第38話「キスしちゃった」
GW明けで梅雨っぽい日々が続いていた。その合間の晴れた日。
空は青くて、雲がふわふわと浮かんでるけど、湿気が肌にまとわりついて、なんだか落ち着かない。
GW明けのあの休日以来、かおりんと過ごす時間がなんだか特別に感じるようになった。キッチンでのオムレツ作りや、水遊びの笑い声が、頭のどこかでキラキラと響いてる。でも、最近のかおりん、なんかちょっと変。高校の話や、好きな人の話。あの時、誤魔化したかおりんの目が、時々頭をよぎる。
今日は、珍しくママりんが仕事で遅くなる日。パパりん……父さんはいつものように出張で、家はまた私とかおりんの二人きり。部活も休みで、午前中はダラダラと過ごしてたけど、昼過ぎに、かおりんが急にソファから立ち上がった。
「しおりん、どっか出かけない?」
「え、急に? どこ?」
「んー、なんか、涼しいとこ。カフェとか! アイスコーヒー飲みたい!」
かおりんの目がキラキラしてる。なんか、いつもよりテンション高め。高校の友達と遊びに行くときみたいな、弾んだ声だ。
「カフェねえ……いいけど、どこ行く? 駅前のいつものとこ?」
「うーん、ちょっと遠出して、隣町のあのオシャレなとこ行ってみない? インスタで見たんだけど、めっちゃ可愛いんだって!」
「隣町!? 遠くない?」
「大丈夫、大丈夫! 電車で20分くらいだし! ね、しおりん、行こ!」
かおりんが私の手を引っ張って、まるで子供みたいにはしゃいでる。なんか、断れない雰囲気。まあ、確かに、家でダラダラしてるより、気分転換になるかも。
「はいはい、わかった。じゃあ、準備するよ。かおりんも、ちゃんと服選べよ。パジャマで行く気じゃないよね?」
「え、ひどい! ちゃんとオシャレするもん!」
かおりんがぷーっと頬を膨らませて、自分の部屋に走っていく。その後ろ姿、なんか楽しそう。やっぱり、かおりんって、こういう無邪気なとこが可愛いな。
*
1時間後、私たちは電車に揺られて隣町へ。かおりんは白いワンピースにデニムのジャケット、髪をゆるく巻いて、めっちゃ気合入ってる。私も、久しぶりにスカート履いて、ちょっとだけメイクしてみた。電車の窓から見える景色が、いつもよりキラキラしてる気がする。
「しおりん、めっちゃ可愛いね! 絶対、駅でナンパされるよ!」
「は!? やめてよ、縁起でもない! かおりんこそ、そのワンピ、めっちゃ映えるじゃん。学校の誰かに見せる気?」
「え、うそ、急に何! そんなんじゃないって!」
かおりんが顔を赤くして、慌てて窓の外を見る。やっぱり、反応が怪しい。あの日の「好きな人できた?」って質問、絶対何かあるよね。でも、今日はかおりんのペースに任せて、深く突っ込まないでおこう。
カフェに着くと、噂通り、めっちゃオシャレ。白い壁にグリーンが飾ってあって、木のテーブルがナチュラルな雰囲気。窓際の席に座って、メニューを見ながら、かおりんが目を輝かせてる。
「うわ、全部美味しそう! しおりん、どれにする? 私はアイスコーヒーと、ティラミス!」
「ティラミス!? かおりん、甘いの好きだよね。私は……アイスラテと、チーズケーキかな」
「うわ、チーズケーキもいい! ちょっと分け合おうよ!」
「はいはい、了解」
注文して、飲み物とケーキが来るのを待つ間、かおりんがスマホでカフェの写真を撮りまくってる。テーブル、窓の外、アイスコーヒーのグラス。なんか、めっちゃ楽しそう。
「ねえ、しおりん、一緒に撮ろ! セルフィー!」
「え、いいけど、急にどうしたの?」
「だって、せっかくのデートだもん!」
「デート!? かおりん、頭大丈夫?」
「ふふ、姉妹デート! ほら、笑って!」
かおりんがスマホを構えて、私の肩にぐいっと寄ってくる。
──顔が近い!近い!近い!近い!
