第34話「シリ文字」
「しおりん、これ見て……ふふっ……」
かおりんが笑いをこらえながらスマホの画面を見せてきた。
「え、なに?」
その画面には──
《今日のよる、しおりんとチーズうどん たべたいです シリうどんおくれてごめんね うどんたべたい シリにいったのにうどんばっかでる》
「え、なにこれ……うどん……?」
「違うの! わたし、“しおりんに送るね”って言ったの! Siliで音声入力したのに……!」
かおりんはお腹を押さえて笑い出す。
「なんで全部“うどん”に変換されるの!? うどんの呪いなの!?」
「しかも“シリうどん”ってなに!? Siliなの!? しりなの!? どっち!?」
「いや、もうどっちでもいいよ! お腹痛い!」
二人してソファに倒れ込んで、しばらく笑いが止まらなかった。
*
その後も、かおりんは懲りずに音声入力で●INEを試す。
「えっと、“いまから買い物いくね”……って言ったつもりなんだけど……」
《いまから カニものいくね》
「……カニもの……?」
「カニものってなに!? カニの食材? カニの着ぐるみ?」
「カニを買う使命感……?」
また笑いが込み上げて、二人で顔を見合わせる。
「“Sili、深呼吸して”って言ったら“新婚吸って”とか返してきそう」
「それは事件!」
*
そしてしばらくして。
「でさ……これ、“Sili”が“しり”に変換されたのってさ」
かおりんが顔を赤くしながら、声をひそめる。
「尻文字の呪いとかだったりして」
「え、なにそれ?」
「ほら、小学生のとき流行ったじゃん。お風呂の湯気に書く“尻文字”」
「……まさか、それを“Sili”が読んじゃったの?」
「うん。たぶんAI的には“しり”って発音を、“尻”として学習しちゃったんだよ」
「つまり、わたしたちのせい?」
ふたりで顔を見合わせたあと、吹き出す。
「やばいね、未来に残る“しり文字”文化……」
「じゃあ今から、最新Sili認識実験、やってみよう!」
*
数分後。
お風呂場の鏡の前で、バスタオルを巻いたかおりんが、真剣な顔でお尻をくねらせる。
「……し……お……り……ん……っと」
「うわー、バランスとれてる! しっかり読める!」
「Sili! これなんて読むの!」
《……尻、おりん、と……?》
「惜しいー! でも合ってるような気もする!」
「ていうか、“おりん”って誰!?」
その後も、ふたりでキャッキャと尻文字ごっこが続く。
*
「じゃあ次は、しおりんの番ね」
かおりんがにやにやしながら、お尻で“文字を書け”と促してくる。
「……え、私もやるの?」
「当然でしょ。見本見せたじゃん」
「やだよ、変な感じじゃん……」
「平気平気、わたししか見てないから!」
そう言って、ちゃっかりスマホのカメラを構えようとするかおりん。
「ちょ、撮らない! ほんとにやだ、それ!」
「冗談だってば~。ほら、リビングのカーテン閉めたし、今だけの秘密だよ」
なんだか、変な信頼感にほだされて、私はバスタオルをきゅっと巻き直す。
「……じゃあ、一瞬だけね。一文字だけだよ!」
「わーい! よーし、何書くの?」
「んー……」
悩んだ末、私は「か」の字に決めた。
くるりと腰をひねって、空中に「か」を描く。普段やらない動きだから、変な筋肉がぷるぷる震える。
「……か、か……っと!」
「わーーー! すごい! わかった! かおりんの“か”だー!」
「ち、ちがうしっ!」
「え、じゃあ何の“か”? “カレー”の“か”? “かえる”? “かっこいいかおりん”?」
「もう黙って!」
顔が熱くなる。なぜこんな遊びで、ドキドキしてるんだろう。
*
その後も「り」「ん」「♡」と続けさせられて、最終的に「かおりん♡」という尻文字アートが完成した。
「ふふっ、これは永久保存したい……」
「だから撮らないってば!」
「うん、わかってる。心のメモリーに保存しとくね」
かおりんが、満足げに笑って私の手を握る。
そしてぽつりとつぶやく。
「しおりんが動いてるとこ、なんか好き」
「……は?」
「だって、ほら。普段はしっかりしてるのに、ちょっと抜けてたりして。そういうギャップがさ……たまらんのです」
「なにそれ、どの目線!?」
「“姉バカ”目線?」
「もう……」
でも、私の頬も、鏡の曇りよりずっと熱くなっていた。
*
「Sili、しり文字に対応できる未来、来るかもね」
「うん。きっと10年後の音声入力は、“しりモード”とかあるかも」
「設定画面で“尻書体:明朝 or ゴシック”とか選べるの?」
「それ最高すぎる!」
冗談を言い合いながら、鏡に残る曇った文字を指でなぞる。
「しおりん、大好き……」
「え?」
「……あ、ごめん、つい、書いちゃった」
かおりんの頬が、曇った鏡よりも赤くなった。




