表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/97

第42話「我慢比べ」

 夜の空気は少しひんやりとしていて、かおりんが窓を少しだけ開けると、ひやっとした風が入ってきた。


「風邪治ったばかりで大丈夫なの?」


「平気、平気、完治、完治」


 そう言って、再びソファに座ってスウェット姿でストレッチをするかおりん。


「……今日はなんか、静かだね」


 学校帰りの部活もなく、珍しく私も予定がなかった日。ふたりでぼんやりテレビを眺めていたけれど、内容は全く頭に入ってこなかった。


「ねえ、なんか遊ぼ」


 言葉より先に、かおりんの目がいたずらっぽく笑っているのがわかる。


「遊ぶって……?」


「うふふ、そんなことないよ。ただの“我慢比べ”だよ?」


「また何か企んでるな……」


「じゃあ、やってみる?先に笑った方が負け!」


 そう言いながら、かおりんは私のほうにじわじわと近づいてきた。距離がやたら近い。


「なになに、なんの我慢なの?」


「ふふ、それはやってみてのお楽しみ~」


 その笑顔が、完全に“悪だくみ中”のやつだってことは、姉歴15年の私にはすぐにわかる。


「……負けないからね」


「望むところです!」


 *


 第一ラウンドは「無言くすぐり対決」。


「よーい、スタート!」


 私はソファに横になったかおりんのわき腹に指を滑り込ませる。無言で、表情だけで攻めるスタイル。笑ったら負け。


「……んふっ……ふふふっ!」


 1分ももたなかった。


「はい、アウト!」


「ずるい~!しおりん、そこ反則だよ~!」


「何が?わき腹はオフィシャルスポットでしょ?」


「もう、次はわたしの番!」


 今度はかおりんが私の肩に手を伸ばしてくる。目が真剣……というか、ちょっとギラついてる。


「覚悟しなよ?」


「え、まって、そんな顔で攻められたら緊張するんだけど」


 そして始まる、かおりんのカウンター。


 その手が、脇から背中へ、さらには太ももに近いところまで滑ってきた。


「おい……そこ……アウトじゃね?」


「なに言ってるの?ここが本番だよ?」


「言い方っ!」


 言葉に詰まった瞬間、笑ってしまった。


「うわっ、今の反則じゃない!?言葉攻撃まであるの!?」


「うん、だって“我慢比べ”だもん」


 かおりんはあくまで涼しい顔で、勝ち誇ったように腕を組む。


 ソファの上で体勢を立て直しながら、私は少しだけ息を整える。さっきの手の動きが、想像以上にゾワゾワしてて……ちょっと変な汗かいた。


「次、なに勝負にする?」


「……負けた人が、くすぐりじゃなくて……“誘惑”に耐える、ってのは?」


 冗談のつもりで言ったつもりだったけど、かおりんが目をキラリと光らせた。


「お、面白そうじゃん。それ、採用!」


「うそでしょ」


 *


 第二ラウンド:「誘惑に耐える」対決。


「じゃあしおりん、目つぶって座って」


 言われるがままに目を閉じる。床に座って、背筋を伸ばしていると、すぐ目の前にかおりんの気配を感じた。足音も気配も、近い。すごく近い。


「はーい、誘惑、開始~」


 その瞬間、私の太ももに何かが当たった。やわらかい……まさか、お尻?


「……おい、待って、それは」


「え?なにもしてないよ?」


 わざとらしくとぼける声と、あきらかに距離ゼロの腰回りの感触。座っている私の膝に、かおりんが向かい合わせで膝を立てて乗ってきていた。


「おいっ……これ反則じゃない?」


「しおりんが“誘惑勝負”って言ったからには、がんばってもらわないと」


 顔が近い。体温も感じる。妹相手にこんなに照れるなんて、自分が怖い。


「……ふふっ」


「笑ったー!」


「だ、だって!お前、それはずるいって!」


「勝負に負けはつきものです~!」


 かおりんが嬉しそうに転がって、ソファにダイブした。私は顔を覆って、思わず笑ってしまう。頬はほんのり熱い。完全に振り回されてる。


「じゃあ、ラストラウンドはなににする?」


「うーん……ちょっと待って……」


 私は思案しながら、ふと目の前のかおりんを見つめた。ソファで仰向けになり、スウェットの裾がちょっと上がって、膝のあたりまで脚が出ている。白くて、細くて、よく動くくせに、意外と女の子らしい形。


「しおりん?なに見てんの?」


「べつに……」


 言いながら、わざと真顔でこう言った。


「最後の勝負。おでこにキスされても笑わなかったら勝ち」


「……えっ?」


 さすがに予想外だったらしく、かおりんが一瞬止まる。


「なにその……急に恋愛イベントみたいな勝負」


「だって、誘惑の次は“距離感”でしょ?」


「……やるなら、ちゃんとやってよ?」


「当たり前」


 私はそっと近づき、かおりんの前にひざまずいた。お互い、顔の距離は10センチもない。かおりんの表情が、さっきまでと違ってちょっと緊張してる。


「……目、つぶって」


「……うん」


 目を閉じたその瞬間、私は静かに、おでこに唇を近づける。


 ほんの一瞬。ふわっと、軽く。けれど、確かに触れた感覚。


「……」


 かおりんが固まった。


 目を開けて、ぽかんとした顔で私を見る。


「……ふふっ……」


「笑った!」


「だって!なんか、それずるいって!」


 私たちはまた笑い転げて、クッションを投げ合った。



 夜が深まるにつれて、笑い声も落ち着いていく。


 床に寝転がりながら、かおりんが小さくつぶやいた。


「しおりんってさ……ほんと、たまにズルいよね」


「それ、褒めてる?」


「……たぶん、ちょっとだけね」


 その返事に、私は少しだけ微笑んだ。


 我慢比べ。


 ただの遊びに見せかけて、お互いの距離が、また少しだけ近づいた夜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