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第27話「すごろく」

 部室の窓から春の風が吹き込み、畳の香りがふんわりと立ち上る午後。座道部に新たな風が吹き込んできたあの日から、ゆずはちゃんはすっかり馴染んでいた。


「今日からゆはりんって呼ぶね」


「え?なんです?それ?」


「座道部のしきたりだよ。あだ名にりんって付けなければならない」


「じゃあ私もかりりん?って呼ばないといけないんですか?」


「かおりんにして……」


 ゆずはちゃん――ゆはりんは、頬を赤くして少しモジモジした後


「かおりん……きゃっ、恥ずかしい」


 ――可愛い


「かおりさん、今日って“特別活動日”なんですよね?」


 そう尋ねてきた彼女の瞳は、ちょっとだけキラキラしていた。


 ――ホント、可愛い

 姉――しおりんは私に対してこういう気持ちだったのか


「うん、座道の精神を“遊び”で学ぶ日。奈々が提案してくれたんだよ」


「それって、座りながらゲームするとか……?」


「まあ、そんな感じ」


 そのとき、奈々が風のように滑り込んでくる。


「遅れてごめん! ちゃんと持ってきたよ、座道部オリジナル・すごろく!」


 彼女が掲げたのは、畳一枚分の手描きのすごろくマット。マス目には「正座30分」「茶碗の名を一つ言う」「呼吸を整える」「隣の人をほめる」など、いかにも座道部らしい項目が並んでいる。


「これ……手作り?」


「もちろん! 正座しながら描いたから、ちょっと歪んでるけど」


「そこに座道魂、感じます……」


 ゆはりんの真顔コメントに、みんなが笑った。



 駒は、和紙を丸めた小さな球。サイコロは市販のものだけど、ひとつだけ、目の「6」だけが桜の模様になっていた。


「これ、桜目が出ると……?」


「“即座に一段上の精神”ってことで、一気にゴール近くまでジャンプできるんだよ!」


「急にスピリチュアルだね……」


「座道は心の修行だからね~!」


 奈々の軽やかなノリに、わたしたちは笑いながらも、しっかり正座してゲーム開始の準備をした。



 最初にサイコロを振ったのは奈々だった。


「いっくよー!」


 転がるサイコロ。「4」


「“4歩進んで、『今の気持ちを一句』”? うわ、いきなりハード!」


 奈々は数秒考え、きりっと顔を整えて言った。


「春光や 正座しながら くすぐったし」


「正座の途中でくすぐったいって、精神統一できてないんじゃ……」


「いやいや、これが“ありのまま”の心だから!」


そんなやりとりが続くたびに、部室は笑いに包まれた。



私の番。


「えいっ……“3”。『お茶の銘柄を三つ答える』?」


「うわ、それ地味に難しい……」


「うん……でも、いける」


 私は静かに呼吸を整えた。


「雁金、宇治の昔、抹茶“葵の白”……」


「すごっ、ガチすぎる……!」


「ふふ。座道部の名にかけて、ね」


 奈々が私の肩をぽんと叩く。ちょっとだけ誇らしかった。



 ゆはりんも、最初は照れていたけれど、だんだんと笑顔が自然になってきた。


「“となりの人の姿勢をほめる”……え、じゃあ奈々さん……背筋が、まっすぐで素敵です……胸も強調されますし……」


「わ、うれしー! でもそれ、すごく照れる!」


 ゆはりんが照れて下を向くと、奈々もつられて顔が赤くなる。


 わたしはその様子を見ながら、なんだか嬉しくて、そっと笑みをこぼした。



 すごろくは続き、時には「雑念タイム(1ターン休み)」や「姿勢再調整(30秒静止)」など、なかなかハードなマスもあった。


「これは……ゲームだけど、ちゃんと座道してる気がする」


 奈々が言ったとき、わたしも深くうなずいた。


「ところで、奈々さんは奈々りんって呼ばなくていいんですか?」


 ――ぎく


「え?何それ?」


 ――しまった。気が付いたかぁ


「座道部のしきたりで、あだ名にりんって付けなければならないそうです。だから私はゆはりんになりました。」


「すると私は、ななりん?かおり?呼ばれたことないんだけど?」


「かおりさんは、かおりんです。」


「どういうこと?」


 ――奈々がにらんでる。うーん、奈々は奈々なんだよなあ。いまさら変えるのも……


「わかりました。今日から私は『かおりん』です。」


「了解、かおりん!かおりん!かおりん!」


 奈々は完全に乗り気だ。


「私は……?」


 奈々が怪しく笑う。


「ななりん……ななりんになりました。」


「よし!」


 春の風が吹き込む中で、部室に笑いが溢れていた。



 夕方。すごろくも終わり、部室には静けさが戻ってきた。


「じゃあ、次回の“特別活動日”に向けて、また作ろうか」


「かおりん、イベント担当ね!」


「えっ、わたし!?」


 そんな会話をしながら、部室を片付けていく。


 最後に三人で正座し、深呼吸。


 すごろくで笑ったあとの呼吸は、不思議と深くて、心の芯まで届いた気がした。

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