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第25話「お茶会」

 春の陽気が心地よい午後、座道部の部室には柔らかな日差しが差し込んでいた。畳の香りと静寂が心を落ち着かせる。


「かおりさん、今日のお茶会、楽しみにしてました!」


 ゆずはちゃんが、明るい笑顔で挨拶してくる。彼女の純粋な瞳に、私は思わず微笑んだ。


「こちらこそ、ゆずはちゃんが来てくれて嬉しいわ。奈々ももうすぐ来るから、準備を始めましょうか。」


 私たちは、茶道具を整え……ほとんどお菓子だけど……、畳の上に正座した。静かな時間が流れる中、奈々が部室に入ってきた。


「お待たせ、準備は順調?」


 奈々の声に、部室の空気が一層和らぐ。彼女の存在は、いつも私たちに安心感を与えてくれる。


「うん、これからお茶会を始めるところよ。」


三人で正座し、呼吸を整える。静寂の中に、心の声が響くような感覚。


――座道


姉――しおりんの話によるといかにもうさんくさい部だったが


「まずは、呼吸を整えましょう。背筋を伸ばして、ゆっくりと息を吸って、吐いて…」


 私の指示に従い、皆が呼吸を合わせる。心が一つになる瞬間が、そこにはあった。


 ゆずはちゃんがお茶を点て始める。

お茶を点てる音、茶碗を置く音、すべてが調和し、心地よいリズムを奏でる。


――座道


――これって茶道になってない?


「座道は初めてで…。でも、なんだか心が落ち着きます。」


 彼女の言葉に、私は嬉しさを感じた。座道の魅力が、彼女にも伝わっているのだと。


「では、そろそろお菓子をいただきましょうか。」


 私の声に、ゆずはちゃんと奈々が嬉しそうに頷いた。


 畳の上には、春を感じさせる和菓子の籠と、それとは対照的にコンビニ袋から取り出されたカラフルなスナック菓子の山。ポテトチップス、チョコレート菓子、小さなラムネの袋まで並んでいる。


「えへへ、和菓子もいいけど、こういうのも用意してみたの!」


 ゆずはちゃんが照れくさそうにポテトチップスの袋をパリッと開けた。塩気の香りがふわっと広がり、部室の空気に少しだけ活気が混ざる。


「たまには、こういうのも楽しいわね」


 奈々がチョコレートを一粒口に運びながら微笑む。静かな座道の空気に、カリッというチップスをかじる音が、妙にリズムよく響いた。


 私も落雁をいただいたあと、ラムネの袋を手に取った。小さな粒を一粒、口の中にころんと転がす。甘酸っぱい爽やかさが広がり、思わず笑みがこぼれる。


「座道って、もっと堅苦しいものだと思ってたけど、こんなに自由でいいんだね!」


 ゆずはちゃんが、ポテトチップスをつまみながら言う。


「そう、心を整え、今を楽しむこと。それが座道の基本だから」


――うーんしおりんっぽい


「そろそろ、ちょっと特別なお菓子にも手を伸ばしてみない?」


 私がそっと声をかけると、ゆずはちゃんと奈々が興味津々に身を乗り出した。


 ふふ、と微笑みながら、私は布巾で大事に包んでいた小箱を取り出す。漆塗りの小さな箱の中には――


「わぁ、なにこれ……!」


 ゆずはちゃんが目を輝かせる。そこに並んでいたのは、京都の老舗で作られた手毬飴、そしてごく稀にしか出回らない、桜の花びらを閉じ込めた琥珀糖。さらに、海外で賞を取ったという、抹茶トリュフも添えられている。


「これはね、春限定の琥珀糖。外はシャリっとしてるけど、中はふわっとやわらかいの」


 私が説明すると、奈々がそっと一つ手に取り、陽の光にかざした。透き通る桜色が、きらきらと輝いている。


 そっと口に含むと、シャリリ――静かな音を立てた後、やさしい甘さと花の香りがふわりと広がる。


「……すごい、口の中が春!」


 奈々がうっとりとつぶやき、ゆずはちゃんも、手毬飴をコロンと口に転がしながら目を丸くした。


「この飴、すごく繊細な味がする……普通の飴とは全然違う!」


 そして、抹茶トリュフ。濃厚な抹茶の苦みと、なめらかなチョコの甘みが溶け合い、大人っぽい味わいを楽しませてくれた。


「座道って、こういう"今だけ"を味わうことなんだなぁ……」


 ゆずはちゃんのつぶやきに、私も、奈々も、そっと頷いた。


 静けさと賑やかさが絶妙に混じり合った空間。春の陽気と、三人の笑顔が、部室をやさしく満たしていた。


お茶会の終わりに、ゆずはちゃんが私たちに向かって頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。」


「こちらこそ、これから一緒に頑張っていきましょう。」


部室を後にする彼女の背中を見送りながら、私は心の中でしおりんに感謝した。座道部は、確かに新たな一歩を踏み出している。


夕暮れ時、奈々と二人きりの部室で、私は彼女の隣に座った。静かな時間が流れる中、私は奈々の肩にもたれかかった。


「かおり…」


「うん、急に。だって、今の奈々、ちょっとかっこいい顔してたから。」


奈々の声が、耳元でやわらかく揺れる。畳の香りと、春の夕暮れ。



その日、帰り道で、私はスマホを開いてしおりんにメッセージを送った。


《今日、新しい仲間ができたよ。座道部、ちゃんと前に進んでる》


送信してすぐ、既読がついた。しおりんからの返事は、ひとことだけだった。


《かおりん、すごいね》


それを見た瞬間、目の奥が少しだけ熱くなった。私は今、ちゃんとここで息をしてる。畳の上のこの空間に、私の時間と、私の想いが刻まれていく。

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