表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/97

第31話「遊園地」

「というわけで──今週末、みんなで“桜ヶ丘ランド”に行かない?」


金曜の放課後、奈々りんが部室でいきなり言い出した。


「えっ、遊園地……ですか?」


「うん、たまにはさ、“心を整える”じゃなくて“心を解放する”のも座道じゃないかなって!」


「その理屈、正しいようで強引だよね……」


 でも、私もほんのちょっとワクワクしてしまってた。


「でもさ、桜ヶ丘ランドって、ちょっと遠くない?」


 私がそう言うと、奈々りんは「むむ」と腕を組んだ。


「まあね~。電車で一時間以上かかるもんね。でも、ジェットコースターすごいし、絶叫で心もリセットできると思わない?」


「……座道に絶叫を取り入れる発想が、もう斬新だよ……」


 私が呆れたように笑うと、今度はゆはりんが、静かに手を挙げた。


「あの……もし遊園地が難しいなら、動物園とかもいいかなって……」


「動物園?」


「はい。静かに歩きながら動物たちを見るのも、心が落ち着きますし、癒されると思います」


 なるほど。

 ゆはりんらしい、やさしい提案だ。


「動物園か~。それもアリだね!」


「でも、座道部的には……うさぎとか見たら、可愛すぎて正座して拝みたくなりそう……」


「それも座道……?」


 奈々りんと顔を見合わせて、また笑い合う。


「それか……水族館もいいかも!」


 奈々りんがさらに提案してきた。


「水の中を泳ぐ魚たちって、見てると心がすーってなるじゃん? あれ、めっちゃ整うよ」


「うん、あの静かで青い空間、確かに“座道感”ある」


「イルカショーとかも癒し効果あるよね!」


「座道というより……レジャー感強めだけど……」


 私がつっこむと、奈々りんは「まあまあ」と笑った。


「大事なのは、みんなで楽しく過ごして、心をほぐすことだよ!」


「うん……たしかに」


「遊園地、動物園、水族館……どうしようか」


 三人で畳の上に座ったまま、じっと考える。


 選択肢はどれも魅力的で、すごく迷う。


 春の陽気の中で絶叫マシン。

 ふわふわした動物たちに癒される。

 それとも、静かな水の世界で心を澄ませる。


「……どれも、素敵」


 ぽつりと、ゆはりんが呟いた。


 私も心から同意する。


「だったら……」


 奈々りんが、いたずらっぽく笑った。


「座道式、三択じゃんけんで決めよう!」


「えっ、そんなのでいいの?」


「いいの! こういうときこそ、直感と流れに身を任せるのが座道!」


 なんでも座道にする奈々りんに、私たちは吹き出しながら──


 それでも、ちょっとワクワクしながら、畳の上に手をかざした。


「せーの!」



 そして──日曜日。待ち合わせの桜ヶ丘ランド前に集まった私たちは、制服ではなく、私服の姿。


「うわ、ゆはりん……めっちゃ雰囲気変わるね!」


「えっ、そ、そうですか?」


 ワンピースに白いカーディガンという、きちんとしたコーディネート。まさに“育ちの良い令嬢風”だった。


「かおりもシンプルで大人っぽい感じ似合ってる!」


「奈々りんこそ、そのパーカーにジーンズ、元気系すぎでしょ……」


 三人で笑い合ってから、入園ゲートをくぐる。



 園内は、春の家族連れやカップルでにぎわっていた。


「まずはジェットコースターでしょ!」


「ちょ、いきなり……!」


「“動じない心”を養うには、絶叫マシンが最適って聞いたことあるよ!(嘘)」


 ジェットコースターの列に並びながら、奈々りんが楽しそうに笑う。


 私はドキドキしながらも、隣のゆはりんの緊張した顔を見て、なんとなく落ち着いてしまった。


「……ねえ、ゆはりん、手、握る?」


「えっ……は、はい……ごめんなさい……ちょっと汗ばんでるかも」


 ぎゅっ──。


 指先同士がふれる。


 ゆはりんの小さな手は、ほんのりあたたかくて、たしかに少し汗ばんでいたけど──それがまた、生きている感じがして、なんだか胸が高鳴った。


「……だ、大丈夫。こっちこそ……冷たかったらごめんね」


 そう言いながら、そっと力を抜いて、手を包み込む。


 ゆはりんの頬が、春の桜みたいにほんのり色づいていくのが見えた。


 奈々りんは、そんな私たちを横目で見て、にやっと笑う。


「ふふ、なんか……青春だねぇ~」


「な、奈々りん、からかわないでください……っ」


「からかってないって~! むしろ微笑ましい!」


 私も、顔が少し熱くなった。


 列はゆっくりと進み、遠くからジェットコースターの絶叫が聞こえてくる。


「……ねえ、かおりん」


「ん?」


「ジェットコースターって……膝とか、すごく近くなるんですか?」


「えっ、まあ……シート小さいから、自然とね……」


「そ、そうですか……」


 ゆはりんが、そっと膝の上で手を重ねた。

 なんだか、いろんな意味でドキドキしてきた。


 普段はきちんとしているゆはりんの、ちょっと無防備な一面。


 それに、私自身も気づかないうちに緊張していたみたいで──手が少し汗ばんでいる。


「……お互いさまだね」


 私が苦笑まじりにそう言うと、ゆはりんも、恥ずかしそうに微笑んだ。


 それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。



 そしてついに、ジェットコースターの乗り場が見えてきた。


 シートは二人ずつ。


「えー、どうする? 誰と乗る?」


 奈々りんが悪戯っぽく振る。


「わ、私、かおりんと一緒がいいですっ」


 即答したゆはりんに、私は思わず笑ってしまった。


「うん、じゃあ一緒に乗ろう」


「私はおひとり様で叫んでくるよ~!」


 奈々りんはひらひらと手を振る。


 私たちは、手をつないだまま、ジェットコースターのシートへと歩き出した。



 いよいよ、シートに深く腰掛け、ガチャン、と安全バーが降りた。


 私はゆはりんの手をそっと握ったまま、心の中で小さく深呼吸する。


 ──これも座道、これも座道──


 そう唱えていたけれど──


 ごとん、ごとん、ごとん……

 ジェットコースターは、カタカタと天に向かって登りはじめた。


 頂上に近づくたび、緊張で手汗が増えていく。


「かおりん……高い……高すぎます……っ」


「だ、大丈夫、たぶんまだ助かる……!」


「助からないから覚悟してぇぇぇぇぇぇ!!」


 奈々りんの叫びが、風に乗って響いた。


 ──そして、頂上。


 視界いっぱいに広がる青空と、ほんのり桜色に染まった街並み。


 その美しさを感じる間もなく──


 ごおおおおおおおおおっ!!


