第48話「影踏み」
6月の放課後、座道部の部室はいつものように畳の香りに包まれ、窓から差し込む柔らかな陽光が床にまだらな影を落としていた。外では運動部の掛け声が遠くに響き、春の風がカーテンをそっと揺らす。今日はテストも落ち着いて、部活もゆるっとした雰囲気。私、奈々りん、ゆはりんの三人で、部室の畳に座って、いつものお茶会を始めていた。
テーブルの上には、ゆはりんが持ってきた桜餅と、奈々りんが買ってきたオレンジジュース。私がコンビニでゲットしたポテチも並んで、なんだか賑やかな感じ。
「かおりん、今日めっちゃいい天気だね! なんか、動きたくなってくる!」
奈々りんが、ショートカットの髪を弾ませながら、ポテチをバリバリ食べつつ言う。
「でしょ! こんな日は、部活もちょっとアクティブにいきたいよね!」
私はオレンジジュースをぐびっと飲みながら、ニコニコ答えた。
「アクティブ……ですか? でも、座道っぽくするには、どうするんですか……?」
ゆはりんが、桜餅をちっちゃくかじりながら、ふわっとしたロングヘアを指でくるっと巻いて、ちょっと心配そうに言う。彼女のちっちゃい体が正座してる姿は、まるで春の妖精みたいだ。
「うーん、確かに座道っぽくしないとね……。あ! 座道式『影踏み』はどう!?」
私が急にひらめいて、テーブルをポンと叩くと、奈々りんとゆはりんが同時に「えっ!?」って顔でこっちを見た。
「影踏み!? それ、座道でどうやるの!?」
奈々りんが、ポテチの袋を置いて身を乗り出す。
「ふふ、ルールは簡単! 鬼は正座して、目を閉じて10秒数える。ほかの二人は、畳の上で姿勢を崩さずに動いて、鬼の影を踏むの。動くときは、座道の美しい姿勢をキープ! 影を踏まれた鬼は負け、踏めなかったら逃げた人の勝ち! 音を立てたらアウトね!」
「か、かおりん、めっちゃ面白そう! 座道の集中力、試されそう!」
ゆはりんが、目をキラキラさせて言う。いつもはおっとりしてるのに、ゲームの話になるとちょっとテンション上がるの、かわいいな。
「いいじゃん! 青春っぽいし、座道っぽいし、最高!」
奈々りんはもうノリノリで、畳の上で正座を整え始めた。
「よーし、じゃあ、最初は私が鬼ね! 準備いい? いくよー!」
*
私は部室の真ん中で正座して、目を閉じた。窓から差し込む陽光が、畳に私の影をくっきり映してるはず。座道部の心得その一:どんな遊びでも、心を整えて、姿勢は美しく。
「いーち、にーい、さーん……」
私がカウントを始めると、奈々りんとゆはりんの気配がふっと動くのがわかる。畳の上で、かすかに衣擦れの音。だけど、すぐに静かになる。二人とも、座道部員として音を立てないのが上手いんだから!
「じゅう! よし、スタート!」
目を開けると、奈々りんが畳の端っこで胡座をかいて、ニヤッと笑ってる。ゆはりんは窓の近くで正座して、ちょっと緊張した顔をしている。正座してるので、彼女のスカートは畳に広がり、レースの縁がほのかに見える。私の影は、畳の上でゆらゆら揺れて、まるでこのドキドキを映してるようだ。
「かおりんの影、めっちゃ動くから難しいね!」
奈々りんが小声で囁くけど、そのキラキラした目が私をじっと見つめて、なんだか顔が熱い。
「ゆはりん、奈々りん、姿勢崩したらアウトだよ~!」
私は笑いながら、そっと体を揺らして影を動かす。シャツの裾が少しずれて、腰のラインがチラッと見えた気がして、慌てて姿勢を整える。
奈々りんが、そーっと膝で畳を滑るように近づいてくる。姿勢はバッチリ、背筋ピン! 奈々りんのショートパンツから伸びる脚が、夕陽に照らされて、ほのかに輝いてる。思わずその動きに目を奪われそうになるけど、座道の心で集中を保つ。
ゆはりんも、ちっちゃい体で慎重に動いて、まるで忍者みたい。
「うわ、ゆはりん、めっちゃ静か!」
「ひゃっ、かおりん、集中させてください!」
私が感心して言うと、ゆはりんは真っ赤になって囁く。 その恥ずかしそうな声が、部室の空気を甘く揺らす。
奈々りんが、グイッと私の影に近づいて、膝でそっと畳を踏んだ。近い。膝が私の影に触れる瞬間、ほのかな体温が近くで感じられた。
「踏んだ!」
「うそ、奈々りん、早い!」
私は振り返って、奈々りんの得意げな笑顔に笑っちゃう。
「ふふ、かおりんの影、でっかいから踏みやすかったよ!」
奈々りんがピースサインを作って、ショートカットがパタパタ揺れる。その笑顔が、キラキラ輝いて、なんだかいつもより眩しくて、胸がくすぐったくなる。
