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4話 レアな追跡者

「島木、あれは『レア』だ! 早く追え、見失うぞ!」

 柏木が顎をしゃくって鋭く命令した。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺一人でですか? 嫌ですよ〜! ってか何か喋った気がしたけど、何て言ったか聞こえませんでしたよ。本当に『レア』なんですか?」

 島木が慌てて抗議すると、ゲームセンターの方からけたたましい悲鳴が響いた。出口から人が逃げ惑い、ゾンビに襲われている様子が見える。

「ああ、普通のゾンビは獣の唸り声しか出せねぇ。『レア』で間違いねぇよ。当然だが応援を呼べ。一人じゃ危険だ。それまで見失わねぇように尾行しろ。俺はゲームセンターのゾンビを片付けてくる。」

 柏木はそう言い放つと、さっさと歩き出そうとした。だが、島木が咄嗟に腕を掴み、焦った声で食い下がる。

「待ってください! 追うのは分かりますけど、教えてくださいよ。普通のゾンビと『レア』って何が違うんですか? さっきから気になってしょうがないんですけど!」

 柏木は面倒臭そうに鼻を鳴らし、振り返った。

「ゾンビは感染すると異常な怪力になるが、『レア』はその上を行く力が確認されてる。それ以上のことは正直分からん。だから油断すんな。」

 それだけ言い残し、柏木はゲームセンターへ向かった。


「やだなぁ……」

 島木は心底嫌そうな顔で呟きつつ、仕方なく須藤の後を追った。



 文太郎と恭子は息を切らせて走り続けていたが、恭子の足取りが明らかに鈍ってきた。体力の限界が近いようだ。

「とりあえず、この公園で休もう。」

 文太郎が声をかけると、恭子は小さく頷いた。

「うん。」

「はぁ、はぁ……」

 二人は荒い息をつきながら、偶然見つけた公園のベンチに腰を下ろした。

「どうやら追ってこねぇみたいだな。」

 文太郎が周囲を見回して言うと、恭子が疲れた声で答えた。

「うん、そうみたいね。ちょっと走り疲れちゃった。」

 ふと、文太郎が思い出したように恭子を見た。

「そうだ、恭子! なんで俺に『負けないで!』なんて言ったんだ? 恭子は須藤の彼女じゃねぇのか?」

 恭子はあっさり答えた。

「うん、彼女だよ。」

「いやいや、おかしいだろ! なんで彼氏じゃなくて俺を応援すんだよ!」

 文太郎が慌てて詰め寄ると、恭子はケロッとした顔で言った。

「最近気づいたんだけど、私、どうやら強い男の人が好きみたい。あの時、圭一より文太郎くんの方が強いって思っちゃってさ。で、実際強かったよね! だから今は文太郎くんのことが好きみたい。」

「ちょ……」

 突然の告白に文太郎は呆然とし、言葉を失った。だが、我に返ってまくし立てる。


「待て、今、俺を好きって言ったのか? いや、気持ちの切り替え早すぎねぇか? つか、だいぶキャラ変わってねぇ? 数ヶ月前、彼氏と別れそうって落ち込んでなかったか?」

 恭子は「きゃはは」と笑いながら答えた。

「あ、やっぱり優子との話聞いてたんだ? あれね、優子が急に話しかけてきたから咄嗟に嘘ついちゃった。あの時、実は圭一と付き合いたいって悩んでたの。だって、悪名高い須藤圭一と付き合いたいなんて誰にも相談できねぇじゃん。でも、すぐバレちゃったけどね。」


