第49話「けん玉」
6月の夕暮れ、リビングの窓から差し込むオレンジ色の光が、畳の上で柔らかく揺れていた。梅雨入り前の穏やかな日で、風は少し湿気を帯びつつも、どこか爽やか。
学校から帰って、かおりんと二人でリビングのソファに座り、ぼんやりとテレビを眺めていたけど、いつものように内容は頭に入ってこない。
かおりんが、スウェットの裾を膝までたくし上げて、ソファに胡座をかいている。彼女の手には、コンビニで買ってきたアイスキャンディーが握られていて、ぺろぺろ舐めながらニコニコしてる。
「テストも一段落したし、なんかこう、のんびりしすぎて落ち着かないね」
私はアイスを手に、かおりんと目を合わせて笑う。テレビではクイズ番組が流れてるけど、二人ともほとんど聞いてない。
ふと、かおりんが目をキラッとさせて、アイスをくわえたまま身を乗り出した。
「ねえ、しおりん! こういうときこそ、座道式ゲームで盛り上がらない?」
「またゲーム!? かおりん、ほんとゲーム好きだね」
私は笑いながら、でもちょっとワクワクする。いつものパターンだ。かおりんのアイデアはいつも突拍子もないけど、絶対楽しいはず。
「ふふ、今回はね……『けん玉』で勝負!」
かおりんが、ソファから飛び降りて、棚から古いけん玉を取り出してきた。少し色あせた木製のけん玉、子供の頃にパパりんが買ってくれたやつだ。
「けん玉!? それ、座道式でやるの?」
私は興味津々で、アイスを置いて身を乗り出す。
「ルールは簡単! 正座したまま、姿勢を崩さずにけん玉をやるの。玉を皿に乗せるたびに、相手にパス。音を立てたり、姿勢が崩れたりしたらアウト! 座道の集中力とバランスの勝負だよ!」
かおりんが、けん玉を手に得意げに笑う。
「なるほど……座道っぽいし、なんか懐かしい感じ! よし、やってみよう!」
私は畳に座布団を敷いて、正座の姿勢を整えた。かおりんも隣で正座して、けん玉を握る。
*
「じゃ、最初は私からね! せーの!」
かおりんが、けん玉の玉をそっと引き上げる。カチッと小さな音がして、玉が見事に大皿に乗った。
「うわ、かおりん、さすが上手い!」
私は感心しながら、かおりんからけん玉を受け取る。姿勢を崩さないように、背筋をピンと伸ばして、そっと玉を引き上げる。
カチッ。
私の玉も、なんとか中皿に乗った。
「しおりん、ナイス! じゃ、次!」
かおりんが笑顔でけん玉を受け取り、また大皿にパチン!
二人で正座したまま、けん玉をパスし合いながら、だんだんリズムに乗ってくる。畳の上で、玉が皿に乗るたびに「カチッ、カチッ」と軽い音が響く。姿勢をキープするの、意外と難しいけど、なんかこう、集中してる感じが座道っぽい。
「しおりん、めっちゃ集中してるじゃん! さすがお姉ちゃん!」
かおりんが、玉を小皿に乗せながらニヤリと笑う。
「かおりんこそ、部長の貫禄だよ! でも、負けないから!」
私は笑いながら、けん玉を慎重に操る。けど、ちょっと力が入りすぎて、玉が皿から外れてしまった。
「うっ、アウト!」
私が叫ぶと、かおりんが「やったー!」と小さくガッツポーズ。
「しおりん、姿勢はバッチリだったけど、ちょっと力入れすぎ!」
かおりんが、けん玉を手にニコニコしながら言う。
「くっ、次は絶対乗せるよ!」
私は気合を入れて、座布団を直して正座し直す。
*
二回目の勝負。 今度は私が先攻。姿勢を整えて、深呼吸して、玉を引き上げる。カチッ! 大皿にバッチリ乗った!
「よし! かおりん、行くよ!」
私がけん玉をパスすると、かおりんも真剣な顔で受け取る。カチッ! 彼女も見事に中皿に乗せる。
「うわ、かおりん、めっちゃ安定してる!」
「でしょ? 座道の極意その六:心静かに、玉を制す!」
かおりんが、ちょっと大げさに言うから、二人でクスクス笑っちゃう。
そんなとき、リビングのドアがガチャッと開いた。
「やあ、二人とも、楽しそうなことしてるね!」
私は身構えた。そう、ここに一人、“空気読めない男”がいるのだ。
姿を現したのは我が家の父――パパりん……なのだが、私にとっては“割り込み型おじさん”である。つまり……百合にはさまる男は死ねばいい……これが持論である。
振り返ると、パパりんと母――ママりんがニコニコしながら立ってる。パパりんはスーツのネクタイを緩めて、ママりんはエプロン姿で、手にオレンジジュースのグラスを持ってる。
「パパりん、ママりん! 見て見て、座道式けん玉やってるの!」
かおりんが、けん玉を振って得意げに言う。
「ほお、けん玉! 懐かしいな! 父さんも子供の頃、めっちゃ得意だったんだから!」
パパりんが、なぜか胸を張って畳にドスンと座る。
「あなた、得意だったって……いつも玉落としてたじゃない」
ママりんが、クスクス笑いながらパパりんをチラッと見て、隣に正座する。
「え、ママりん、バラさないでよ! よし、父さんも参戦するぞ!」
パパりんが、かおりんからけん玉を奪うように受け取って、勢いよく玉を引き上げる。
──が、ガシャン! 玉が盛大に外れて、畳に転がった。
「うわ、パパりん、即アウト!」
かおりんが大笑いして、畳をバンバン叩く。
「ちょっと、ちょっと! まだ慣れてないだけだから!」
パパりんがムキになって、けん玉をもう一度手に取る。
「ふふ、私もやってみようかしら。座道式ってことは、姿勢が大事なのよね?」
ママりんが、優雅に正座を整えて、けん玉を受け取る。カチッ! なんと、ママりん、初挑戦で大皿に乗せた!
