第6話「相撲」
今日は私と――かおりんのふたりだけ。
時間はまだ昼過ぎなのに、空気がどこか静かで、妙にふたりきりの空間が強調される。
「……なんか、久しぶりだね。こうやって、しおりんと2人きり」
かおりんがそう言って、ソファにごろんと横になった。ゆるいジャージの裾から、ちらりと細い足首がのぞく。
――細い。うらやましい――
無言で頷くと、かおりんはくるっとこちらに寝返り、上目遣いにこちらを見てきた。
「ねえ、なにか遊ばない?」
「……ほう、いいね……」
「2人きりの時にしかできない遊び、あるかなあ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、かおりんがにじり寄ってくる。ドキッっとしたじゃん。なんの遊びするの?
「たとえば……じゃんけん?」
「地味」
「指相撲?」
「指が細すぎて負けそう」
「……じゃあ、本気の……お相撲!」
かおりんがなぜかどーんと声を張った。
「は!? す、相撲!? なんで急に原始的な勝負に戻るのよ!」
「だって、“しおりん VS かおりん”って、絶対おもしろいと思うもん」
怪獣対決ですか……
「相撲って、そんなキャラっぽく言うもの!?」
しかも、なぜか自信満々な顔をしてる。
「ほら、あたし軽いから、しおりんに勝てるかもよ? 頭脳戦よ、これは!」
「えぇ~……じゃあ、座布団を土俵に見立てて……って、私たち何してんの……」
そう言いながらも、私はソファの前に座布団を持ってきて、小さな土俵を作った。
向かい合って正座し、軽く手をつく。
「はっけよい、のこった!」
「のこったぁ!」
――ごっつん!
小さな手と手がぶつかる。体重も力もかけず、ふわっとしたじゃれ合いのような“相撲”が始まった。
かおりんは笑いながらぐいぐい押してくるけど、どこか優しさを残していて、本気ではない。
私もそれを感じて、にやにやが止まらなかった。
「こ、こら、反則、こちょこちょは禁止!」
「なにそれ、土俵際の駆け引きだもん!」
「それ相撲じゃなくて遊びっていうの!」
バランスを崩して、私が後ろに倒れかけた時、かおりんもそのままつられて、私の小さな胸の上にどさっと倒れ込んできた。
「……わっ!」
「わ……ご、ごめん、だいじょうぶ?」
見上げるかおりんの顔が、思ったよりも近い。
息がほんのりかかる距離。ちょっと赤くなった頬、揺れる前髪、そしてまっすぐな瞳。
「……あの、さ、かおりん?」
少しかすれた声がでちゃった……
「うん?」
「相撲って、たしか土俵から出たら負けだったよね」
「うん。だから、今のは……」
「……私の、勝ち?」
ぽつりと言うと、かおりんはふにゃっと笑って、小さく唇をとがらせた。
「ずるい。しおりん、大人ぶってる」
「えっ、なにが?」
「こういうのって、勝ち負けじゃないじゃん。しおりんとこうやって遊べる時間が、一番大事なんだもん」
「……それ、反則級にかわいいセリフだからやめて」
……告白みたいじゃん……
「じゃあ……このまま負けてあげてもいいよ? しおりんが“お願い”してくれるなら」
「なにそれ、逆に攻められてるんだけど……」
そんな、甘くて恥ずかしい空気の中、私は小さくため息をついてから――
「……お願い、もう少しこのままでいて?」
「うん」
にこっと笑って、かおりんは私の上で目を閉じた。
さっきまでの“相撲”が、嘘みたいに静かな時間。心音だけが、やけに大きく聞こえる。
……二人だけの時間……悪くない……
少しして、かおりんが少し頭を起こして見つめている気配を感じた。
「……この枕やわらかくないなあ……」
「し、失礼な!」
「私のはやわらかいもん」
「くっ!」
……否定はしない……しないけどね
「……次は負けないよ」
「ふふ、こちょこちょ禁止だからね」
「わかってるよ、かおりん」
この静かな日々が、ずっと続けばいいのに――。
そう思いながら、私はそっとかおりんの背中に手を回した。