「きゃあああああああああああ!!」


 ゆはりんの澄んだ悲鳴が、隣で爆発した。


「ムリムリムリムリムリムリ!! これ絶対座道じゃないいいいいい!!」


「風が! 顔に! ぶつかるぅぅぅうう!!」


 私も、理性が全部ふっとんで、ただ叫ぶしかなかった。


 体がふわっと浮く、あの無重力の感覚。


「ぴゃあああああ!! かおりん助けてぇぇぇぇ!!!」


「こっちこそ助けてええええ!!」


 奈々りんの声もどこからか飛んでくる。


 急カーブで身体がぎゅっと寄る。


「うわああああっ!! ゆはりん、ち、近っ!」


「ごめんなさいぃぃぃぃ!! でも無理ですぅぅぅ!!」


 ふわふわと、身体ごと転がされるみたいに振り回されるたび、二人で必死にバーにしがみついた。


「次! 次何くるの!? ねえ何くるのっ!?」


「下り坂ぃぃぃぃ!!」


「ぎゃああああああ!!!」


 顔に風が叩きつける。

 耳の奥がキーンとする。


 涙も出るし、笑いも止まらないし、恐怖と快感がぐちゃぐちゃになっていく。


 もう、座道どころじゃない。


「これ修行じゃなくて地獄絵図ううう!!」


「でもなんかっ、楽しいいいい!!」


 最後の一回転。


 頭がぐるん、と回って、視界が逆さまになった瞬間。


「しんだあああああああああ!!!」


「たすけてええええええええええ!!!」


 全員、本気の悲鳴。


 でも。


 ぐるん、ぐるん、びゅうううん──

 風に巻かれて、空と大地の間を転がって、


 ──ジェットコースターは、ゴールへとたどり着いた。



 がちゃん、と止まると、全員、ぽかんと口を開けたまま。


「……た、楽しかった……!」


 やっとのことでそう言うと、奈々りんも、ゆはりんも、うなずいた。


 放心。放心。そして放心。


「でもこれ、確かに“整う”ね……」


「達観した感じある……」


「仏門の修行じゃないよね?」


 息を切らしながらも、笑いが止まらなかった。



 次は観覧車。


「これは……静けさあるかも」


「確かに……座道的スポット」


 私たちは三人で一つのゴンドラに乗り込んだ。


 ゴンドラは、静かにきしみながら、さらに空へと昇っていく。


 窓の外には、春色に染まった街並みが、まるで絵本の挿絵みたいに広がっていた。


「……高いねぇ」


 奈々りんが、ゴンドラの隅っこにぺたんと座り込みながら呟く。


 その声すらも、なんだか小さく、穏やかだった。


 ゆはりんは、膝の上に手をそっと重ねて、まっすぐ外を見つめている。


 彼女の横顔は、まるで小さな菩薩さまみたいに、凛としていて──

 私は思わず、少しだけ見惚れてしまった。


「……ほんと、静かだね」


 つい、そんな言葉が漏れる。


「うん。絶叫マシンの後とは思えないぐらい……静か」


 奈々りんが、にやっと笑った。


「でも、静かすぎて……なんか、変なこと言いたくなってくる」


「変なことって?」


 私が聞き返すと、奈々りんは目を細めて、


「たとえばさ──“ここから叫んだら、誰か気づくかな”とか……」


 お腹を押さえて笑いながら、

 「絶対ダメだからね」とゆはりんが真顔でたしなめる。


 そのやり取りすら、どこか心地いい。



 ゴンドラが、てっぺんに差しかかったころ。


 ふと──奈々りんが、何か思い出したようにぽつりと呟いた。


「ねえ、知ってる?」


「ん?」


「観覧車の一番上でキスすると、ずっと一緒にいられるって……そういうジンクス、あるんだって」


「えっ……」


 ゆはりんが、ぱちぱちと瞬きをする。


「ほら、海外の映画とかでもあるじゃん。観覧車のてっぺんって、特別な場所だから……って」


