第46話「おしくらまんじゅう」
5月も最終週の昼下がり、座道部の部室はいつものように畳の香りに包まれていた。窓の外からは、運動部の掛け声や、遠くで鳴るチャイムの音がほのかに聞こえてくる。今日は部活の予定もゆるっとした日で、私、かおりん、奈々りん、ゆはりんの三人で、部室の畳に座って、いつものお茶会(お菓子パーティー)を開いていた。
テーブルの上には、奈々りんが持ってきたチョコクッキーと、ゆはりんお手製の抹茶マフィン。私がコンビニで買ってきたアイスティーも並んで、なんだか贅沢な雰囲気。
「ねえ、かおりん、なんかいつもよりまったりしてるよね」
奈々りんが、ショートカットの髪を揺らしながら、クッキーをポリポリかじりつつ言う。
「でしょ? テストも終わったし、なんか心が解放されてる感じ!」
私はアイスティーをぐびっと飲みながら、ニコニコ答えた。
「でも……こうやってお菓子食べてるだけだと、ちょっと座道っぽくないかも……?」
ゆはりんが、ふわっとしたロングヘアを指でくるくるしながら、ちょっと心配そうに呟く。彼女のちっちゃい体が、畳の上で正座してる姿は、まるで小さなお人形みたいだ。
「うーん、ゆはりんの言う通り、座道部としては何か修行っぽいことしないとね!」
私は胸を張って、頭の中でアイデアをぐるぐる。そしたら、ふと思いついた。
「ねえ、ねえ! 座道式で『おしくらまんじゅう』やらない?」
「おしくらまんじゅう!?」
奈々りんとゆはりんが、ほぼ同時に目を丸くして声を揃えた。
「うそ、かおりん、それどうやるの!? 座道で!?」
奈々りんが、クッキーを口にくわえたまま身を乗り出す。
「ふふ、ルールは簡単! 三人で円になって正座して、合図で一斉に押し合うの。姿勢を崩さず、畳から出ちゃった人か、正座が崩れた人が負け! 座道の心を保ちつつ、力とバランスの勝負!」
「か、かおりん、めっちゃ斬新……!」
ゆはりんが、ちょっとドキドキした顔で言うけど、目がキラキラしてる。
「いいじゃん、面白そう! 座道部っぽいし、なんか青春っぽいし!」
奈々りんはもうノリノリで、クッキーを置いて畳の上で正座の位置を整え始めた。
「よーし、じゃあ、早速やろう! 三人で円になって……せーの、スタート!」
*
私たちは畳の上で円形に正座し、肩を寄せ合った。奈々りんが右、ゆはりんが左。畳のざらりとした感触が膝に心地よく響き、夕陽の柔らかな光が部室を淡いオレンジに染める。長く伸びた影が、まるで私たちの心の輪郭をなぞるように揺れる。空気が少し熱を帯び、胸の奥でざわめくような、甘い緊張感が漂っていた。
「じゃ、最初は私が合図するね。準備いい? せーの……おしくらまんじゅう、押されて泣くな!」
私が声を上げた瞬間、三人で一気に力を込めて押し合った。肩がぶつかる瞬間、ほのかな体温が伝わり、胸がドキッと高鳴った。
「うわっ、奈々りん、めっちゃ力強い……!」
奈々りんの肩が私の体をぐっと押してきて、思わず体が傾く。彼女のショートカットの髪が夕陽に揺れ、鋭い眼差しがキラリと光っている。その自信に満ちた表情に、ゾクッとするような熱が走る。
「かおりんこそ、めっちゃ本気で来るじゃん……!」
奈々りんが微笑みながら押し返してくる。その声には、どこか挑発的な響きがあって、負けられない火花が胸の中で弾ける。肩と肩が擦れ合うたび、畳の上で小さな電流が走るような感覚。
「ひゃっ、ゆ、ゆはりん、ちょっと、優しく……!」
ゆはりんが、ちっちゃい声で喘ぐように叫び、必死に正座をキープしてる。彼女の細い肩が私の腕に触れるたび、ふわっとした温もりが伝わってくる。守ってあげたいような、でもこの勝負に溺れたいような、相反する気持ちが胸を締め付ける。ゆはりんのロングヘアが夕陽に透けて、まるで薄絹のように揺れる姿に、思わず息を呑む。
「ゆはりん、姿勢、めっちゃ綺麗……さすが元茶道部!」
私が囁くように褒めると、ゆはりんは「う、うう、ありがとう……!」と頬を桜色に染めて、恥ずかしそうに目を伏せる。その仕草があまりにも愛らしく、胸の奥がキュッと疼いている。
畳の上で、三人の肩がぶつかり合うたびに、クスクスと笑いが漏れるけど、その裏にはピリッとした熱っぽい空気が漂ってる。力を入れるたび、汗ばんだ肌が触れ合い、座道の心を保つのが、まるで誘惑に抗うような試練。背筋をピンと伸ばし、呼吸を整えるけど、心臓の鼓動は抑えきれず、ドクドクと響く。
「うっ、かおりん、強すぎるって……!」
奈々りんが、ほんの少し押され気味で声を上げる。彼女の声に、微かな甘さが混じってる気がして、なぜか顔が熱くなる。
「奈々りん、油断したら負けるよ……?」
私はニヤリと微笑み、さらに肩に力を込める。奈々りんの体温が肩を通じて伝わり、ほのかな香水の匂いが鼻をかすめる。思わず、意識が彼女の近さに引き寄せられる。