理性失いそう。
かおりんの髪から、シャンプーのいい匂いがして、ドライヤーの時を思い出す。もう思いっきり抱きしめたい。
画面の中で、かおりんがピースサインして、めっちゃ可愛い笑顔。私も、つられてにっこり。
「はい、撮れた! めっちゃいい感じ! しおりん、めっちゃ美人!」
「やめてよ、恥ずかしいって! かおりんの方が可愛いよ」
「えー、両方可愛いってことで!」
笑いながら、かおりんが写真をインスタにアップしようとしてる。キャプションに「姉妹デート♡」って入れて、タグ付けまでしてる。なんか、こういうの、久しぶりだな。小さい頃は、よく一緒に写真撮って、アルバムに貼ってたっけ。
*
ケーキとコーヒーが来て、2人でシェアしながら食べる。ティラミスの甘さと、チーズケーキの濃厚さが、アイスラテの苦味とめっちゃ合う。かおりんが「幸せ~!」って目を閉じてる姿が、なんか子猫みたいで笑える。
「ねえ、しおりん、さ」
「ん?」
「大学、楽しい?」
急に真面目な質問。かおりんの目が、ちょっと真剣。フォークを持った手が、テーブルで止まってる。
「うーん、楽しいよ。友達もできたし、授業も面白いのが多いし。かおりんは?」
「私も、楽しいよ。部活も、忙しいけど、なんか充実してるっていうか」
かおりんが顔を赤くして、アイスコーヒーをぐいっと飲む。なんか、めっちゃ可愛い。
「で、さ。大学の話、戻るけど……しおりん、好きな人とか、できた?」
「ぶっ!」
アイスラテ、危うく吹きそうになった。かおりん、絶対わざとだろ! またこの質問!
「か、かおりん! 急に何! ないよ、そんなの!」
「えー、ほんと? しおりん、めっちゃモテそうじゃん。大学のサークルとかで、絶対告白されてるでしょ?」
「されてないって! つか、かおりんこそ! 高校で、なんかいい感じの人とかいるんじゃないの?」
「え、うそ、急に振らないで!」
かおりんがフォークを落としそうになって、慌ててテーブルに置く。顔、めっちゃ赤い。やっぱり、あるんだ! 絶対、ある!
「かおりん、怪しい! 絶対、なんかあるでしょ! 誰!? 高校の先輩? 」
「う、うぅ……しおりん、鬼……」
かおりんが頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。なんか、めっちゃ面白いんだけど、ちょっと可哀想になってきた。まあ、でも、今日はこのくらいで許してあげよう。
「はいはい、わかった。今日はこれ以上追及しないよ。食べよ、ケーキ溶けちゃう」
「うぅ、しおりん、優しい……」
かおりんが顔を上げて、ほっとしたみたいに笑う。その笑顔、なんか、いつもより柔らかくて、胸がきゅっとする。かおりん、ほんとに大人になったな。
*
カフェを出て、夕暮れの街をぶらぶら。隣町の商店街、なんか新鮮。かおりんが雑貨屋で可愛いキーホルダーを見つけて、「しおりん、これお揃いにしない?」って提案してきた。ハート型の小さなキーホルダー、ピンクとブルー。なんか、めっちゃ姉妹っぽい。
「いいね、お揃い! ピンクはかおりん、ブルーは私ね」
「やった! じゃあ、買お!」
かおりんがレジでキーホルダーを買って、早速バッグにつけてる。私の分も、そっと渡してくれて、なんか照れくさいけど、嬉しい。キーホルダーがカチャカチャ鳴るたびに、今日の時間が思い出になりそうな気がする。
「ねえ、しおりん、帰る前に、ちょっと公園寄らない?」
「公園? いいけど、暗くなってきたよ?」
「大丈夫、ちょっとだけ! なんか、夕暮れの公園、好きなんだよね」
かおりんの声、なんかノスタルジック。確かに、小さい頃、よく近所の公園で遊んだっけ。ブランコに乗って、かおりんが「もっと高く!」ってせがむから、めっちゃ押したな。
公園に着くと、夕陽がオレンジに染まってて、芝生がキラキラしてる。ブランコに座って、かおりんと並んでゆらゆら。風が涼しくて、湿気も気にならない。