「ママりん、めっちゃ上手い!」
私がびっくりして叫ぶと、ママりんは「ふふ、昔、ちょっとやってたのよ」と涼しい顔。
「な、ママ、ずるい! 父さんにもチャンスを!」
パパりんが、子供っぽく拗ねるから、みんなで大笑い。
*
四人でけん玉を回すゲームは、だんだんカオスになってきた。私とかおりんは座道の姿勢をキープしてるけど、パパりんは玉を落とすたびに「うおお!」とか変な声出して、畳の上でゴロゴロ転がる。ママりんは、冷静に皿に乗せ続けて、なんか一番上手い。
「パパりん、姿勢崩れすぎ! 座道失格!」
かおりんが、パパりんを指差して笑う。
「ぐっ、父さんは心で座道してるんだ!」
パパりんが、ムキになってまた玉を投げるけど、やっぱり外れる。
「あなた、落ち着いて。ほら、姿勢を正して、ゆっくりやってみるのよ」
ママりんが、パパりんにけん玉を渡しながら、優しくアドバイス。
パパりん、めっちゃ真剣な顔で正座して、そっと玉を引き上げる。カチッ! ついに大皿に乗った!
「おおお! やったぞ!」
パパりんが、子供みたいに両手上げて喜ぶ。
「パパりん、ナイス!」
かおりんが、パパりんとハイタッチ。私もママりんと目を合わせて、クスクス笑う。
*
「よーし、次は家族対抗戦だ!」
かおりんが目をキラキラさせながら提案する。スウェットの裾を膝までたくし上げたその姿は、まさにいつもの元気印そのもの。夕陽が畳に温かな模様を描き、リビングにはほんわかした空気が広がっていた。
「家族対抗?いいね! 父さんと母さんでチームだ!」
パパりんがノリノリで拳を握る。けど、さっきのドタバタを思い出して、ついクスッと笑ってしまう。
「じゃあ、私とかおりんでチームね。負けないよ、ママりん、パパりん!」
私は座布団を整えて、正座でピシッと姿勢を決める。かおりんも隣で軽く体を揺らしながら正座し、けん玉を手にして準備万端。
「ルールはさっきと同じ! 正座でけん玉、姿勢が崩れたらアウト。交互にやって、10回連続で成功したチームの勝ち! それじゃ、スタート!」
かおりんがけん玉を構えて、気合を入れる。
まずは、私とかおりんのチームから。私は深呼吸して、そっと玉を引き上げる。カチッ。見事に大皿に乗った!
「しおりん、ナイス!」
かおりんが小さく拍手してくれる。笑顔が夕陽に照らされて、なんだか胸がポカポカする。私はけん玉をパス。かおりんも軽快にキャッチして、中皿にピタリ。
「かおりん、絶好調だね!」
私が声をかけると、かおりんは「でしょ? 部長の貫禄ってやつ」とニヤリ。つられて私も笑って、気合が入る。
続いて、ママりんとパパりんの番。ママりんは優雅に正座し、落ち着いた手つきでけん玉を持つ。エプロンがふわっと畳に広がり、その姿はまさに“座道”の心。カチッ! 大皿に見事成功。
「さすが、ママ!」
かおりんが感心する声に、パパりんが「父さんも負けないぞ!」と気合を入れて受け取るが――
ガシャン! 玉は畳の上にコロン。
「パパりん、またアウトー!」
かおりんが大笑いして畳をバンバン叩く。私もつい吹き出し、ママりんはクスクス笑いながらパパりんを見やる。
「ちょっと父さん、もっと集中してよ! 心を整えなきゃ!」
私がからかうと、パパりんは「心では整ってるんだ!」とムキになる。
「あなた、まずは姿勢からよ。ほら、ゆっくりやってごらん」
ママりんが優しくけん玉を渡しながら助言する。
パパりん、真剣な顔で正座を整え、慎重に玉を引き上げる。カチッ! やっと大皿に成功!
「おおおっ! やったぞ!」
子どものように喜ぶパパりん。
「ナイス、パパりん!」
かおりんとハイタッチして、リビングはまた笑い声に包まれる。
*
対抗戦はどんどん白熱。私たちのチームは7回連続で成功中。パパりんのミスが続くママりんチームは3回目でストップしているけれど、ママりんの安定感は抜群。
「しおりん、次で8回目だよ!」
かおりんがけん玉を渡しながら応援してくれる。深呼吸して姿勢を整え、カチッ! また成功。
「よし、かおりん、お願い!」
私からパスされたかおりんも、小皿にスムーズに乗せる。カチッ!
「しおりんとかおりん、息ぴったりね」
ママりんが感心して微笑む。
「母さん、父さんたちも負けてられないぞ!」
気合を入れるパパりんだったが――またガシャン! 笑い声が広がる。
「パパりん、集中して~!」
かおりんが笑いながら畳を叩く。
「くっ、父さんの座道魂をなめるな!」
と再挑戦するも、笑い声で集中できずにまた失敗。
*
最終的に、私とかおりんのチームが10回連続を達成して勝利!
「しおりん、さすが! 座道の極意、完璧だったね!」
かおりんが私の肩をポンと叩く。
「かおりんこそ! 部長の風格出てたよ!」
私は笑って、かおりんの頭をくしゃっと撫でる。
「二人とも楽しそうね。座道式けん玉、いいものね」
ママりんが優しく微笑む。
「父さんだって、最後には成功したからな!」
パパりんが胸を張ると、「3回だけじゃん!」とみんなから総ツッコミで、また大爆笑。




