第14話「尻文字」
その日は雨がしとしとと降っていて、外に出る気にもなれず、私たちはダラダラと午後を過ごしていた。
「だるい……」
リビングにはクッションが散らばっていて、かおりんはテレビを見ながらポテトチップスを食べている。私はその隣でぼんやりとスマホをいじっていた。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「ちょっと変なことしてみない?」
かおりんが、ポテチの袋から顔を出して、にやっと笑った。
「なにそれ、また変なゲーム?」
「そう、名付けて“尻文字”ゲーム!」
「え……しり……もじ?なにそれ、エッチな」
私は思わず聞き返した。なんとなく、ヤバい予感がする。
「うん。ルールは簡単!」
*
◆尻文字ルール◆
お題となる「ひらがな1文字」を相手に伝えずに、自分のお尻で空中に描く。
相手はそれを見て、何の文字かを当てる。
当たったらポイント、外れたら罰ゲーム(マッサージ1分とか)。
2人交互にやる。
お尻の動きが大きいほどヒントになるけど、ちょっと恥ずかしいかも……!
*
「いや、それ恥ずかしすぎるでしょ!」
「でも楽しそうじゃない?ってか、昔やったじゃん、小学校の修学旅行とかで」
「そうだけど、あれってクラスメイトとやるやつでしょ!?姉妹でやるの……どうなん」
「えー、姉妹だからこそいいんじゃん!」
と、言いながら、かおりんは立ち上がって、クッションをよけ、部屋の中央にぽつんと立った。
「じゃあ、先攻、わたし!」
「もう決定事項なのね……」
「いきまーす!」
かおりんはふわっとスウェットの裾を直して、軽く膝を曲げて立つ。私は真面目な顔をしながらも、思わずクッションを抱えてその様子を凝視した。
「~~~……んっ!」
、かおりんがぐいっとお尻を突き出して……でかいな、いつのまに……空中に何かを描き始める。
腰がくねり、左右にゆらゆらと動く。見ようによっては……いや、というかどう見ても……ちょっと、色っぽい。
「えっ、なに今の……くっ、笑いそう……」
「ちゃんと集中して!今のが1画目!」
「むずかしっ!」
くるっと回って、次の線を描く。お尻のラインで文字をなぞる様子は、なんとも形容しがたい。動きに合わせてスウェットがやや揺れて、なんか変な汗が出そう。
「……え、これは……“あ”?」
「ピンポーン!!正解!」
「え、まじ?やった……でもこれ、すっごい気まずい」
「ふふふ、じゃあ次はしおりんの番!」
「えええええっ!?やんないとダメ?」
「当たり前~!ほらほら、立って立って!」
渋々ながら、私も立ち上がる。自分で言うのもなんだけど、やる前から顔が熱い。
「……じゃ、行くよ……」
私はなるべく自然に動こうとしたけど、背後から「ふふっ」て笑うかおりんの気配が気になって集中できない。
「ほら、小さいお尻もっと使って!」
「言い方っ!!」
それでもがんばって動く。ぐいっと腰をひねって、横に曲線を描いて、下に下げて……。
「……これは、“つ”?」
「正解~~!すごいじゃん!」
「いやでもこれ、自分の姿想像したら耐えられないんだけど……!」
「めっちゃおもしろかったよ、しおりんの“つ”」
「やめて」
*
ゲームは、次第にエスカレートしていく。
かおりんの「も」のときなんか、全力で腰を回して、お尻で円を描いていた。
「“も”はね、丸がポイントだから!この二重丸が!」
「わかったわかった!腰壊すなよ!」
私も対抗して「ぬ」とか「き」とか、難しい文字を選んで腰をひねりまくった。
「えー!“ぬ”ってそんな形だったっけ!?めっちゃくねってた!」
「違う違う、あれは点のところが難しいのよ!」
どちらのターンでも、ふたりで笑い転げて、ソファに倒れ込む。
「はあ……腹筋痛い……」
「でも、なんか変なテンションになってきたね……」
「うん。ていうか、これさ、けっこう……体にくるよね」
「腰があったまるというか、むしろセクシー体操……?」
「やっぱそれ言っちゃう?」
少し照れながら笑い合って、また順番が回ってくる。
「……ねえ、次の文字、ちょっとだけサービスする?」
かおりんがそう言って、わざとウインクしてきた。
「サービスって……おい、未成年」
「気にするな!」
そう言いながら、くいっとヒップラインを強調するように動き始めた。
「……っ!!おい、それ絶対“へ”とかじゃなくて“ポーズ”だろ!動き意味不明!」
「ちがうもーん、“ん”だもーん」
「動き的に“ん”じゃないでしょ……っ、やめろ、そのゆっくり回すの!」
「しおりん、まさかドキドキしてる~?」
「してないしてないしてない!そんなんじゃない!」
顔が熱い。耳まで真っ赤になってる自覚がある。
でも、まさか妹にそんな揺さぶられるとは。
「……じゃあ、私も本気で行くか……」
「おお?」
私はふぅと息を吐いて、心を決めた。
「次の文字、“ら”!」
そう言って、くるっとターンして、華麗に(のつもり)一筆書きのお尻文字を披露。
「おおお!なんか……ちゃんと“ら”だった!」
「完璧な“ら”だよ!これぞ芸術!」
「まって、今のはちょっと色気あった……」
「わーったわーった、じゃあ今日はこれでおしまい!」
*
最後にふたりで冷蔵庫からジュースを取り出して、ソファに並んで座った。
「……たかが尻文字なのに、なんでこんな楽しいんだろ」
「ほんと。なんか、ちょっと照れくさくて、でも笑えるって最高だね」
「でも、これ誰にも見せられないな」
「絶対だめ。これ、姉妹だけの秘密にしようね」
「うん。じゃないと、私、まじで消えたくなる」
ふたりでグラスを軽くぶつけて、カランという音を響かせる。