「ゆはりん、残念! 次、頑張って!」
私が言うと、ゆはりんは「うう、次は絶対踏みます……!」と、ちっちゃい拳を握る。健気な姿いいな。
*
次はゆはりんが鬼の番。私は奈々りんと一緒に、畳の上で姿勢を整えて準備。ゆはりんのちっちゃい影が、陽光に照らされて畳に映ってる。なんか、かわいらしい影だな。
「いーち、にーい……」
ゆはりんの声が、部室にふわりと響く。小さくて、甘くて、耳に心地いい。私はそっと膝を進めて、胡座のまま影ににじり寄る。隣では奈々りんが正座のまま、静かに、でもしなやかに滑るように動いていて、その仕草も色っぽい。
「じゅう! スタート!」
目を開けたゆはりんが、ちっちゃな体でキョロキョロと辺りを見回す。すると揺れる髪がふわっと陽光を浴びて、きらきらと輝く。私と奈々りんは、息を止めるようにぴたりと静止する。私の胡座も、奈々りんの正座も、ピシッと決まっていて、なんだか急に距離が近く感じてドキドキしてくる。
「か、かおりん、奈々りん、近いです…!」
ゆはりんの、少し上ずった声が響く。その甘ったるい響きに、思わず笑いそうになるのをこらえる。頬がほんのり桜色に染まってるのが見えて、さらに胸が高鳴る。
私はもう一歩、膝で進んで、ゆはりんの影の端っこをそっと踏んだ。
「踏んだっ!」
「ひゃっ、かおりん!?」
びっくりして振り返ったゆはりんの瞳が、まんまるになる。その顔があまりに可愛くて、もっとからかいたくなっちゃう。
「やったー! かおりん、ナイス!」
奈々りんが、畳の上で小さく拍手。彼女の笑顔も、なんだか艶っぽくて、部室の空気が少しだけ熱を帯びてる気がする。
「うう、かおりん、忍者みたいです…!」
ゆはりんが、恥ずかしそうに笑いながら、畳にぺたんと座る。
「ゆはりんの影、ちっちゃくてさ……踏むとき、ちょっとドキドキした。」
私が囁くと、ゆはりんは
「も、もう、かおりん、からかわないでくださいっ!」
と真っ赤になりながらも、ニコニコ笑ってる。その笑顔に、部室の空気がふわりと甘く揺れた気がした。
*
三回目の鬼は、奈々りん。私はゆはりんと並んで、畳の上に正座してスタンバイする。夕陽が差し込む部室の中、オレンジ色の光に包まれて、奈々りんの影がすっと長く伸びている。そのしなやかなシルエットに、思わず目が奪われてしまう。
「いーち、にーい……」
奈々りんのカウントが、柔らかく部室に響く。少しハスキーなその声が、夕暮れの空気に溶けていく。私はゆはりんと目を合わせて、そっと膝を前に出す。ゆはりんも、ちっちゃな体を慎重に動かして、まるで二人でこっそり忍者ごっこしてるみたい。彼女の吐息がすぐ近くにあって、それだけで妙に意識してしまう。
「じゅう! スタート!」
奈々りんが目を開ける。私とゆはりんは、動きを止めてピタリと静止。すると奈々りんが「うわ、二人ともめっちゃ忍者!」と笑うけど、その目は真剣そのもの。私たちの動きをしっかり追っている。その視線が熱を帯びているように感じて、畳の空気まで少し濃くなった気がする。
私はさらに一歩、膝でそっと進んで、奈々りんの影に手を伸ばそうとした――そのとき。
ガタッと、部室の窓が音を立て、ふわりとカーテンが揺れた。風が吹き込んできて、奈々りんの制服のスカートがふわっとめくれ、その一瞬だけ、陽に照らされた白い太ももがきらりと光った。
あ。見えた。
「わっ、奈々りん!? 風、風です!」
ゆはりんが慌てて声を上げる。でも奈々りんは動じず、さらりとスカートを押さえながら、ニヤリと笑う。
「おっと、これは想定外の攻撃だね」
その表情に、心臓がバクンと跳ねた。
「か、かおりん、集中っ!」
ゆはりんが耳元で囁く。その声もまた、妙に甘く響いて、さらに心が揺れる。でも私は気を取り直して、奈々りんの影にそっと膝を置いた。
「踏んだ!」
「えっ、また!? かおりん、すごっ!」
奈々りんが振り返って、大笑いする。ショートカットの髪がさらさらと揺れて、夕陽の光を受けてキラキラと輝いている。さっきの出来事のせいか、彼女の笑顔がいつもよりちょっとだけ色っぽく見えた。
「かおりん、強すぎ! 座道の極意その五、影を制する者は心を制す、だよ!」
奈々りんが、いたずらっぽくウィンクして言う。
「そんな極意、初耳なんだけど!」
私とゆはりんが同時にツッコんで、部室に笑い声が広がる。でも、あの風のイタズラのせいで、私の頬はまだ少し熱を帯びたままだった。




