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第50話「鬼ごっこ」

 6月のある土曜の午後、リビングに差し込む陽射しが、いつもより少し強めに感じられた。天気予報では明日から梅雨入りと言っていたから、今日が最後の晴れ間かもしれない。


 私とかおりんは、例のごとくソファでダラダラとテレビを見ていた。バラエティ番組で芸人さんが何かやってるけど、頭には全然入ってこない。こういう午後って、なんだか時間が止まったみたいでボーッとしちゃう。


「しおりん、なんか体動かしたくない?」


 かおりんが、ソファから畳にペタンと座り込んで、私を見上げる。今日はピンクのTシャツにデニムのショートパンツ。髪を後ろで一つに結んでて、いつもより活発な印象。


「体動かす? 外は暑そうだけど……」


「違う違う! 家の中で! 座道を使って!」


 かおりんが目をキラキラさせて身を乗り出す。また何か思いついたな、この表情は。


「今度は何? まさか座道式腕立て伏せとか言わないでよ」


「ふふ、もっと面白いよ! 『座道式鬼ごっこ』!」


「鬼ごっこ?」


 私はテレビのリモコンを置いて、かおりんの方に体を向ける。座道と鬼ごっこって、どうやって組み合わせるんだろう。


「ルールは簡単! 正座の姿勢を保ったまま、膝立ちで移動するの。リビングと廊下が範囲。立ち上がったり、お尻を浮かせすぎたりしたらアウト! 鬼は30秒数えてから追いかける!」


 かおりんが膝立ちでちょこちょこと移動してみせる。確かに正座の姿勢は崩してないけど、なんだかペンギンみたいで可愛い。


「へえ、面白そう。でも結構体力使いそうだね」


「だからこそ座道の修行になるんだよ! 心静かに、でも素早く移動する。これぞ座道の真髄!」


 かおりんが得意げに胸を張る。確かに、姿勢を保ったまま素早く動くって、バランス感覚と集中力が必要そう。


「よし、やってみよう! 最初の鬼は私がやるから、かおりん、準備して」


「やったー! しおりんから逃げ切ってみせるから!」


 かおりんがニッコリ笑って、リビングの端っこで正座の姿勢を作る。私は畳の真ん中で正座して、目を閉じる。


「じゃあ、数えるよ。1、2、3…」


 数を数えながら、かおりんの動く気配を感じ取ろうとする。足音は聞こえないけど、きっと今頃そーっと廊下の方に向かってるんだろう。


「15、16、17…」


 リビングがシーンと静かになった。かおりん、もう廊下に出たかな?


「28、29、30! 行くよー!」


 目を開けると、案の定リビングにかおりんの姿はない。膝立ちで廊下に向かうと、廊下の奥の方で小さな影がちょこちょこ動いているのが見えた。


「見つけたー!」


 私は膝立ちのまま廊下を進む。思った以上に太ももに負荷がかかって、すぐに息が上がってくる。


「きゃー! しおりん、早い!」


 かおりんが振り返って、慌てたような声を上げる。でも、膝立ちだから普通に走るようには逃げられない。私もだんだん近づいていく。


「待てー!」


 廊下の角でかおりんに手が届きそうになったとき、かおりんがくるっと方向転換して洗面所の方に逃げ込んだ。


「うわ、器用!」


 私も同じように方向転換しようとしたけど、勢いがつきすぎて、ちょっとバランスを崩してしまう。


「あぶない、あぶない」


 なんとか姿勢を立て直して、洗面所に向かう。でも、洗面所は狭いから、かおりんはもう次の場所に移動してるはず。


「かおりーん、どこー?」


 廊下を見回すと、なんと、かおりんがリビングに戻ってきてる。私が洗面所を探してる間に、また廊下を通ってリビングに戻ったんだ。


「こっちでーす!」


 かおりんがリビングのソファの後ろで手を振ってる。なんて機敏な動きなんだろう。


「もう、上手すぎるでしょ!」


 私は膝立ちでリビングに戻って、ソファの周りを追いかける。でも、ソファがあるから思うように動けない。


「座道の極意その七! 障害物を味方につけよ!」


 かおりんが得意げに言いながら、ソファの向こう側に回り込む。


「そんな極意あったっけ?」


 私は笑いながら、ソファの反対側から回り込もうとする。でも、膝立ちだと小回りがきかなくて、なかなか捕まえられない。


「えい!」


 ついに、ソファの端でかおりんの肩にタッチ!


