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エピローグ 春陽の下、新たな一歩

「今日もちょっと早く来すぎたな」

 文太郎は呟きながら、恭子との待ち合わせ場所である公園の入り口をくぐった。春の陽光が柔らかく木々を照らし、そよ風が新緑の香りを運んでくる。彼は近くのベンチに腰を下ろし、辺りを見回した。


(まだ来ないよな)

 恭子の姿がないことを確認すると、文太郎は小さくため息をついた。

(いるわけないか。また遅刻だろう。今まで待ち合わせ時間にちゃんと来た試しがないんだから)


 スマホを取り出し、タッチパネルを軽快に操作して趣味のゲームを起動した。画面に没頭するうちに時間は流れ、やがて飽きたのか背伸びをして空を見上げた。眩しい日差しに目を細めると、遠くから男性の声が聞こえてきた。

「伊達くん!」

 声の方向に目をやると、そこには純一が立っていた。彼は穏やかな笑みを浮かべながら、文太郎の方へ歩み寄ってきた。


「伊達くん、久しぶりだね。恭子と待ち合わせかい?」

 純一の問いかけに、文太郎は少し照れくさそうに頷いた。

「え、ええ」

 気恥ずかしさを隠すように、文太郎は話題を変えた。

「今日はお仕事ですか?」

 今度は純一が気まずそうに笑った。


「いや、まあ、実はこれから会社の面接なんだよ。私はあの街で働いてたからね。でも今は立ち入り禁止区域になってしまって、おかげで失業者さ。まあ、命があるだけ恵まれてるけどね。それも君のおかげだ。伊達くん、本当にありがとう」

「いえ、とんでもないです。でも、色々大変ですね」

 文太郎は純一の境遇に同情しながらも、彼の前向きさに励まされる思いだった。

「まあ、君も知ってる通り、あの街の被害者には政府から災害支援金が出たんだけど、もうそのお金も底をつきそうでね。だから気合を入れて働かなきゃって感じかな」

「そうですか! 頑張ってください!」

 文太郎の応援に、純一は笑顔で応えた。


「ありがとう。それじゃ、また今度改めてお礼させてくれよ」

 そう言うと、純一は駅の方へ歩き去っていった。


 あの日、文太郎と恭子が洞窟の出口に急ぐ中、純一は運良く町に突入しようと待機していた自衛隊の部隊に救出されていた。彼を襲ったゾンビは、自衛隊の銃弾に倒されていた。そして間もなく、文太郎と恭子も同じ部隊に保護され、無事に町からの脱出を果たしたのだった。


 それから半年。文太郎がかつて暮らした町は、今や立ち入り禁止区域となっていた。ゾンビに襲われた事件の爪痕は深く、政府の対応は奇妙な方向へと進んでいた。生存者を救助する際、襲ってくるゾンビ以外は射殺しないという命令が下されていたのだ。その理由は、ゾンビが人間なのか別の生物なのか、国会で議論が紛糾した結果だった。中には「ゾンビにも人権があり、理由なく殺すのは許されない」と主張する議員まで現れていた。


 そのため、半年が経過した今も、町にはゾンビが徘徊し続けている。当初、政府はゾンビを一掃できないことに苛立っていたが、「食料を得られないゾンビは餓死する」と考え、射殺を控える方針を尊重した。しかし、不思議なことに、ゾンビは餓死せず生き続けていた。その謎は未解明のまま、政府は24時間体制で町を監視せざるを得なくなった。


 長期戦を覚悟した政府は、年内に町全体を巨大な塀で囲み、ゾンビを閉じ込める計画を進めていた。文太郎は、ゾンビの恐ろしさを身をもって知る者として、殺す以外に解決策はないと確信していた。しかし、政府の方針に疑問を抱きつつも、どうすることもできない現実に諦めを感じ始めていた。


 町から救出された人々は、政府が用意した仮設住宅で暮らしていたが、復興が絶望的と悟った者たちは新たな土地で生活を再建し始めていた。文太郎、純一、恭子もその一人で、都内に移り住んでいた。文太郎はようやく新しい日常に慣れ始めたところだった。


 そろそろ恭子が来る時間だろうか。文太郎は公園の時計に目をやり、内心で呟いた。

(もう来てもおかしくない時間か……全く、いつも遅刻だな)

 公園の入り口に視線を移すと、二人の男性が背を向けて歩き去る姿が一瞬見えた。そのシルエットに、文太郎は見覚えを感じた。

(あ、あの二人、柏木と島木じゃないのか?)

 視線に気づいたように背を向けた二人が、彼らに似ている気がした。しかし、すぐにその考えを打ち消した。

(そんなわけないか……)

 文太郎は自衛隊や政府に須藤や古谷のことを話したが、信じがたい話として受け取られた。それでも、柏木と島木と共に戦ったことも全て報告したため、自衛隊は病院に赴き、彼らを保護しようとした。だが、病院にはすでに100匹以上のゾンビが徘徊しており、生存者が確認されない限り射殺できない方針の下では、進入は不可能だった。


 自衛隊員の話では、あの病院に生存者がいるとは考えにくいとのことだった。文太郎もそう思っていたが、心の片隅では「あの二人ならしぶとく生きているかもしれない」と感じていた。あの短い共闘の中で、柏木と島木には何か不思議な幸運が宿っている気がしてならなかった。


 彼らとの戦いを思い出し、文太郎は懐かしさと複雑な感情に浸った。あの日ほど最悪で、かつ充実した日はなかった。そんな思いに耽りながら入り口を見ていると、そこから恭子が姿を現した。

 彼女は文太郎に気づくと、遅刻を気にする様子もなく、無邪気な笑顔で手を振った。

「文太郎くん! ごめんねー。今日ちょっと遅れちゃったぁ!」

 走り寄ってくる恭子に、文太郎は内心で突っ込んだ。

(ったく……『今日ちょっと』じゃなくて、いつも遅刻だろ。まあ、いいけど)

 それでも、嬉しそうな顔で手を振り返した。


 春の日差しが二人を優しく包み込む中、過去の恐怖と戦いの記憶は遠くに霞んでいた。新しい生活の中で、文太郎と恭子は互いを支えながら、日常の小さな幸せを見つけ始めていた。

 完



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