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第26話「ミステリー映画」

「じゃあ、今日はミステリーでいこうか」


 夕暮れの和室教室。

 畳の香りと、障子越しの柔らかな光に包まれながら、私たちはいつものように円になって座っていた。


 和室には今日も4人。

私、ひかりん、法学部の山野くん、文学部の安達さん。

それぞれが座り慣れた場所に落ち着いている。


「今日の作品、何かリクエストあります?」


「俺、ミステリーとかどうっすか。和室でミステリーって、雰囲気出そうじゃないです?」


「いいね。静けさの中で謎が深まる感じ……座道的にも面白そう」


 ひかりんが楽しげに笑った。


「じゃあ、クラシックなやつにしましょうか」


 そう言って、私は準備していたDVDを手に取る。


『オジデンス急行殺人事件』


 アガシ・ウリスティの名作。

 列車内で起こる密室殺人。

 緻密なトリックと、登場人物たちの心理戦が魅力の作品だ。


 私は、ふと、ひかりんを見る。


「……ミステリー、大丈夫?」


「うん。たぶん」


 そう言いながらも、彼女の目が少し揺れているのを、私は見逃さなかった。



 映像が始まると、和室はぐっと静まり返った。


 障子を閉めて、ランタンライトを一つだけつける。

畳に正座して、深く息を吸う。呼吸を整える。


 さっきまでほんのり温かかった空気が、音と光によって、ひんやりと冷たくなる。


 雪に閉ざされた列車。

 乗客たちのざわめき。

 そして、密室での殺人。


 緊張と緩和が交互に訪れる中、ふと、ひかりんが私の袖をつまんだ。


「……ちょっと、怖いかも」


 その声はとても小さかった。


 私はそっと彼女の手を握った。――少し冷たい

その指は冷たくて、でも細くて、かすかに震えていた。


――温めてあげたい


 そういえば、妹――かおりんにもこうして手を握りながら、怖い映画を見た覚えがあった。ふと思い出して、ふふっと笑った。


「今笑ったでしょ」


 ひかりんが少しふくれ顔でこちらを見る。


「……可愛いね」


――今のは二人に言った言葉だ。


 ひかりんが目を見開くと少し頬を赤くしていた。


 映像が進むにつれて、登場人物たちの秘密が明らかになっていく。

 それぞれが何かを隠している。

 その緊張感が、和室の空気にも伝わってくる。


 ひかりんの手が、私の手を強く握りしめた。


 その温もりが、私の心を落ち着かせてくれる。


 物語がクライマックスに近づくと、探偵が真相を語り始める。

その語り口に引き込まれ、私たちは息を呑んで聞き入った。


 そして、真相が明らかになったとき、

私たちは思わず顔を見合わせた。


「……すごいね」


「うん。まさか……」


 ひかりんが驚いた表情を浮かべる。


 私は、彼女の手をもう一度ぎゅっと握った。



 エンドロールが流れ始めた頃。

 和室にふわりと、違和感のある風が通った。


 外は無風。

 窓も閉めてある。

 障子の隙間から漏れる光も、夕暮れに溶けて、もうほとんど見えない。


 なのに、どこか、空気が「揺れた」気がした。


 私は思わず、ひかりんの手をぎゅっと握り直す。


「……今、感じた?」


 小声で尋ねると、ひかりんはほんの少し、うなずいた。


 他のふたり、山野くんと安達さんも、微妙な顔をしてスクリーンから目をそらしていた。


「なんか……変な感じ、するよな」


 山野くんが、ぽつりと漏らした。


「うん……気のせい、かな……?」


 安達さんの声も、不安げだった。


 その時だった。


 ――カタリ。


 ちゃぶ台の上に置いてあった、誰かの水筒が、勝手に倒れた。


「……え?」


 全員が、同時に固まる。


 誰も、触れていない。

 何も、振動もなかった。


 なのに、まるで誰かが、そっと押したかのように、静かに水筒は倒れた。


 和室の空気が、ぎゅうっと収縮する。


 今見た映画と、目の前の現実が、奇妙にリンクしている気がした。


「……これ、さ、誰かがイタズラしてるとか……」


 山野くんが、無理やり明るい声を出す。


 でも、誰も笑わなかった。



 上映が終わり、ランタンの明かりだけがぼんやりと和室を照らす。


「ちょっと、荷物、確認しよっか」


 私が言うと、みんな無言でうなずいた。


 座布団の下、ちゃぶ台の上、隅々まで探す。


 ……でも。


「ない。……これ、誰の?」


 安達さんが、小さな紙片を拾い上げた。


 それは、見覚えのない、古びたメモ紙だった。


 そこには、ボールペンでこう書かれていた。


《次は、あなたの秘密》


 ――ぞくり。


 寒気が、背筋を走った。


「え、なにこれ……映画の小道具?」


「いや、そんなの用意してないよ……」


 全員が顔を見合わせる。


 スクリーンの中で暴かれた「秘密」。


 そして、現実に現れた「次はあなたの秘密」というメッセージ。


 偶然にしては、出来すぎていた。



「……とりあえず、今日は解散しよう」


 山野くんが、おどけたふうに言ったけど、誰も異論はなかった。


 荷物をまとめて、足早に和室を出る。


 戸を閉める直前、私はふと、部屋の奥を見た。


 そこには誰もいないはずなのに、

 畳の上に、うっすらと誰かが正座した跡のようなものが、残っていた。


 ……誰か、いたのかもしれない。



「……あー、面白かった」


 安達さんと山野くんがぽつぽつと会話を交わす中、私とひかりんは無言だった。


 「次はあなたの秘密」


 あれは私とひかりんの秘密の事だろうか。それともかおりんとの。

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