その瞬間、ゆはりんが「ひゃっ!」と小さく叫び、畳の上でバランスを崩した。ロングヘアがふわりと舞い、正座が崩れる瞬間、スカートが若干まくれ上がり、太ももが夕陽に照らされる。その光景が一瞬の幻のように美しく、胸が締め付けられた。
「ゆはりん、アウト!」
奈々りんと私が同時に叫び、笑いながらゆはりんを指差すけど、心臓はまだドキドキと疼いたまま。
「うう、ごめんなさい……! 正座、崩れちゃいました……」
ゆはりんは恥ずかしそうに頭を下げ、スカートを直しながら畳にぺたんと座り込む。その華奢な背中が、守りたいような、でも勝負の熱に飲み込まれたいような、複雑な感情が胸を駆け巡る。
「ゆはりん、めっちゃ頑張ったよ! でも、次は私が勝つから!」
奈々りんが、気合を入れて正座を直す。その燃えるような闘志に、胸がまた熱くなる。
「よーし、第二ラウンド! 今度は奈々りんが合図ね!」
私はドキドキしながら、改めて正座の位置を整えた。夕陽が畳に長い影を落とし、部室の空気が一層熱を帯びる。次の勝負が、どんな甘い緊張感を連れてくるのか、体の奥で期待がざわめいていた。
*
「おしくらまんじゅう、押されて泣くな!」
奈々りんの元気な声が部室に響き、夕陽の光が畳に温かな影を落とす。私と奈々りん、二人だけの勝負。ゆはりんは畳の端っこで、アイスティーをちびちび飲みながら、目をキラキラさせて応援してる。彼女のちっちゃな笑顔が、なんだか心をくすぐる。
「かおりん、負けないよ!」
奈々りんが、ぐっと肩を押してくる。さっきより力強い。彼女のショートカットが動きに合わせてパタッと揺れ、Tシャツの裾が少しめくれて、白いキャミソールの端がチラリと見えた。思わず目を逸らすけど、なんか顔が熱い。
「うわ、奈々りん、本気すぎ!」
私は笑いながら、負けじと押し返す。畳の上で膝が少し滑りそうになるけど、座道の心で姿勢をキープ。肩がぶつかるたび、奈々りんの温もりが伝わってきて、なんだか妙に意識しちゃう。
「かおりん、めっちゃ強いじゃん! でも、絶対勝つから!」
奈々りんの笑顔が、夕陽にキラキラ輝いて、なんかこう、胸がドキッとする。彼女の動きで、ショートパンツの裾が少しずれて、スポーティなインナーのラインがほのかに見えた瞬間、思わず息を呑む。
「二人とも、すごい! 座道の極意、めっちゃ感じるよ!」
ゆはりんが、ちっちゃい拍手しながら、ふわっとした声で応援してくれる。彼女のスカートの裾が、畳に座る動きでちょっとめくれて、ピンクのレースの縁がチラッと見えた。慌てて目を逸らすけど、なんか心臓がバクバクしちゃう。
押し合ってるうちに、私の膝がほんの少しズレた。畳のひんやりした感触が、汗ばんだ肌に心地いいけど、バランスを崩しそうになる。
「うっ、危ない!」
私が慌てて姿勢を直すけど、その隙に奈々りんがグイッと押してきた。彼女の肩が私の胸元に触れる。
「かおりん、今だよ!」
奈々りんの声が、ちょっと楽しそうに響く。
「うわっ!」
私の体が、畳の外にずるっと滑り出した。スカートの裾が少しめくれて、慌てて手で押さえる。
「奈々りん、勝ち!」
ゆはりんが、ぴょこんと立ち上がって叫ぶ。
「やったー! かおりん、惜しかったね!」
奈々りんが、ニコニコしながら手を差し出してくる。その指先が私の手に触れた瞬間、温かさがじんわり伝わって、胸がまたドキッとする。私はその手をつかんで立ち上がり、笑いながら彼女の肩を軽くポンと叩いた。
「くっ、奈々りん、強すぎ! 次は絶対リベンジするから!」
「ふふ、いつでも受けて立つよ!」
奈々りんがピースサインを作って、得意げに笑う。部室の空気が、青春の甘酸っぱいドキドキで満たされてた。
*
ゲームの後は、いつものお茶会タイム。畳に座って、抹茶マフィンを分け合いながら、笑い声が絶えない。
「座道式おしくらまんじゅう、めっちゃ楽しかったね!」
私がマフィンをかじりながら言うと、ゆはりんがこくこく頷く。
「うん、なんか……心がほぐれた気がします。座道って、こういうのも大事ですよね」
「でしょ! 座道って、心を整えるだけじゃなくて、仲間と笑い合うのも大事な修行!」
私は胸を張って、アイスティーをぐびっと飲んだ。
「かおりん、ほんと座道部の部長っぽいね」
奈々りんが、クッキーを手にニヤリと笑う。
「え、奈々りんこそ、めっちゃ強かったじゃん! あの押し方、座道の極意その四:力と心のバランス、だね!」
「そんな極意、初耳!」
奈々りんが大笑いして、部室に笑い声が響く。
*
部室を出ると、夕暮れの空がオレンジ色に染まっていた。奈々りんとゆはりんは、並んで校門に向かって歩いていく。
「かおりん、また明日ね!」
奈々りんが振り返って手を振る。
「うん! ゆはりんも、またね!」
私は二人に笑顔で手を振り返した。




