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第4話「ババ抜き」

「おやつターイム!」


 そう言って、私はソファに崩れ落ちた。


「しおりん、チョコいる?」


「欲しい欲しい!」


 数分後、かおりんはチョコとクッキーをお盆に乗せて戻ってきた。ついでに紅茶まで入れてある。こういう気が利くところが、妹の可愛いところだ。


「にしても、最近遊びまくってるなあ。受験終わった後の開放感ってやつ?」


「うん。なんか、心がヒラヒラする感じ!」


「……なにそれ詩人?」


「ふふっ、じゃあ次は何して遊ぶ?」


 妹の目がキラキラしてる。まるで飼い主と遊びたいワンちゃんのようだ。


……こういうところが可愛いんだよねえ……


「もう勘弁してほしいけど……」


 その時、台所の奥から物音がして、ぱたぱたとスリッパの音が近づいてきた。


「おやつタイムですか~?」


 ふわっと台所のカーテンが揺れ、姿を現したのは――母だった。 エプロン姿で、手には袋入りのスナック菓子、でもまだ20代にしか見えない容姿は大人の色気を感じさせた。


「お母さん、何その入り方……」


「ちょうどお菓子が余ってたのよ~。それに、なんだか楽しそうな声が聞こえてきたから混ぜて欲しいな~って」


  顔にはいつもの穏やかな笑み。けどその目は、どこか獲物を狙うハンターのようでもある。


「えー、珍しい。どうしたの?」


「たまにはね、家族で遊ぶのも大事かなって思って。受験お疲れさま会ってことで」


「……それ、つまり……」


「ババ抜き、しましょ!」


 母はどっかりとソファに腰掛けると、にっこり笑って言った。


「えっ?」


「ルールもシンプルだし、年齢関係なく楽しめるでしょ?」


 かおりんと私は顔を見合わせ、同時にうなずいた。


「じゃあ、決まり!」



 3人で円になって、カードを配る。


「……ババ抜きって、地味に心理戦だよね」


「そうだよ、しおりん。これでも昔は家族旅行のたびにやってたんだから」


「懐かしい~。あのとき、私めっちゃ負けた記憶しかない……」


「記憶は上書きできるわよ、かおりん」


 母が意味深に微笑む。


「でも、せっかくやるんだし、何か賭けようか」


「えー、また?」


「うんうん、負けた人は勝った人の言う事を一つ聞くってどう?」


 母は既に勝つ気満々の目をしていた。これが“母の本気モード”――私も、何度か痛い目を見てきた。


「まあいいよ、面白そうだし」


「私も乗った!」


「それじゃ、始めましょ!」



 ババ抜きの戦いは、静かに、そして激しく幕を開けた。


 カードを引くたび、誰かの顔が微妙にひきつり、笑いが漏れ、時には沈黙が支配する。油断するとすぐにババをつかまされる。誰がジョーカーを持ってるのか、何度もフェイントが繰り返される。


「しおりん、そのニヤニヤ怪しい」


「ち、違うって。これはただの“しおりんスマイル”です」


「完全にババ持ってる顔だよ……!」


「ふふふふ……」


 母は終始ポーカーフェイスだ。どれだけ引かれても、どれだけカードが減っても、顔色一つ変えない。まさに座道の師範。


「……さて、残りは3枚ね」


「いや、これ、緊張感やばすぎ」


 そして――ついに、最後の一枚を引く瞬間。


 かおりんが、私の前に手を差し出した。


 可愛らしい手をしてる。握りたい……でも一枚選ばないといけない。


「……これ!」


 その瞬間。


「ババだったあああ!」


「うわー!!」


「しおりん、また負けたね」


「な、なにぃぃ……!」


 そして、勝者は――なんと母。


「ふふふ、やっぱり人生経験の差が出ちゃうのよね~」


「くそぉ……」


「それじゃあ、お約束通り。これから私のことは、“ママりん”って呼んでね♪」


「えっ……ママry……ママりん?」


 嚙んだ。


「そう。かおりん、しおりん、そしてママりん。完璧な三人組の完成よ!」


「なんか、語感強すぎる……」


「でも、ママりんってちょっと可愛いかも……?」


 かおりんは苦笑いしながら、素直に口にした。


「……ママりん、お茶のおかわりある?」


「はいはい、今すぐ用意しますよ、かおりん」


 なんだこれ。妙に可愛らしい会話が展開されている。


 たしかにママりんも可愛い……


「……じゃあ、私も言うのか」


 口をもごもごさせながら、私はぽつりと。


「……ありがと、ママりん」


「うふふ、はいよ、しおりん」


 その瞬間、家の中がふわっと柔らかくなったような気がした。笑い声と紅茶の香りと、お菓子の甘さと。何も特別じゃない一日。


 しおりん、かおりん、ママりん。

 呼び名はちょっと変だけど、これが我が家の、ちょうどいいかたち。

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