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第101話「クリスマス前のしおりん」

 街が「もうすぐだよ」って急かしてくる。


 駅前のツリーは昼間でも妙に派手で、夕方になったら本気を出す。イルミネーションは人の心を勝手に柔らかくするし、店先のBGMは「大切な人へ」ってフレーズを何回も何回も擦ってくる。


 ――クリスマスまで、あとわずか。


 わたしは一人で改札を抜けて、手袋の中で指をぎゅっと握った。冷たい空気がすき間から入り込んで、指先がきゅっと痛い。


(……よし。探す)


 かおりんのプレゼント。


 その言葉を頭の中で言っただけで、胸の奥がふっと熱くなる。

 なんだそれ。わたし、簡単すぎ。


 モールに入ると、暖房の空気が肌にまとわりつく。人の匂い、コーヒーの匂い、焼き菓子の匂い。どこかからバターの甘さが漂ってきて、急に「冬」って感じが強くなる。


 だけど――わたしの中の冬は、別のところにある。


 あのブラックフライデーの帰り。

 かおりんと、子どもの頃に遊んだ公園に寄った。

 寒いからって言って、ふざけて抱き合って――服のまま、ただ体温を分け合っただけなのに。


 あれから、時々思い出す。


 かおりんの体は細いのにちゃんと温かくて、胸の辺りの鼓動が、わたしの胸まで伝わってきたこと。

 息が白くて、鼻先が冷たくて、でも抱き締めた腕の中だけが世界の中心みたいだったこと。


 それだけ。


 それだけなのに、胸がきゅっとする。


(……プレゼント探しに来たんだぞ、わたし)


 わたしは自分を叱りつけて、まず雑貨屋に入った。



 棚には、赤いマグカップ。星の形のライト。ふわふわのブランケット。

 「冬っぽい」ものが山ほどある。


 かおりんは寒がりだ。たぶん。

 でも「寒い」って言いながら、意地で我慢するタイプでもある。

 座道部で正座を続けたときの顔が、それを証明してる。


 ブランケットを手に取ってみた。

 触り心地は最高。色も落ち着いてて、部屋に置いても邪魔じゃない。


(いいな。これ、いい)


 ……って思った瞬間、脳内でかおりんがブランケットにくるまってソファに転がってる絵が出てきた。

 しかも、わたしの隣で。


 心臓が「ばか」って言ってくる。


 そっと棚に戻す。


 次。次。


 小さなアクセサリーコーナーに行って、髪留めを見た。

 かおりんはポニーテールが多い。ふわっと揺れる。あれ、ずるい。

 つい見ちゃう。うなじとか。……いや、わたし変態みたいだな。


 シンプルなヘアピンを手に取って、鏡みたいなケースに映る自分の顔を見た。


(……これを渡して、かおりんがつけてきたら)


 それだけで、たぶん一日中落ち着かない。

 目が合うたびに「それ、似合う」とか言ってしまいそうで、言った後に自分が死ぬ。


 却下。


 わたしは店を出て、エスカレーターに乗った。上に行くほど照明が明るくなる。人の声も増える。クリスマスの浮かれた空気が、わたしの焦りを煽る。


(“姉として”のプレゼント。姉として。姉として……)


 何回言っても、言い訳にしか聞こえない。


 姉妹だからプレゼントを選ぶ。

 それは普通。

 でも、わたしが選びたいのは「普通」だけじゃない。


 ――かおりんが喜ぶ顔が見たい。

 ――かおりんの生活の中に、わたしが少し残ってほしい。

 ――かおりんが、それを手に取るたびに、わたしを思い出したらいい。


 こわい。欲張りすぎる。

 でも、止められない。



 本屋に入った瞬間、少しだけ落ち着いた。

 紙の匂い。静かな空気。

 ここは、過剰にキラキラしてない。


 クリスマス特集の棚があって、カードやラッピング用品も置いてある。

 わたしはそこを通り過ぎて、文庫コーナーへ行った。


 かおりんは、読む。

 恋愛系も読むし、青春系も読む。

 でも、変に甘すぎると照れて逃げる。

 なのに、刺さると黙って大事にする。


(……めんどくさいところが、かわいい)


 それを思った瞬間、わたしは片手で顔を覆いたくなった。

 完全に末期。


 棚を眺めて、ふと一冊の短編集が目に留まった。

 “冬の短い物語”みたいなタイトル。

 中身をぱらっと開くと、最初の話が「帰り道に寄った公園」だった。


 ……やめてくれ。


 わたしはページを閉じて、胸を押さえた。

 呼吸が一回だけ乱れる。


(こんな偶然、ある?)