 文太郎は衝撃に言葉を失い、黙り込む。すると今度は恭子が質問してきた。

「それにしてもびっくりしたよ。文太郎くん、めっちゃ強かったね! 最初、圭一の前で震えてたじゃん。あれって油断させる演技だったの?」

「いや……本当に怖かったよ。俺、喧嘩なんて初めてだったし……」

 恭子が不思議そうに首を傾げた。

「えー、でもすごい強かったよ。武道とか格闘技やってるの?」

 文太郎は少し俯きながら答えた。

「うん、実は俺ん家、代々武道家の家系なんだ。幼い頃から父親に技を叩き込まれてた。」

 恭子が目を丸くする。

「へー! なのに喧嘩したの初めてなんだ? 武道やってて珍しくない?」

 文太郎は苦笑いを浮かべた。

「俺には生まれつき闘争心ってのがないみたいでさ。子供の頃から気が小さくて、どんなに技術を身につけても性格は強くならなかったんだ。」


 恭子が黙って聞いていると、文太郎は続けた。

「実は小学生の時、イジメられてたんだ。」

「え! でも、お父さんに武道教えて貰ってたんでしょ?」

「ああ、そうなんだけど、闘争心がないから殴られてもやり返せなかった。俺がイジメられてるのを知った親父は激怒したよ。『何のために武道を教えてるんだ、ダンスじゃねぇ、自分の身を守るためのもんだ』って。やり返せないなら意味がないって言われた。でも最後まで反撃できなくてさ。結局、親父が学校に話してイジメは収まったけど、親父は呆れてた。それでも俺を強くしたい気持ちは捨てきれなかったみたいで、ある日、アメリカにいる知り合いを連れてきた。」

「どんな人?」

「イーサン・スミスって元軍人のアメリカ人。軍隊除隊後に世界中で格闘技を学び、独自の護身術を作った人だ。昔、親父とも縁があってさ。親父は武道じゃ闘争心が育たないって思ったんだろうね。命のやり取りを経験したイーサン先生に俺を鍛えてくれって頼んだんだ。」

「へー、すごそう!」

「うん、すごかったよ。須藤くらいの体格で、強くて優しい人だった。全身刺青だったけどな(笑)。稽古は厳しかったけど、護身術を徹底的に叩き込まれた。さっき須藤の突きが来た時、体が勝手に反応したんだ。イーサン先生と似た体格だったから、稽古を思い出したんだと思う。でも、心は強くならなかった。先生も最後は諦めてたよ。」


 文太郎は自嘲気味に笑った。

「でも、俺を否定したり呆れたりしなかった。『文太郎は才能がある。技術を覚えるスピードが誰より早い』って褒めてくれたよ。人間的にも尊敬できる人で、稽古は楽しい思い出だ。」

「今はもう先生じゃないの?」

「うん、アメリカに帰った。今は親父と一緒に武道の道場をやってるよ。」

「え、お父さんもアメリカに?」

「ああ、日本の武道って今、外国人のが人気あってさ。子供の頃から外国人が習いに来てて、生徒が日本人より多くなったんだ。親父はアメリカで道場開いた方がいいって、高校生になった俺を置いて行っちゃった。今じゃ何百人も生徒がいるみたいで、繁盛してるよ。」

「そうなんだ! 文太郎の秘密が色々知れて良かった!」


 恭子が嬉しそうに言うと、文太郎は苦笑した。

「秘密ってほどじゃねぇけどな。でも、これからどうしよう……」

「とりあえず喉乾いた。自販機かコンビニないかな?」

 深刻な文太郎とは対照的に、恭子は呑気だった。二人はコンビニを探して歩き始めた。


 歩きながら、文太郎は恭子を思った。

(恭子って何者なんだ? 急にぶっちゃけてきたけど、最初の大人しい印象と全然違う。正直、理解できねぇ……別次元の人間だな。)

(本当の俺を知ったら、期待した男じゃないって気づくだろう。須藤に勝ったのだって油断のおかげだし、それが分かればすぐ冷めるさ。)

 告白を真剣に受け取らず、黙って歩いていると、見覚えのある場所に出た。遠くに灯りが見える。

「あ! あそこコンビニじゃない?」

 恭子が指差すと、文太郎が頷いた。

「そうだ! 行こう!」

 恭子が走り出し、文太郎も後を追う。だが、コンビニに近づいた瞬間、男の悲鳴が響いた。

「何!?」

 恭子が不安げに文太郎を見ると、彼も困惑した顔で答えた。

「何だろ……?」

 ゆっくり近づくと、駐車場で男が馬乗りになって誰かを殴っていた。獣のような唸り声が聞こえる。

「喧嘩だ! ヤバい、止めなきゃ!」

 恭子が飛び出そうとするのを、文太郎が慌てて止めた。

「待て、関わらねぇ方がいい! 警察呼ぼう!」

 だが、恭子は無視して近づく。文太郎が嫌な予感に駆られ叫ぼうとした瞬間、また別の悲鳴が聞こえた。

(どこだ!? やばい、何かおかしい……)