「あー、捕まった!」


 かおりんが笑いながら両手を上げる。


「かおりん、めちゃくちゃ上手だったよ! 体幹強いね」


「えへへ、座道部の部長だからね! 今度は私が鬼だよ!」



 今度は私が逃げる番。かおりんが目を閉じて数を数え始める。


「1、2、3…」


 私はそっと廊下に向かう。膝立ちで移動するのって、想像以上に難しい。姿勢を保ちながら、でも素早く動かなきゃいけない。


「10、11、12…」


 廊下に出て、今度は階段の方に向かってみる。二階には上がれないけど、階段の下に隠れれば見つからないかも。


「20、21、22…」


 階段の下に到着。ここなら死角になってる。


「30! 逃げ切れると思うなよー!」


 かおりんの元気な声が聞こえる。足音は聞こえないけど、膝立ちでこっちに向かってくる気配を感じる。


「しおりーん、どこー?」


 かおりんの声が廊下に響く。私は息を殺して階段の下に身を潜める。


「あれ? いないなあ」


 かおりんが廊下を行ったり来たりしてる様子。でも、意外と階段の下までは探しに来ない。


 しばらく静かになったから、そっと様子を伺おうと頭を出したその瞬間――


「見つけたー!」


 なんと、かおりんが洗面所の方から回り込んできてた!


「うわー! いつの間に!」


 私は慌てて逃げようとするけど、階段の下から出るのに手間取って、あっという間に捕まってしまった。


「かおりん、すごい! どうして分かったの?」


「座道の極意その八! 直感を信じよ! なんとなく階段の方にいる気がしたんだ」


 かおりんがドヤ顔で胸を張る。


「その極意、今作ったでしょ」


「ばれた」


 二人で大笑いした。



 その後も何回か鬼ごっこを続けて、だんだん二人ともヘトヘトになってきた。膝立ちで動き回るって、思った以上に体力を使う。


「はあ、はあ、座道って体力いるんだね」


 かおりんが畳にペタンと座り込んで、額の汗を拭う。


「うん、でも楽しかった! 普通の鬼ごっことは全然違う面白さがあるね」


 私もかおりんの隣に座る。二人とも汗ばんでるけど、なんだか爽快感がある。


「座道式鬼ごっこ、学校でもやってみようかな。奈々りんとゆはりんも絶対喜ぶよ」


 かおりんが目をキラキラさせて言う。


「あ、それいいね! 大学の映画研究会でもやってみよう。ひかりんとか絶対ノリノリでやりそう」


「しおりんの大学の座道部も楽しそうだよね。今度遊びに行ってもいい?」


「もちろん! みんなかおりんに会いたがってるよ」


 私はかおりんの頭をくしゃっと撫でる。汗で少し湿った髪が手に触れる。


「じゃあ、今度お邪魔しまーす! 大学生の座道、見てみたいな」


 かおりんが嬉しそうに笑う。


「その前に、まずは水分補給だね。のど乾いた」


「そうだね! 」



 座道式鬼ごっこ、想像以上に楽しかった。かおりんのアイデアはいつも私を驚かせてくれる。普通の鬼ごっことは違って、姿勢を保ちながら動くっていう制約があることで、かえって面白さが増すんだ。


 シャワーを浴びながら、ふと思う。座道って、ただ座るだけじゃなくて、いろんな可能性があるんだな。かおりんと一緒にいると、毎日新しい発見がある。


 これからも、かおりんと一緒にいろんな座道式ゲームを開発していこう。きっと、もっと楽しいことが待ってる。


 シャワーから上がって階段を下りると、かおりんがリビングで正座して、真剣な顔でテレビを見ていた。


「何見てるの?」


「時代劇! 座道の参考になるかなと思って」


 画面では、武士たちが正座して話し合いをしている。


「なるほど、勉強熱心だね」


「えへへ、座道部部長だからね!」


 かおりんが振り返って笑う。その笑顔を見てると、なんだか胸がポカポカする。


 明日から梅雨入りで、しばらく外で遊べなくなるかもしれないけど、こうやって家の中でかおりんと過ごす時間も、とても大切で愛おしい。


 座道式鬼ごっこ、また今度やろうね、かおりん。

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