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第37話「ひるごはん」

 ゴールデンウィーク明けの初めての休日。


 空気はまだ夏のようだったけど、どこか新しい季節の匂いが混じっている気がした。部活もない、宿題もない、ただの休日。なのに、朝から何か落ち着かない。かおりんと過ごす時間が、頭の中でキラキラと光って、なんだか胸の奥がざわざわする。


 私はキッチンに立って、冷蔵庫のドアを開けた。冷気がふわっと顔に当たって、ちょっとだけほっとする。かおりんはリビングのソファで、ぐったりと横になってスマホをいじってる。時々、くすっと笑う声が聞こえてくる。たぶん、いつものように変な動画でも見てるんだろう。


「かおりん、そろそろお昼どうする?」


 声をかけてみるけど、返事はのんびり。


「んー、なんでもいいよー。しおりんが決めてー」


「いやいや、いつもそれ言うじゃん! 何かアイデア出してよ」


 冷蔵庫の中を覗きながら、つい文句っぽくなっちゃう。卵が数個、半分残ったキャベツ、使いかけのマヨネーズ。あと、昨日母さんが買ってきたハムと、賞味期限が微妙に怪しいヨーグルト。うーん、なんかパッとしない。


「アイデアねえ……ピザ?」


「ピザ!? どこにピザの材料があるの!」


「え、じゃあ、冷凍のやつ焼くとか?」


「ないよ! 冷凍庫、アイスと冷凍うどんしかないもん!」


 冷蔵庫のドアを閉めて、振り返ると、かおりんがソファから上半身を起こして、にやっと笑ってる。


「じゃあ、しおりんがなんか作ってよ。姉貴の料理、久しぶりに食べたいなー」


「は? 急に姉貴って何! 気持ち悪い呼び方しないで!」


「えー、だってしおりん、ほんとにお姉さんっぽいんだもん。ドライヤーの時とか、めっちゃ優しかったし」


 その言葉に、ちょっとドキッとする。かおりんの目が、なんだかまっすぐで、水遊びの時の無邪気さとは違う、ちょっと大人びた光がある。やっぱり、なんか変わったのかな。大学の話とか、好きな人の話とか、急に聞いてきたのも、なんか意味がある気がしてくる。


「はいはい、わかったよ。じゃあ、なんか作るから、ちょっと手伝え」


「えー、私、食べる専門でいいじゃん!」


「ダメ! 動け、かおりん隊長!」


 わざと大げさに命令してみる。かおりんは「うー」とぶーたれながらも、ソファから立ち上がって、キッチンにやってきた。濡れた髪を適当にタオルでまとめて、Tシャツの裾を軽く引っ張りながら、なんか楽しそうな顔してる。


「で、何作るの?」


「うーん、冷蔵庫の材料だと……オムレツとか? ハムとキャベツ入れれば、なんかそれっぽくなるでしょ」


「オムレツ! いいじゃん! しおりんのオムレツ、ふわふわで好き!」


「ほんと? じゃあ、期待しててよ」


 なんか、かおりんのその一言で、急にやる気が出てくる。キッチンのカウンターに卵とハム、キャベツを並べて、ボウルとフライパンを準備。かおりんは隣で、キャベツをちぎる係に任命された。


「ねえ、しおりん、卵って何個使う?」


「4個かな。2人だから、2個ずつでちょうどいいでしょ」


「了解! ほい、1個、2個……あっ!」


「え、なに!?」


 かおりんが卵をボウルに割り入れようとして、殻をちょっと強く握っちゃったみたいで、卵が手の中でぐしゃっと潰れてる。黄身と白身が指の間からぽたぽた落ちて、キッチンのカウンターが悲惨なことに。


「うわっ、かおりん! 何やってんの!」


「ご、ごめん! 力入れすぎた!」


「もう、ほんとドジっ子! 手を洗ってきなよ!」


「うぅ、しおりんに怒られた……」


 かおりんがしょんぼりしながらシンクで手を洗ってる姿が、なんか子犬みたいで笑える。結局、私が残りの卵を割って、ボウルに流し込む。泡立て器でかき混ぜながら、かおりんに次の指示。


「キャベツ、細かくちぎって。ハムも小さく切ってね」


「はーい、了解! キャベツ隊長、任務開始!」


「隊長って、さっきはかおりん隊長だったじゃん。役職変わったの?」


「ふふ、気分で変わるの!」


 かおりんがキャベツをちぎりながら、楽しそうに鼻歌を歌ってる。なんか、こういう時間、久しぶりだな。小さい頃は、母さんの手伝いで一緒にクッキー焼いたり、ホットケーキ作ったりしたっけ。あの時は、かおりんが粉をこぼして、キッチンが真っ白になったこともあったな。


「ねえ、しおりん、覚えてる? 小さい頃、ホットケーキ作ったとき、私、粉まみれになったやつ」


「うわ、急に思い出した! あの時、母さんめっちゃ笑ってたよね」


「うん! でも、しおりんがタオルで私の顔拭いてくれて、なんかカッコよかったんだから」


「カッコいいって、ただ拭いただけじゃん!」


「でも、しおりんって、そういうとこあるよね。なんか、いつも助けてくれるっていうか」


 また、かおりんの言葉にドキッとする。かおりんが、急に大人っぽく見える瞬間が、最近増えた気がする。大学の話とか、好きな人の話とか、なんか関係あるのかな。でも、聞くのもちょっと怖い。


