第4話「ババ抜き」
「おやつターイム!」
そう言って、私はソファに崩れ落ちた。
「しおりん、チョコいる?」
「欲しい欲しい!」
数分後、かおりんはチョコとクッキーをお盆に乗せて戻ってきた。ついでに紅茶まで入れてある。こういう気が利くところが、妹の可愛いところだ。
「にしても、最近遊びまくってるなあ。受験終わった後の開放感ってやつ?」
「うん。なんか、心がヒラヒラする感じ!」
「……なにそれ詩人?」
「ふふっ、じゃあ次は何して遊ぶ?」
妹の目がキラキラしてる。まるで飼い主と遊びたいワンちゃんのようだ。
……こういうところが可愛いんだよねえ……
「もう勘弁してほしいけど……」
その時、台所の奥から物音がして、ぱたぱたとスリッパの音が近づいてきた。
「おやつタイムですか~?」
ふわっと台所のカーテンが揺れ、姿を現したのは――母だった。 エプロン姿で、手には袋入りのスナック菓子、でもまだ20代にしか見えない容姿は大人の色気を感じさせた。
「お母さん、何その入り方……」
「ちょうどお菓子が余ってたのよ~。それに、なんだか楽しそうな声が聞こえてきたから混ぜて欲しいな~って」
顔にはいつもの穏やかな笑み。けどその目は、どこか獲物を狙うハンターのようでもある。
「えー、珍しい。どうしたの?」
「たまにはね、家族で遊ぶのも大事かなって思って。受験お疲れさま会ってことで」
「……それ、つまり……」
「ババ抜き、しましょ!」
母はどっかりとソファに腰掛けると、にっこり笑って言った。
「えっ?」
「ルールもシンプルだし、年齢関係なく楽しめるでしょ?」
かおりんと私は顔を見合わせ、同時にうなずいた。
「じゃあ、決まり!」
*
3人で円になって、カードを配る。
「……ババ抜きって、地味に心理戦だよね」
「そうだよ、しおりん。これでも昔は家族旅行のたびにやってたんだから」
「懐かしい~。あのとき、私めっちゃ負けた記憶しかない……」
「記憶は上書きできるわよ、かおりん」
母が意味深に微笑む。
「でも、せっかくやるんだし、何か賭けようか」
「えー、また?」
「うんうん、負けた人は勝った人の言う事を一つ聞くってどう?」
母は既に勝つ気満々の目をしていた。これが“母の本気モード”――私も、何度か痛い目を見てきた。
「まあいいよ、面白そうだし」
「私も乗った!」
「それじゃ、始めましょ!」
*
ババ抜きの戦いは、静かに、そして激しく幕を開けた。
カードを引くたび、誰かの顔が微妙にひきつり、笑いが漏れ、時には沈黙が支配する。油断するとすぐにババをつかまされる。誰がジョーカーを持ってるのか、何度もフェイントが繰り返される。
「しおりん、そのニヤニヤ怪しい」
「ち、違うって。これはただの“しおりんスマイル”です」
「完全にババ持ってる顔だよ……!」
「ふふふふ……」
母は終始ポーカーフェイスだ。どれだけ引かれても、どれだけカードが減っても、顔色一つ変えない。まさに座道の師範。
「……さて、残りは3枚ね」
「いや、これ、緊張感やばすぎ」
そして――ついに、最後の一枚を引く瞬間。
かおりんが、私の前に手を差し出した。
可愛らしい手をしてる。握りたい……でも一枚選ばないといけない。
「……これ!」
その瞬間。
「ババだったあああ!」
「うわー!!」
「しおりん、また負けたね」
「な、なにぃぃ……!」
そして、勝者は――なんと母。
「ふふふ、やっぱり人生経験の差が出ちゃうのよね~」
「くそぉ……」
「それじゃあ、お約束通り。これから私のことは、“ママりん”って呼んでね♪」
「えっ……ママry……ママりん?」
嚙んだ。
「そう。かおりん、しおりん、そしてママりん。完璧な三人組の完成よ!」
「なんか、語感強すぎる……」
「でも、ママりんってちょっと可愛いかも……?」
かおりんは苦笑いしながら、素直に口にした。
「……ママりん、お茶のおかわりある?」
「はいはい、今すぐ用意しますよ、かおりん」
なんだこれ。妙に可愛らしい会話が展開されている。
たしかにママりんも可愛い……
「……じゃあ、私も言うのか」
口をもごもごさせながら、私はぽつりと。
「……ありがと、ママりん」
「うふふ、はいよ、しおりん」
その瞬間、家の中がふわっと柔らかくなったような気がした。笑い声と紅茶の香りと、お菓子の甘さと。何も特別じゃない一日。
しおりん、かおりん、ママりん。
呼び名はちょっと変だけど、これが我が家の、ちょうどいいかたち。