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第15話「UNO」

雨の音が屋根をやさしく叩いていた。

週末の午後、ふたりとも珍しく外出予定はゼロ。部屋着のまま過ごしていると、時間がふわふわと溶けていく。


「ねえ、しおりん、ひさびさにアレやらない?」


クッションを抱えながら、ソファの上でゴロゴロしていたかおりんが顔を上げた。


「アレって?」


「UNOだよ、UNO!」


「懐かしい……でも、家にあったっけ?」


「あるある!中学生のころ使ってたやつ、ちゃんと残ってた!」


言いながら、かおりんはTVボードの下から色あせた赤い箱を取り出した。中には少し角のすれたカードたち。だけど、その色と感触には、なぜか安心感があった。


「……いいよ。やろっか」


「よーし、今日こそ“あがりドロー4”決めるぞ!」


「それ、禁止ルールじゃなかったっけ?」


「細かいこと気にしな~い!」


そう言って、かおりんは早速シャッフルを始めた。手元の動きが妙に慣れている。いや、妙に“自信ありげ”だ。


「最近やってた?」


「うん、たまに友達と。でも、家族相手のほうが燃える!」



ゲーム開始。最初の数ターンは、軽く流す感じで数字カードの応酬が続く。会話もしながら、笑いながら、淡々と出していく。


「ほい、黄色の7」


「黄色ね、じゃあ……ドロー2!」


「えっ!ちょ、早くない!?もう攻撃カード!?」


「油断大敵ですぞ?」


かおりんがにやりと笑う。その顔が、ちょっとだけ悪い顔になっていた。


「……今日は本気なんだね?」


「もちろん」


わたしは2枚引きながら、ちょっとだけ思った。


――この空気、嫌いじゃない。



ゲームはじわじわと加熱していく。

かおりんの手札が5枚、4枚、3枚と減っていくにつれ、わたしのほうは妙に“増え続けている”。


「もしかして、しおりん……運悪くない?」


「ちがう、これは……心理戦だから」


「ふふ、言い訳はあがってからにしようね~」


「よし、逆襲開始。リバース」


「え、方向変えちゃう?……じゃあ、ドロー2!」


「うわぁ、またかよ!」


この時点でわたしはすでに9枚。かおりんは3枚。あからさまな戦力差に、わたしは思わず苦笑いした。


「ねえ、なんでそんなに攻撃力高いの」


「女の武器ってやつ?」


「UNOでその言い方どうなの」



そんなやりとりが続いて、2回目の対戦が終わる頃には、ふたりとも完全に“本気モード”に突入していた。


「……じゃあさ、3戦目はちょっと……勝負つけようか?」


かおりんが、なにか思いついたようにわたしを見る。


「勝負って……何の?」


「負けたほうが、勝ったほうの言うことひとつ聞く」


「おおっと、急にそういうやつ来た?」


「ありでしょ?」


ちょっと悪戯っぽい笑み。でも、その背後には、明らかに“勝つ気しかない”空気が漂っていた。


「……面白い。受けて立ちましょう」


「じゃあ、手加減なしで!」



最終戦、3回目のUNO。


ふたりの空気は、まるで別人のように張り詰めていた。

部屋の明かりはほんのりオレンジ色。静かな雨音の中、カードのパチンという音だけがリズムを刻む。


「青の5」


「青か……ドロー2」


「またそれ!?」


「これで手札差が開いたね、ふふっ」


「くっ……じゃあ、リバース」


「リバースで返して……スキップ」


「わあっ!連携プレイしてるの!?」


「1人連携、得意なんです♪」


悔しそうな顔をしながらも、わたしは黙ってカードを出す。


互いの手札が減っていく。5枚、4枚、3枚……。

息が詰まるような静けさの中で、わたしが「2枚目のワイルドカード」を引いた時、運命が変わった。


「……ワイルド、赤に変更」


「うわ、そこ赤か~……んー……じゃあ、スキップ!」


「そっちも持ってるの!?」


「ふふっ。UNOって、運だけじゃ勝てないんだよ?」


「あーもう、負けられない!」



その後、二転三転。リバース、スキップ、ワイルドが飛び交う心理戦。

カードの出し方ひとつ、息を吐くタイミングひとつにまで駆け引きが宿る。


わたしの手札はついに「1枚」。

UNO宣言と同時にかおりんが叫ぶ。


「はい、ドロー4!」


「っ……まじかぁぁ……!」


思わず床に崩れ落ちる。かおりんのニヤリ顔が、めちゃくちゃ腹立たしい。なのに、ちょっと可愛い。


「しおりん、はい引いて~4枚!」


「ううっ……くっそぉ……!」


結局、最後はかおりんの手札が0になって、完敗。

勝ち誇った妹が、ゆっくりと指を一本立てて言った。


「じゃあ、言うこと聞いてもらうね?」


「……ど、どうぞ……」


「じゃあ……膝枕、して」


「……は?」


「いま、疲れてるから~。しおりんの太ももに、頭置いて、5分くらい目つぶってたい」


「それって、ご褒美側じゃないの?わたしが損してない?」


「でも恥ずかしいでしょ?」


「……まあ、ちょっとだけ……」


でも、それを言われると断れないのが姉バカのさがで。


「……じゃあ、そこに寝なさいよ」


「わーいっ」


かおりんは素早くゴロンと転がって、わたしの膝に頭を乗せた。


「……あれ?思ったよりいいかも」


「なんか……変なこと考えてない?」


「ちょっとだけね」


「やめなさい」


わたしの太ももに頬をすり寄せて、にやにやしているかおりんを見ながら、わたしはふと笑ってしまった。


そして思わず……かおりんの頬に……チュッ……と


「あっ……」


「しまった思わず……」


かおりんの耳が赤い……


「しおりんなら……いいかな……」


雨の音はまだ続いている。

だけど、部屋の中はずっと明るく、あたたかかった。

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