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第21話「映画研究会」

《部活、まだ迷ってる。明日、吹奏楽と写真部見てくる》


 かおりんからのLINEに、わたしは自然と笑顔になった。


 同じ制服じゃなくても――

 別々の学校に通うようになっても、

 わたしたちはやっぱり、姉妹なんだなって思う。


 でも、同時にどこかで、かおりんはもう自分の道を歩き始めているんだって、少しだけ寂しくもあった。


 そのとき、胸の奥にふと浮かんだ言葉。


「わたしも、なにかを“始めたい”」


 なにか、わたしにしかできないことを。

 妹が頑張ってるなら、わたしもなにかを背負ってみたい。


 翌日、大学の昼休み。


 映画研究会の部室の窓を開けると、春の風がふわっと入り込んできた。カーテンがふわりと踊って、心のなかにあった小さな決意に火をつけた。


 座道部。


 わたしが高校で作った、ちょっと変な、でも大事な部活。


「映画研究会の中に、また“あの部活”を作れたら……」


 ぼそっとつぶやいたそのとき。


「なにか、考えごと?」


 背後から、ひかりんの声。


 わたしは少し驚いて振り返った。今日もラフなパーカー姿、でも目元はどこか澄んでいて、まっすぐ。


「ううん……あのね、ひかりん。わたし、ちょっと相談があって」


 テーブルに紅茶のカップを並べながら、わたしはゆっくりと語った。


 ――高校で作った座道部のこと。

 ――座ることの美しさ、静けさの中にある心の動き。

 ――それが、映画を観る姿勢にもつながっているって、最近気づいたこと。


「……だからね、映画研究会の中で“座道”をテーマにした分科会……というか、“静の視点”を深める時間があってもいいんじゃないかなって思ったの」


 ひかりんは、静かにわたしの言葉を聞いていた。


 そして、カップをひとくち傾けてから、にこっと笑った。


「フフ……しおりって、外から見たら柔らかいのに、中に熱があるよね」


「熱なんて……そんな立派なものじゃ……」


「あるよ。ちゃんと伝わってきた」


 そう言って、彼女の手がわたしの手の上にそっと重なった。


 その手の温度に、わたしの胸がまた静かに高鳴った。



 すぐに畳のスペースがある教室の予約も取れた。


夕方近く、映画研究会のホワイトボードの端に、わたしたちはひとつのタイトルを書き加えた。


《分科会:座道と映画》

~静けさと所作を通して、映画と向き合う~


 白いマーカーの文字が、夕日でオレンジ色に染まる。


「……今日のしおり、かっこいいよ」


 ぽつりとひかりんが言った。


「……ありがと。でも、ひかりんがいたから、動き出せたんだよ」


 照れくさい空気が流れる。

 だけど、嫌じゃない。むしろ――嬉しい。


 最初はほんの4人だった。


 正座の仕方、呼吸、姿勢の重心。

 そしてその状態で観る映画の、心への“しみ方”。


 不思議と、みんなの集中力が変わっていくのが分かった。


 座道は、やっぱり特別な何かを持っている。


 ひかりんは、観終わったあと、わたしにこう言った。


「……この姿勢で観ると、まるで登場人物の気持ちが、自分の内側で反響してるみたい」


「それ、たぶん正解」


 思ったよりも、賛同者は多かった。


「映画観るとき、姿勢って確かに大事だよね。集中力が変わる気がする」


「あと、和室で観る映画って、なんか特別感あるし」


「しおりちゃん、正座の美学ってやつ、教えてよ!」


 ――意外だった。ちょっと拍子抜けするくらい。


 でも、それがすごく嬉しかった。



 活動の後片づけをしているとき、ひかりんがふいに話しかけてきた。


「ねえ、しおり」


「うん?」


「……いま、あたし、しおりにすごく惹かれてると思う」


 その声は、すごく静かで、だけど確かなものだった。


 わたしは咄嗟に答えられなかった。


 でも、どこかでずっと感じていた。

 ひかりんといるとき、胸が高鳴ること。

 視線が重なるだけで、手がふれるだけで、心が少し揺れること。


 ――こういうことなのかな。


 ゆっくりと顔を上げた。


 ひかりんの目は、まっすぐにわたしを見ていた。


「しおりが作った“座道”、すごく好き。」


 わたしは黙って、そっと彼女の手を取った。


 畳の上で交わした、たったそれだけの仕草。


 それが、きっと言葉よりずっと、想いを伝えてくれた。



 日が暮れて、キャンパスの灯りがぼんやりと地面を照らす。


 わたしとひかりんは、ふたり並んで構内の石畳を歩いた。


「次回はもっと多く来るかもね」


「うん。でも、4人でも十分だったよ。静けさって、大人数じゃつくれないし」


「……たしかに」


 ひかりんがふと立ち止まり、わたしを見た。


「でも、ふたりなら、静けさも、やさしさも、ちゃんとある」


 その言葉に、胸がきゅっと鳴った。


 ああ、たしかに。


 座ることと向き合うこと。



帰り道。スマホの画面に、かおりんからのメッセージが届いていた。


《座道部、わたしが引き継ぐって言ったけど、やっぱり不安。誰も来なかったら、どうしようって思っちゃう》


 その言葉に、わたしは微笑んで返信した。


《大丈夫。わたしも今日、大学に“座道”つくったよ。同じ時間に、違う場所で、同じ道を歩こう》


《あんたならできる。わたしもやるから》


 送信ボタンを押すと、心の奥で、なにかが静かに燃えはじめるのを感じた。

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