 恭子が男に近づき、叫んだ。

「やめなさい! その人死んじゃうよ!」

 男が勢いよく振り返ると、恭子が目を見開いた。男の目は真っ赤で、猛獣のような唸り声を上げていた。

 恭子が後ずさると、男が襲いかかる。文太郎は咄嗟に走り出し、男が恭子の首に手をかけようとした瞬間、タックルで吹っ飛ばした。男はすぐ立ち上がり、文太郎に殴りかかる。彼は寸前でかわし、肘打ちと前蹴りを連打するが、男は全く効いていない様子だ。

(何だこいつ……おかしい……)

 男が文太郎の首を掴む。異常な力に振り払えず、苦しさに顔が赤くなる。

「なんて力だ……やばい……」

「文太郎くんを離して!」

 恭子が叫び、近くの注水式タンクを投げつけた。水が入っておらず効果はなかったが、男の注意が恭子に移り、文太郎が解放される。彼は咳き込みながらうずくまった。

「恭子、逃げろ!」

 だが、男が恭子に殴りかかろうとした瞬間、彼女はしゃがんでかわし、文太郎の元へ走った。

「大丈夫?」

「ああ……すごいな恭子。けどあれ何だ? 人間じゃねぇ化け物だ!」

 文太郎の体が震えた。

「あの化け物、凶暴だけど攻撃は単純で避けやすいよ。痛みも感じてないみたい。何度殴っても無駄ね。」

「痛みを感じない……じゃあどうすりゃいいんだ?」

「頭を潰して。痛みを感じなくても頭を潰せば死ぬと思う。」

「潰す!? 殺すのか?」

「そうよ。殺さなきゃ私たちが殺される。やるしかない。」

 恭子の言葉に、文太郎の震えが収まってきた。

(恭子のおかげで勇気が湧いてきた。よし、やるぞ!)

 どう潰すか考えたが、思いつかず、「成り行きだ」と腹を括った。

 化け物と睨み合い、突然文太郎が走り出す。化け物も向かってくる。殴りかかる瞬間、文太郎はしゃがんでかわし、挑発した。

「こっちだ、化け物! 捕まえてみろ!」

 化け物が猛スピードで追い、文太郎に追いつく直前、彼は急停止し、前かがみにしゃがんで肩を化け物の腹に当て、勢いよく立ち上がる。化け物が吹っ飛び、起き上がったところにドロップキックを食らわせる。だがまた立ち上がる。

 その瞬間、トラックが突っ込み、化け物を轢いた。70メートル引きずり、やっと止まる。恭子が駆け寄る。

「怪我はない?」

「うん、大丈夫。あの化け物死んだ?」

「多分……」

 トラックの下から血が流れ、化け物は動かない。文太郎はグロテスクさに顔をしかめつつ、安堵した。

「頼むから死んでてくれ。異世界にでも転生してくれ。」

 運転手が真っ青な顔で降りてきた。死体を見て言葉を失い、文太郎たちに怒鳴る。

「お前ら何してたんだ!」

「いや、そいつが突然襲ってきたんです! 人間じゃねぇですよ!」

「何!? わけ分からんこと言うな。警察と救急車呼ばなきゃ。」

 携帯を取り出すが応答がない。

「何でだ! 連絡取れねぇぞ。お前ら呼んでくれ、俺の携帯が事故で駄目みたいだ!」

 突然、文太郎が叫んだ。

「後ろだ! 逃げろ!」

 運転手が呆れ顔で振り返ると、赤い目の女が立っていた。驚愕する間もなく、女のパンチが顔面に直撃。よろめく運転手を殴り続け、馬乗りになって顔を叩く。

「文太郎くん、逃げるよ!」

 恭子に促され、文太郎は走り出した。

「どこに逃げよう?」

「俺の家が近い! そこまで走るぞ!」

「分かった。行きましょう。」

 二人は文太郎の家を目指し、全力で走り続けた。


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