 奈々りんは、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「なにそれ、ちょっとロマンチック……」


 私は思わず、小さく笑った。


 でも、心の奥が、そっと熱くなる。


 ──ずっと、一緒にいられる。


 そんな約束みたいなジンクス。

 少し照れくさいけど、なんだか、いいなって思った。


「でも、そんなこと言われたら、ドキドキしちゃいますよね……」


 ゆはりんが、耳までほんのり赤くして、小さな声で言った。


 私も、どこかくすぐったい気持ちになりながら、そっと答えた。


「たしかに。ドキドキするけど……たぶん、大事なのは“誰と一緒にいるか”だよね」


「うん……」


 ゆはりんが、うなずく。


「じゃあ、誰が最初にする?」


 ──でも奈々りんはあきらめないようだ。


「まず、わたしがゆはりんにするね」


「え?え?ええ?」


 ゆはりんが驚いて固まった。その隙に奈々りんがゆはりんの頬に


 ──ちゅ


「次にかおりんはわたしに」


 ──えーーマジか


 ──恥ずかしい……でも奈々りんの頬に……ちゅ


「じゃ、じゃあわたしがかおりんに!」


 ゆはりんが急に乗り気になった。困るなあ。


 ──ちゅ

 こそばゆい。


「今度は逆ね。わたしがゆはりんに」


 ──ちゅ

 ──ちゅ

 ──ちゅ


 観覧車のてっぺん。

 小さなゴンドラの中、誰にも邪魔されない、この空間。


 何も起こらなくても──

 ただ、こうして一緒にいるだけで、十分特別だったのに。

 一生の思い出が出来てしまった。



 ゴンドラが、ゆっくりと地上へ戻りはじめたとき。


 私たちは、どこか少し名残惜しそうに、窓の外を眺めた。


「……かおりん、またこういう時間、作ろうね」


 ふいに、ゆはりんがぽつりと言った。


 小さな声だったけれど──

 その言葉は、観覧車のてっぺんに届くくらい、まっすぐ胸に響いた。


「うん。絶対」


 私は、にこっと笑って返した。


 奈々りんも、軽くピースサインを作って、ニヤリと笑った。


──また、こうして来ようね。


 心の中で、そんな小さな誓いを立てながら。



 ゴンドラを降りたとき、少しだけ肌寒い風が吹いた。


 でも、私たちは顔を見合わせて、そっと笑った。


 ──あったかいね。


 言葉にしなくても、通じるものがあった。



 昼食は園内のレストランで。


「遊園地のハンバーグって、なんでこんなにおいしいんだろう」


「きっと、いつもと違う空間で食べるからかな」


「非日常の調味料ってやつ?」


 私たちは笑いながら、たわいもない話を続けた。


 恋の話、学校のこと、これからの座道部のこと。


 ゆはりんがふと、ぽつりと言った。


「今日……来られて本当に良かったです。なんだか、心がほぐれて……」


 その言葉が、何より嬉しかった。



 午後はメリーゴーランド、アスレチック迷路、アイスクリームと続いた。


 笑って、走って、叫んで、ほっとして。


 夕暮れ、帰宅……観光バスのシルエットが空に沈む。


 一日が終わっていくそのとき、ゆはりんが手帳を開いた。


「今日のこと、日記に書きます。“座道部、心の解放修行”ってタイトルで」


「タイトル重っ……でも、好き」


 私たちは笑いながら、ゲートを後にした。


 空が金色に染まって、風がやさしく頬をなでた。


 畳のない遊園地で、私たちはまたひとつ、座道の「道」を歩いたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