「はい、キャベツとハム、準備完了!」


 かおりんが誇らしげに、ちぎったキャベツと小さく切ったハムを見せてくる。キャベツはちょっと大きめだけど、まあ許容範囲。ハムは……なんか、めっちゃ細かい。


「かおりん、ハム、ほぼミンチじゃん!」


「え、だって小さくって言ったじゃん!」


「小さくって、こんな細かくじゃないよ! もう、いいけど!」


 笑いながら、ボウルにキャベツとハムを入れて、塩コショウを振って混ぜる。フライパンを火にかけて、バターを溶かすと、じゅわっと香ばしい匂いがキッチンに広がる。かおりんが「うわ、いい匂い!」って目をキラキラさせてる。


「じゃあ、焼くよ。かおりん、皿とフォーク用意して」


「はーい!」


 卵液をフライパンに流し込むと、シューッと音がして、ふわっと膨らむ。木べらでそっと混ぜながら、半熟くらいで火を弱めて、蓋をする。オムレツって、火加減が大事なんだよね。強すぎると固くなっちゃうし、弱すぎるとベチャッとなる。


「しおりん、めっちゃ手際いいね。料理上手になった?」


「いや、母さんの見て覚えただけ。かおりんも、大学で自炊とかしてるでしょ?」


「え、うそ、わたし、ほぼコンビニ弁当か外食……」


「え、マジで!? それ、身体に悪いよ!」


「うぅ、だって料理する時間ないんだもん! 部活で忙しくて……」


「部活? 」


 かおりんが、急に口を押さえて、目を泳がせる。やっぱり、なんか隠してたんだ! 大学の話とか、好きな人の話とか、全部繋がってる気がする。


「かおりん、ちょっと! 何!? 好きな人って誰!?」


「え、待って、しおりん、急に詰め寄らないで! オムレツ焦げるよ!」


「あ、ヤバ!」


 慌ててフライパンを見ると、ちょうどいい焼き加減。蓋を開けて、木べらでそっとオムレツを折りたたむ。ふわっとした形が崩れないように、慎重に皿に移す。かおりんが「わぁ、めっちゃ綺麗!」って拍手してる。


「はい、完成! かおりん特製ミンチハム入りオムレツ!」


「私のミンチハム、ちゃんと活躍した!」


「活躍って、ほぼ存在感ないけどね!」


 笑いながら、キッチンのカウンターに皿を置いて、2人で向かい合って座る。フォークでオムレツを切り分けると、中からふわっと湯気が上がって、キャベツのシャキシャキ感とハムの塩気がいい感じ。かおりんが一口食べて、「うわ、めっちゃ美味しい!」って目を丸くしてる。


「しおりん、ほんと料理上手! 結婚したら、いいお嫁さんになるよ!」


「は!? 急に何! 結婚って!」


「だって、こんな美味しいオムレツ作れるんだもん。大学の男、ほっとかないよ、絶対」


「だから、大学の話やめてって! かおりんこそ、好きな人とかいるでしょ! さっきの反応、絶対怪しいもん!」


「う、うぅ……しおりん、ずるい……」


かおりんがフォークを止めて、頬を膨らませる。なんか、めっちゃ可愛いんだけど、絶対何か隠してる。好きな人の話とか、全部聞きたいけど、かおりんがこんな風に誤魔化すってことは、まだ話したくないのかな。


「まあ、いいや。食べよ、冷めちゃうよ」


「うん……しおりん、ほんと優しいね」


「急にどうしたの? 気持ち悪いって!」


「ふふ、だって本当だもん」


かおりんが笑って、オムレツをもう一口。窓から入ってくる風が、さっきの水遊びの時のひんやりした空気を思い出させる。キッチンには、バターの香りと、かおりんの笑い声が響いてる。


「ねえ、しおりん」


「ん?」


「今日、ほんと楽しかった。なんか、子どもの頃に戻ったみたい」


「うん、私も。かおりんとこうやってバカやるの、久しぶりだね」


「でしょ? だから、またやろ。夏の水遊びも、約束したし」


「うん、約束ね」


 フォークを置いて、小指を出す。かおりんも笑って、小指を絡めてくる。ひんやりした指先が、なんだか懐かしい。キッチンのカウンター越しに、かおりんの笑顔がキラキラしてる。大学の話も、好きな人の話も、いつかちゃんと聞けるかな。でも、今は、この時間があれば、それでいいや。


「じゃあ、次はかおりんが料理作ってよ」


「え!? 私!? 無理だって!」


「ダメ! 約束!」


「うぅ、しおりん、鬼……」


 笑い声が、キッチンいっぱいに響いた。ゴールデンウィーク明けの、初めての休日。まだ夏じゃないけど、なんか、夏みたいな一日だった。

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