 でも、その偶然が、なんだか嬉しかった。

 かおりんと同じ景色を、同じ冬を、また一緒に見たいって思ってしまうから。


 その本をカゴに入れかけて――止めた。


 重い。

 意味が出すぎる。

 わたしの中身が透ける。


(もっと、さりげなく……さりげなく!)


 そのとき、隣の棚に「小さな習慣」みたいなエッセイがあった。

 暮らしの中の小さな工夫、気分の整え方。

 ページをめくると「朝、窓を開ける」とか「湯気の立つ飲み物」とか、そんなことが書いてある。


 ……座道部っぽい。

 “心を整える”って、かおりんも好きそう。


 わたしはその本を手に取った。

 そして、しおりんとしては珍しく、即決した。


(これなら、言い訳ができる。座道の延長って言える)


 ――ほんとは、かおりんの毎日にわたしが混ざりたいだけなのに。


 レジへ向かって歩く間、胸がずっと落ち着かない。

 買うだけなのに、告白しに行くみたいな気分。


 店員さんが「ラッピングしますか?」と聞いた。

 わたしは一瞬詰まって、でも頷いた。


「……お願いします」


 袋の色を選ぶとき、赤は派手すぎる気がして、白は綺麗すぎて、結局ネイビーを選んだ。

 落ち着いた色。かおりんの部屋に置いても浮かない。


 リボンが結ばれていくのを見ながら、わたしは心の中で言った。


(かおりん、受け取ってくれるかな)


 そりゃ受け取る。プレゼントだし。

 でも、わたしが欲しいのは、ただ受け取ることじゃない。


 笑ってほしい。

 「しおりん、なにそれ、センスいいじゃん」って言ってほしい。

 そして、ほんの少しだけ――その笑いの裏に、わたしと同じ温度があったらいい。



 本屋を出ると、もう外は完全に夜だった。

 イルミネーションがきらきらして、カップルが肩を寄せ合って歩いている。


 わたしは、ひとりで歩く。

 でも、手の中の袋が妙に温かい。

 ただの紙袋なのに、抱えていると落ち着く。


 ポケットのスマホが震えた。通知。

 反射で画面を見てしまう。


 ――かおりんからじゃなかった。


 なのに、なぜか少し残念で、少し安心した。


(メッセージ来てたら、たぶんわたし、変な返信する)


 「今どこ?」って聞かれたら、正直に言うだろうか。

 「プレゼント選んでる」って言ったら、かおりんはどういう顔をするだろう。


 想像して、勝手に胸がきゅっとなる。


 わたしは歩きながら、心の中でかおりんに話しかけた。


(かおりん)


 名前を呼ぶだけで、少し泣きそうになる。

 なんで。どうして。

 ただの妹なのに――って言いたいのに、わたし自身が一番それを否定してる。


(かおりんのこと、守りたい)


 いつも強がるところも、すぐ真っ赤になるところも、正義感が強いところも。

 全部、守りたい。


 でも、守るって言葉は便利すぎて、ずるい。

 守るって言えば、好きって言わなくていいみたいになる。


 本当は、もっと単純で、もっとどうしようもない。


(かおりんのこと、好きだ)


 口に出したら壊れそうな言葉を、胸の中でだけ言う。

 それだけで、指先が少し震えた。


 クリスマスまで、あとわずか。

 プレゼントは見つかった。

 でも、たぶん本当に探していたものは、まだ見つからない。


 ――わたしは、どんな顔で渡せばいい?

 ――どんな声で「メリークリスマス」って言えばいい?


 答えは分からない。

 でも、分からないままでもいいから。


 その日まで、かおりんの隣にいたい。


 わたしは夜風の中で袋を抱き直して、家への道を歩いた。

 イルミネーションの光が、リボンに落ちて、ほんの一瞬だけ星みたいにきらっと光った。

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