「ねえ、しおりん、覚えてる? 小さい頃、ここでかおりんがブランコから落ちて、泣いたこと」
「うわ、覚えてる! あの時、かおりん、めっちゃ大げさに泣いてたよね。膝すりむいただけで!」
「ひどい! あれ、めっちゃ痛かったんだから! でも、しおりんが絆創膏貼ってくれて、なんか安心したんだよね」
「ふふ、絆創膏貼るだけでヒーロー扱い? かおりん、チョロいな」
「えー、だって、しおりん、ほんとにお姉さんっぽかったんだもん!」
かおりんがブランコを揺らしながら笑う。その笑顔、夕陽に照らされて、なんか、めっちゃ綺麗。胸が、ドキドキする。かおりん、ほんとに変わったな。いや、私も、かおりんを見る目が変わったのかも。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「今日、ほんと楽しかった。しおりんとこうやって出かけるの、久しぶりだね」
「うん、私も。かおりん、なんか、今日はめっちゃキラキラしてたよ」
「え、うそ、急に何! 恥ずかしいって!」
かおりんがブランコから飛び降りて、私のブランコを後ろから押す。急に揺れて、びっくりする。
「うわ、かおりん、急に押さないで!」
「ふふ、しおりん、もっと高く!」
「やめて、子供じゃないんだから!」
笑いながら、ブランコが揺れるたびに、夕陽がチラチラ見える。かおりんの笑い声が、公園いっぱいに響いてる。なんか、この瞬間、ずっと覚えてたい。
*
ブランコを降りて、ベンチに座って一休み。かおりんが、急にバッグからリップクリーム取り出して、唇に塗ってる。なんか、めっちゃ女の子っぽい仕草。
「ねえ、しおりん、リップ貸して」
「え、私の? いいけど……」
バッグからリップクリーム出して、かおりんに渡す。かおりんが、丁寧に塗って、唇をムニッとすぼめる。なんか、めっちゃ可愛いんだけど、急にドキッとする。
「しおりん、ちょっとこっち向いて」
「え、なに?」
かおりんが、急に私の顔を両手で挟んで、じっと見つめてくる。目が、めっちゃ近い。心臓、バクバクする。
「か、かおりん、なに!? 急に!」
「しおりん、めっちゃ可愛いね」
「は!? 急に何! 気持ち悪いって!」
「ふふ、ほんとだよ。なんか、今日、しおりん、いつもよりキラキラしてる」
かおりんの声、なんか、めっちゃ柔らかい。夕陽が、かおりんの髪をオレンジに染めてて、まるで絵画みたい。ドキドキが、止まらない。
「かおりん、なんか、変だよ。急にどうしたの?」
「んー、なんか、しおりんとこうやってると、幸せだなって」
かおりんが、急に私の頬に、チュってキスした。
「え!?」
頭、真っ白。かおりん、キスした!? 頬に!? え、え、え!?
「か、かおりん! な、なに!?」
「ふふ、しおりん、顔真っ赤! めっちゃ可愛い!」
かおりんが、ケラケラ笑ってる。私の心臓、爆発しそう。頬、めっちゃ熱い。かおりん、なんで急に!?
「や、やめてよ! 急にキスとか! びっくりするじゃん!」
「えー、だって、姉妹だし、いいじゃん! しおりん、めっちゃ照れてる!」
「照れるに決まってるでしょ! もう、かおりん、ほんと!」
かおりんが、ベンチで笑い転げてる。なんか、めっちゃ悔しいけど、かおりんの笑顔見たら、怒れない。夕陽が、かおりんの笑顔をキラキラさせてて、なんか、胸が温かい。
「ねえ、しおりん」
「な、なに? もうキスしないでよ!」
「ふふ、しないよ。約束」
かおりんが、小指を出してくる。私は、ちょっとドキドキしながら、小指を絡める。ひんやりした指先、ゴールデンウィークの水遊びの時を思い出す。
「今日、ほんと楽しかった。しおりん、ありがと」
「うん……私も。かおりん、急にキスするのやめてね」
「じゃあ急じゃなければいいんだ!」
かおりんが、にっこり笑う。夕陽が、公園をオレンジに染めて、キーホルダーがカチャカチャ鳴ってる。ちょっと特別な日。かおりんのキス、びっくりしたけど、なんか、嫌いじゃないかも。




