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第24話「指相撲」

 今日は、久しぶりに私と――かおりんのふたりだけ。


 時間はまだ昼過ぎ。

 なのに、家の中の空気は妙にしんとしていて、ふたりきりという状況が、いつも以上に強調されて感じられる。


「……なんか、久しぶりだね。こうやって、しおりんと2人きり」


 かおりんがそう言って、リビングのソファにごろんと横になった。

 脚をだらんと伸ばして、スマホをいじるその仕草が、どこか無防備で。


 ゆるいジャージの裾から見える、白い足首。

 目が勝手にそっちにいってしまって、あわてて視線を戻す。


 ――細いな。うらやましい……


「なに見てんのー?」

 と、からかうように笑って、かおりんがこちらに寝返った。

 スマホを放って、上目づかいでこっちを見る。


「ねえ、なんか遊ばない?」


「遊ぶって……中学生じゃないんだから……」


「じゃあさ、こういう日だからこそできる遊びってないかなって思ったの。2人だけの、姉妹だけの時間でさ」


 その言い方に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 “姉妹だけの時間”――それは、私たちにとってただの言葉じゃない。


「……じゃんけんとか?」


「地味」


「UNOは?」


「用意が面倒くさい」


「じゃあ、指相撲!」


 かおりんがぱっと手を差し出してきた。

 小さくて、でも意外と骨ばっていて、見慣れてるはずなのに、どこか違って見える指先。


「懐かしい……。でも、今やる? 指相撲」


「うん。ふたりでやるからこそ、いいんじゃん」


 その目がまっすぐで、ちょっとだけ挑発的で。

 私は苦笑しながらも、自然と手を出していた。


 ちゃぶ台の前で、向かい合って正座。

 小さな手を伸ばして、右手の人差し指を、軽くフックする。


「じゃあ、いくよ? はっけよい……指相撲!」


「かけ声、謎なんだけど!」


 つっこみながらも、もうすでに笑っていた。


 最初は軽く。

 互いに押したり引いたり、まるで呼吸を合わせるように動かす。


「……しおりん、ちょっと強い。力入れてるでしょ」


「入れてないよ。むしろ、かおりんの方が反射神経で勝ってるんじゃない?」


「ふふん、それほどでも~」


 そんな冗談を交わしながら、でも指と指がふれあうたびに、心が少しずつ、何かを思い出していくようだった。


 わたしたちは、ずっとこうしてきた。


 くだらない遊びをして、笑って、ちょっとだけ真剣になって。

 でも今は、そこに“微妙な距離感”が混じっている。


 かおりんの指が、ふっとわたしの指を押す。


「よしっ、あとちょっと……!」


「負けないっ……」


 気づけば、互いの顔がぐっと近づいていた。


 呼吸が、触れるか触れないかの距離。

 笑いながらも、視線は外さない。

 どちらが先に意識してしまうか、勝負の意味が、少しずつ変わっていく。


「……しおりん」


「なに?」


「顔、赤い」


「……言わないでよ」


「ふふ。かわいい」


 その一言で、心臓が跳ねた。

 その瞬間、油断した私の指が、かおりんの指に押し返される。


「……あっ」


 カチッ。


「やった! 勝ったー!」


 かおりんが笑って、私の手を振り回す。


「ちょ、ちょっと、痛いってば!」


「ごめんごめん、でも勝ったから嬉しくて!」


 無邪気な顔。

 でも、その中にある“何か”に、私は気づいてしまっていた。



「もう一回、やろっか」


「また? 今度は本気出すよ?」


「うん。……今度は、勝っても負けても、ちゃんと褒めて」


「なにそれ。甘やかしてほしいの?」


「うん。……しおりんにだけは、甘えたいの」


 その言葉に、息が止まるかと思った。



 2戦目。


 また指が絡む。

 今度は、さっきよりも長く、静かに時間が流れる。


 かおりんの目は真剣で、それでいてやさしい。

 私の視線をまっすぐ受け止めながら、少しずつ押してくる。


「しおりん、勝ちたい?」


「ううん……かおりんとこうしてるだけで、もう勝ちみたいなもんだよ」


「……ずるいこと言うね」


「だって、ほんとだもん」


 また、カチッと音がして、今度はわたしが勝った。


「……あっ」


「ふふ、やった」


 でも、勝ち負けなんて、ほんとうにどうでもよかった。

 指のぬくもりが、こうしてふたりを繋いでくれているなら。



 そのあと、かおりんはソファに戻って、毛布にくるまりながら私を見上げてきた。


「しおりん……今日、ありがとね」


「なにが?」


「なんとなく……ふたりでいられる時間って、最近少ないなって思ってたから」


「……わたしもだよ」


 私も隣に座り、毛布を半分かぶせてもらう。


 こうして寄り添っていると、言葉よりも、身体の温度の方がずっと語ってくれる。


 しばらくして、かおりんがまた小さくつぶやく。


「……ねえ、また指相撲していい?」


「また? しつこいなあ」


「うん、でも、勝ちたいってより……」


「より?」


「しおりんに触れてたいだけ」


 その言葉が、やさしく胸を打った。



 あの午後。

 私たちは、たった一本の指で、たくさんの気持ちを伝え合った。


 小さな遊びが、心をつないでくれるなんて思わなかった。


 指先から伝わるぬくもり。

 繊細で、やわらかい想い。


 私は今も、あのぬくもりを、はっきり覚えてる。

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