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第16話「見せっこ」

「しおりん、見せっこしよ」


そう言って、かおりんが突然自分の部屋から封筒を持ってきた。

紙の厚みに特徴のある、それは中学校の卒業証書だった。


「春休みってさ、変に時間があるから、昔のやつ引っ張り出して見ちゃわない?」


「あるある。部屋の片づけ始めると、思い出の渦に飲まれて一日終わるやつ」


「そう、それ。で、ちょうど卒業したし、いまこのタイミングしかできない見せっこ、しない?」


「見せっこ……って?」


「卒業証書とか、通知表とか、学生証とか、なんでも。ちょっと恥ずかしいものを持ってきて見せ合うの!」


「え、それ、めちゃくちゃ精神的ダメージくるやつじゃん」


「ふふ、そこがいいの!」


かおりんは机の上に卒業証書をバンと置いて、わたしの方を見た。


「ねえ、しおりんもなにか持ってきてよ」


「しょうがないなあ……待ってて」


わたしは自分の部屋に戻って、本棚の奥に押し込んでいた封筒を引っ張り出した。高校の卒業証書、古びた学生証、出席簿のコピー、それから――中一のときに書かされた将来の夢シート。思い出すだけで胃がキリキリする。


「……はい。じゃあ、見せ合い開始」



「じゃーん!これがわたしの卒業証書!」


かおりんが誇らしげに紙を掲げる。中学校の名前、校長の名前、そして綺麗に書かれた楷書の文字。


「……紙、ちょっと曲がってない?」


「それは保管が雑だったから……でも、気にしない!」


「でも……いいね、なんかさ、ほんとに卒業したんだって感じする」


「しおりんも見せてよ」


「ほい」


わたしは高校の卒業証書を渡した。

一回り大きいサイズに、厚手の金縁の台紙。かおりんが目を丸くする。


「わ、なんか……高校ってこんな豪華なの?」


「まあ、公立でも多少は見た目頑張ってるってこと」


「大人っぽいなあ……」


かおりんがそっと触れる指が、なんとなく慎重で。わたしはその様子が可愛くて、少しだけ笑ってしまった。


「じゃ、次は学生証見せようよ」


「うっ、それ地味にきつい」


「顔写真、見たい~!」


「かおりんこそ、見せられるの?」


「う……見るなら、同時に出そう」


「よし」


ふたりでカウントダウンして、同時に学生証をテーブルの上に出す。


「3、2、1、どん!」


「「うわぁぁぁっ」」


言いながら、自分の顔写真を直視できずに顔を覆う。


「なにこの髪型!前髪ぺたーって!」


「なんか目が死んでるし、制服のボタンしめてないし……!」


「でもさ、これが“学生”ってやつだったんだよね」


「うん、こうして見ると、かわいいや」


「どっちが?」


「ふふ、どっちも。ある意味でね」


わたしは学生証を指でくるくる回して、思わず呟いた。


「……ちょっと戻りたいかも。高校一年の春」


「なんで?」


「制服が新しくて、まだ真面目にボタン閉めてて、靴下もちゃんと折ってた頃。なんか、“今から始まる”って感じしてさ」


かおりんが、ふんわりと笑った。


「わたしも、戻れるなら……中一のときに戻りたいかな」


「どうして?」


「高校一年のしおりんに会いたいかも」


「んん?高校一年のわたし?」


「あの頃のしおりん可愛かったもんね。また一緒に勉強したり、ドラマ見たりしたいなあ」


……年下に可愛いと言われましても、ねえ……


「……そう?」


「うん。あのころ、しおりんってすごい余裕あったの」


「まあ、わたしも年下相手にイキってたからね……」


ふたりで笑いながら、少しだけ沈黙が流れる。


そのあと、かおりんがごそごそとファイルから一枚の紙を取り出した。


「これ見て、ちょっと笑えるかも」


「なにそれ?」


「中二の時の……“理想の将来”シート」


「あーーー!それ出す!?」


「しおりんもあるでしょ、ほら」


「あるけど……うっわ、見せたくない~!」


「見せて!」


わたしは観念して、黄色く焼けた用紙を取り出す。鉛筆で書いた文字がまだ残っている。


『将来の夢:人の心を癒せる仕事につきたいです』


「なにこれ!?しおりん、癒やし系だったの!?今と全然ちが……」


「やめて!黒歴史って言葉が今まさに刺さってるから!」


「しかも“アロマとか使える人になりたい”って書いてるじゃん!」


「だからやめろってば……!」


ふたりでゲラゲラ笑いながら、紙を引っ込める。


「かおりんは?」


「わたしは……えーっと……『かっこよくてスタイルのいい大人になりたい』」


「うーーーん、スタイルだけはなかなか、もうその通りになってるかも?」


「えっ……スタイルだけってなによーー?」


「ちょっとグラマーすぎかも?」


かおりんが不意に照れて、うつむいた。


スウェット姿で、膝を抱えて座る妹は、確かにあのころの“理想”に近づいている。前より背が伸びて、髪型もなんとなく大人びてて、でも、笑うとやっぱり“かおりん”のままだ。


「……ねえ、しおりん。ちょっと、恥ずかしいもの見せてもいい?」


かおりんの声が少しだけ真面目になる。


……エッ?……ドキっとするじゃん。

何見せる気?


わたしはうなずいて、彼女の手元を見る。


「これ、部活でみんなに配られた“自分の良いところ・悪いところ”ってシート」


紙には、整った字でこう書いてあった。


『良いところ:明るい、負けず嫌い、集中力がある』

『悪いところ:甘えん坊、人にくっつきすぎる、心配されたい』


わたしは思わず吹き出しそうになった。


「“人にくっつきすぎる”って、なんなのこれ……」


「部活の先輩に言われたの……“すぐ膝の上とか乗ってくるよね”って」


「わたし以外にも乗ってただと?ゆるさーーん!」


「ええ!?いいじゃん、癖なんだもん」


「癖って……あぶないなあ」


かおりんが少しだけ笑って、顔をあげる。


「じゃあ……しおりんなら、乗ってもいいの?」


「……乗るって、どこに?」


「しおりんの膝」


「なんでそうなるのよ……」


「ほら、春休み中だけだから」


「期間限定の甘えん坊か……しょうがないなあ」


わたしが脚を伸ばすと、かおりんは素直に膝の上に頭を預けた。髪がさらりとふれて、少しだけドキッとする。昔は当たり前だったこの距離が、今ではちょっとだけ“特別”になっているのが、なんとなくわかる。


「……しおりん」


「ん?」


「これからも、時々“見せっこ”しようね。大人になっても」


「やだな、それ、泣けるやつじゃん」


「ううん、ちゃんと笑える見せっこにしよう。今日みたいに」


わたしは黙って、彼女の頭をそっとなでた。


春休みの、どこかやわらかい午後。

過去を笑って話せるようになったわたしたちは、

少しずつ、“大人”になっている気がした。

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