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第34話「シリ文字」

「しおりん、これ見て……ふふっ……」


 かおりんが笑いをこらえながらスマホの画面を見せてきた。


「え、なに?」


 その画面には──


《今日のよる、しおりんとチーズうどん たべたいです シリうどんおくれてごめんね うどんたべたい シリにいったのにうどんばっかでる》


「え、なにこれ……うどん……?」


「違うの! わたし、“しおりんに送るね”って言ったの! Siliで音声入力したのに……!」


 かおりんはお腹を押さえて笑い出す。


「なんで全部“うどん”に変換されるの!? うどんの呪いなの!?」


「しかも“シリうどん”ってなに!? Siliなの!? しりなの!? どっち!?」


「いや、もうどっちでもいいよ! お腹痛い!」


 二人してソファに倒れ込んで、しばらく笑いが止まらなかった。



 その後も、かおりんは懲りずに音声入力で●INEを試す。


「えっと、“いまから買い物いくね”……って言ったつもりなんだけど……」


《いまから カニものいくね》


「……カニもの……?」


「カニものってなに!? カニの食材? カニの着ぐるみ?」


「カニを買う使命感……?」


 また笑いが込み上げて、二人で顔を見合わせる。


「“Sili、深呼吸して”って言ったら“新婚吸って”とか返してきそう」


「それは事件!」



 そしてしばらくして。


「でさ……これ、“Sili”が“しり”に変換されたのってさ」


 かおりんが顔を赤くしながら、声をひそめる。


「尻文字の呪いとかだったりして」


「え、なにそれ?」


「ほら、小学生のとき流行ったじゃん。お風呂の湯気に書く“尻文字”」


「……まさか、それを“Sili”が読んじゃったの?」


「うん。たぶんAI的には“しり”って発音を、“尻”として学習しちゃったんだよ」


「つまり、わたしたちのせい?」


 ふたりで顔を見合わせたあと、吹き出す。


「やばいね、未来に残る“しり文字”文化……」


「じゃあ今から、最新Sili認識実験、やってみよう!」



 数分後。


 お風呂場の鏡の前で、バスタオルを巻いたかおりんが、真剣な顔でお尻をくねらせる。


「……し……お……り……ん……っと」


「うわー、バランスとれてる! しっかり読める!」


「Sili! これなんて読むの!」


《……尻、おりん、と……?》


「惜しいー! でも合ってるような気もする!」


「ていうか、“おりん”って誰!?」


 その後も、ふたりでキャッキャと尻文字ごっこが続く。



 「じゃあ次は、しおりんの番ね」


 かおりんがにやにやしながら、お尻で“文字を書け”と促してくる。


「……え、私もやるの?」


「当然でしょ。見本見せたじゃん」


「やだよ、変な感じじゃん……」


「平気平気、わたししか見てないから!」


 そう言って、ちゃっかりスマホのカメラを構えようとするかおりん。


「ちょ、撮らない! ほんとにやだ、それ!」


「冗談だってば~。ほら、リビングのカーテン閉めたし、今だけの秘密だよ」


 なんだか、変な信頼感にほだされて、私はバスタオルをきゅっと巻き直す。


「……じゃあ、一瞬だけね。一文字だけだよ!」


「わーい! よーし、何書くの?」


「んー……」


 悩んだ末、私は「か」の字に決めた。


 くるりと腰をひねって、空中に「か」を描く。普段やらない動きだから、変な筋肉がぷるぷる震える。


「……か、か……っと!」


「わーーー! すごい! わかった! かおりんの“か”だー!」


「ち、ちがうしっ!」


「え、じゃあ何の“か”? “カレー”の“か”? “かえる”? “かっこいいかおりん”?」


「もう黙って!」


 顔が熱くなる。なぜこんな遊びで、ドキドキしてるんだろう。



 その後も「り」「ん」「♡」と続けさせられて、最終的に「かおりん♡」という尻文字アートが完成した。


「ふふっ、これは永久保存したい……」


「だから撮らないってば!」


「うん、わかってる。心のメモリーに保存しとくね」


 かおりんが、満足げに笑って私の手を握る。


 そしてぽつりとつぶやく。


「しおりんが動いてるとこ、なんか好き」


「……は?」


「だって、ほら。普段はしっかりしてるのに、ちょっと抜けてたりして。そういうギャップがさ……たまらんのです」


「なにそれ、どの目線!?」


「“姉バカ”目線?」


「もう……」


 でも、私の頬も、鏡の曇りよりずっと熱くなっていた。



「Sili、しり文字に対応できる未来、来るかもね」


「うん。きっと10年後の音声入力は、“しりモード”とかあるかも」


「設定画面で“尻書体:明朝 or ゴシック”とか選べるの?」


「それ最高すぎる!」


 冗談を言い合いながら、鏡に残る曇った文字を指でなぞる。


「しおりん、大好き……」


「え?」


「……あ、ごめん、つい、書いちゃった」


 かおりんの頬が、曇った鏡よりも赤くなった。



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