


「見てなよ、かおりん! 奈々りん流、華麗なジャンプ!」


 奈々りんは軽快にステップを踏み、ゴムひもを右足で引っかけてクルッとターン。ショートカットがパッと弾け、スカートが軽やかに翻る。まるでダンスのようだ。


「うわ、奈々りん、カッコいい!」


 ゆはりんが小さく拍手する。


 でも、次の瞬間――奈々りんが少し勢い余って、ゴムに左足を引っかけてしまう。


「うわっ!」


 ゴムがビヨンと揺れ、奈々りんはバランスを崩して畳にお尻をついてひっくり返った。そしてスカートの裾がふわりと広がり……


「ぶはっ、奈々りん、派手にコケたね!全開だよ!」


 わたしが笑いながら言うと、奈々りんは顔を赤くしてムッとする。


「うう、ちょっと油断しただけだもん! 次は絶対成功するから!」


「ふふ、奈々りん、かわいい失敗でしたよ。下着も可愛い。」


 ゆはりんがクスクス笑いながら、優しく手を差し伸べる。奈々りんは照れくさそうにその手をつかんで立ち上がる。



 次はわたしの番。ゴムを奈々りんとゆはりんが持ち、わたしが跳ぶ。ゴムの高さは少し上げて、膝くらいに設定。


「かおりん、どんな跳び方する?」


 奈々りんがニヤニヤしながら聞く。


「ふふ、シンプルだけど、座道っぽく優雅にいくよ!」


 わたしは軽く深呼吸して、姿勢を整える。背筋をピンと伸ばし、まるでお点前をするような心持ちでゴムに向かう。


 右足をゆっくりゴムに滑らせ、左足をクロスさせて軽くジャンプ。スカートがふわりと揺れ、畳に影が踊る。次は両足を揃えて小さく跳び、ゴムをまたぐ。動きはゆっくりだけど、姿勢は崩さない。


「かおりん、めっちゃきれい! ほんと座道っぽい!」


 ゆはりんが目をキラキラさせながら言う。


「うん、かおりん、なんか本物の舞みたい!」


 奈々りんも感心したように頷く。


 3回成功して、わたしはふぅと息をつく。


「どう? 座道の精神、感じた?」


「うん、めっちゃ! ゴム跳び、ただの遊びかと思ったけど、姿勢とか集中力とか、ほんと修行っぽいね!」


 奈々りんが興奮気味に言う。


「ですね……。なんだか、心が落ち着く感じもします。」


 ゆはりんが静かに微笑む。



 ゴムの高さを少しずつ上げたり、ステップを複雑にしたりしながら、わたしたちはゴム跳びを続けた。失敗するたびに笑い合い、成功するたびにハイタッチ。部室は笑顔と小さな歓声でいっぱいになった。


「ねえ、これ、座道部の公式行事にしてもいいよね? 『座道式ゴム跳び大会』とか!」


 奈々りんがポップコーンを口に放り込みながら提案する。


「いいね! みんなでやったら絶対楽しい!」


 わたしも乗り気で頷く。


「ふふ、でも、みんな正座の姿勢で跳ぶ練習から始めないとですね……。」


 ゆはりんがクスクス笑う。


 外ではセミの声が少しずつ大きくなり、夏の気配が濃くなっていく。部室の中では、わたしたちの笑い声とゴムひものビヨンという音が響き合っていた。

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