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第10話「ボウリング」

 桜のつぼみが、もうすぐ開きそうに膨らんでいる。

 今年も、春が来た。


 ――そして、卒業式も終わった。


 校庭で撮ったクラス写真は、まだ制服を着ているのに、どこかみんなもう「高校生じゃない顔」をしていた。

 私は、いつも通りの笑顔で写っているけれど、胸の奥は少しだけソワソワしていた。


 帰宅して制服を脱ぎ、パーカーに着替えて階段を降りると、リビングから妹の声がした。


「おかえりー、しおりん卒業おめでと!」


 中学を卒業したかおりは、少しだけ背が伸びて、言葉遣いも落ち着いてきた。

 けれど、こうやって無邪気に笑う顔は、中学生の頃と、何も変わっていなかった。


 私は苦笑しながら彼女の頭をなでてやる。


「ありがと。卒業したからって、偉そうにしないよ?」


「わかってるって……最近昔の夢を見たんだ……しおりんはずっと、わたしの“しもべ”だって」


「うへえ、思い出したのか……その設定……」


 リビングには、焼きたてのクッキーの匂いと、家族の柔らかい気配が流れていた。



 その日の夕方。

 ピンポーーン


 玄関のチャイムが鳴いた。


「しおりー!来たよー!」


 声の主は、クラスメイトで親友の真菜(まな)とえりか。

 この3人で、ずっと一緒だった。


「遅かったじゃん、もうちょっとで寝るとこだった」


「寝るな!高校生ラストデーに!」


「ほら、ボウリング行くんでしょ?行こうよ!」


 騒がしい友達たちに半ば引っ張られながら、私は外に出ようとした。――そのとき。


「わたしも行っていい?」


 階段の上に、かおりんが立っていた。


 制服じゃなくて、白いニットとプリーツスカート。

 いつのまにか、私の知らない服が似合うようになってる。


「え? かおりんも来たいの?」


「……だめ?」


 ちらっと真菜とえりかを見ると、二人は顔を見合わせて、同時にニヤッとした。


「ええやん、妹ちゃん。今日はお祝いだし!」


「うんうん、しおりの妹ってだけで許される可愛さしてるし!」


「やめて、ハードル上がるから……」


 顔を赤くするかおり。だけど、どこかうれしそうだった。


 そして私も、内心うれしかった。

 “あのかおりん”が、こんなふうに一緒に出かけられるようになるなんて。


「じゃあ、行こっか!」



 行先は〇ウンド1。カラオケ、ボウリングなど総合的になんでもできる施設だ。


てっきり、カラオケに行くのかと思ったら、ボウリングに行くというので少しホッした。


……歌はちょっと苦手なのよねえ……おまけに流行りの歌は良く知らないし……


「カラオケじゃなくてよかったねえ。しおりん」


こりんがそっと耳打ちしてくる。


……バレていたか……


 ボウリン場は平日の夕方だけあって空いていた。

 靴を履き替え、スコア入力して、いざスタート。


「じゃあ1番手、かおりん!」


「えっ、いきなり!?って、なんで"かおりん"って呼び方知ってるの?」


「えーーしおりに聞いたしーー」


……あっ、少しふくれてる……我が家だけの呼び方だしね……


「さあ先輩に花を持たせるチャンスよ!」


「ええ~~~」


 両手で軽くボールを抱えるように持ち、少しだけ腰をひねってから、スッ……と投げる。


 ――カランカラン!


「わあっ、なんか当たった!」


「かおり、ストライクじゃん!」


「えっ!?ほんとに!?」


「こいつ……持ってるな……」


 真菜とえりかが爆笑しながら、私の肩を叩いた。


「かおりん、しおりより強くない?」


「それ、褒めてる?」


「うん、ある意味で尊敬してる」


 私は苦笑しながらも、かおりんを見る。

 楽しそうにスコア表を覗き込んで、手をぱたぱた動かしてる。

 ――この子、どこでこんなに成長してたんだろう。



 ゲームが進むにつれて、自然とチーム戦になっていた。


 しおり&かおり vs 真菜&えりか。


「しおりん、さっきのはよかったでしょ?惜しかったよね」


「全部ガーターだったからね?」


「でも、フォームはよかったと思うよ。うん、形は美しかった」


「うーーん、まあいっか」


 軽口を交わしながら、ボールを投げて、失敗して、笑って。


 やがて、全10フレームが終了。


 結果は――


「勝ったーーーーー!!」


 かおりんが手を上げてジャンプした。


「……やばい、うちの妹、天才かもしれない」


「いやほんと、あのフォームからの連続スペアって何!?」


「やばいよ、今度一緒に大会出ようよ」


「うそでしょ!?」


 えりかたちに囲まれて、かおりんはちょっと照れながら笑っていた。



 ボウリング場を出た頃には、空はすっかり群青色に変わっていた。

 風は少し冷たく、けれど指先にはまだ、ボウリングの余熱がじわりと残っている。


「ちょっと、歩いて帰ろっか」


 駅まではバスでも行ける距離だったけど、なんとなく、急ぎたくなかった。


「……うん」


 かおりんも頷いて、私の隣に並ぶ。

 大きなショッピングモールの横を通って、線路沿いの細い道を抜けていく。

 夜の道は静かで、街灯のオレンジ色が、歩く私たちの影を長く伸ばしていた。


「……なんか爪割れちゃってる……」


「えっ!ちょっと見せなさい……あらあ……」


 爪先がちょっと割れて血がにじんでる……大事な妹の手を……ボウリング玉ゆるすまじ……


「しおりんさ」


「ん?」


 いつまでも手を握っていると、かおりんが照れくさそうに話しかけてきた。


「……今日、誘ってくれてありがとう」


「いや、誘ってないし。勝手についてきたじゃん」


「えへへ、たしかに。でも、嬉しかったのはほんとだよ」


 言葉の温度が、ちょっと高かった。

 そう言われて、私も照れくさくなる……握ってる手が少し暖かくなった。


「……なんかさ、こうやって一緒に出かけるの、いつぶりだろ」


「ちゃんと“遊びに行く”って感じは久しぶりかもね」


 笑いがこぼれる。


「でも、ほんと変わったよね。背も伸びたし、顔も大人っぽくなったし、今日の服も似合ってた」


「ほんと?」


「さすがもうすぐ高校生だね。うん。ちょっとだけ“妹感”なくなってきたかも」


「えーーそれは困る」


「えっ?」


「妹じゃなくなるのは嫌だよ」


……お姉ちゃん号泣させる気か!……


 会話の間に、小さな風が吹く。

 まだつぼみのままの桜の枝が、かすかに揺れていた。


「でもさ」


 かおりんがポツリとつぶやく。


「この春から、高校生だよ。制服も新しくなるし、クラスも知らない人ばっかりだし……」


「不安?」


「……ちょっとね」


 その言葉には、ほんの少しの震えがあった。


 私は足を止めて、かおりんの方を向いた。


「大丈夫だよ」


「根拠ないし」


「あるよ。しおりんの予言です」


「……なんだそりゃ」


 うまく言えないけど、本当にそう思ってた。


「ねえ高校生活、たのしかった?」


「うん。たのしかったよ。悩んだこともあったけど、でも……全部、いい思い出になった」


「じゃあ、わたしも楽しめるかな」


「絶対、楽しめるよ」


 私はそう言って、かおりの頭をなでた。


 成長しても、変わっても。

 この手のひらのぬくもりだけは、きっと変わらない。


「それに、困ったら言って。お姉ちゃんが助けてあげるから」


 風が、ふたりの前髪をふわっと持ち上げた。


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