20話 不死の巨獣 須藤の逆襲
須藤の顔が怒りで歪み、獣のような咆哮を上げると、柏木と島木へ向かって突進した。その巨体が地を震わせる勢いは凄まじく、まるで暴走する列車が迫るかのようだった。しかし、柏木と島木は動揺することなく、冷静にその姿を見据えていた。島木が腰のベルトから手榴弾を引き抜き、無造作に須藤の足元へ投げつける。
ゴロゴロと転がる手榴弾に気付いた須藤は、驚くべき跳躍力で空高く舞い上がった。その動きはまるで重力を無視した鳥のようで、爆発の瞬間、轟音と共に炎と煙が広がる中、須藤は難なく回避し、そのまま柏木と島木の上に着地しようと狙いを定めた。
須藤の意図は明らかだった。二人の身体をその巨躯で押し潰すつもりだ。しかし、柏木は右へ、島木は左へと素早く転がり、間一髪でその攻撃をかわした。
着地した須藤はすぐさま島木へと向き直り、再び走り出す。だがその瞬間、足元に何かがぶつかった感覚に気付く。見下ろすと、そこにはもう一つの手榴弾が転がっていた。島木が転がる前に仕込んでいた罠だった。須藤が再び跳ぼうとした瞬間、手榴弾が爆発。爆風と破片が須藤の全身を襲い、血が飛び散った。だが、須藤は平然とした表情で立ち続け、痛みなど感じていないかのようだった。
そして再び島木へと突進する。その迫力に島木の顔が恐怖で引きつった。須藤が右拳を握り、正拳突きを繰り出そうとしたその時、後方から柏木の声が響いた。
「おい! 須藤! お前の相手は俺だ!」
須藤が振り返ると、そこには誰もいない。罠だと気付いた須藤が慌てて島木の方を見直すと、すでに島木の姿は消え、代わりに二つの手榴弾が足元で転がっていた。須藤は咄嗟に両腕で顔を庇う。次の瞬間、爆発が起こり、煙が辺りを包んだ。
煙が薄れると、須藤は再び血まみれの姿で立っていた。しかし、その傷は驚異的な速さで癒えていく。コンテナの陰から様子を窺っていた柏木に、島木が駆け寄り、息を切らせながら言った。
「柏木さん、助かりました。」
「島木、無事だったか。安心したぜ……だが、見ろ。あいつの傷があっという間に回復してる。」
柏木が指差す先で、須藤の身体がみるみる元通りになっていく。
「さすがレアっすね……。柏木さん、どうすりゃいいんですか?」
島木の声に焦りが滲む。柏木は一瞬考え込み、決意を込めて言った。
「ゾンビの弱点は頭だ。そこを狙うしかねえ。島木、俺が囮になる。お前は隙を見て須藤の頭を吹っ飛ばせ!」
「分かりました。こうなったらやってやりますよ!」
「いくぞ!」
柏木がコンテナの陰から飛び出し、須藤に向かってアサルトライフルを乱射しながら走り出した。銃弾が須藤の身体に次々と命中するが、須藤は意に介さず突進してくる。
「くそ! バケモノ!」
柏木が頭を狙って引き金を引くも、須藤は再び跳躍し、銃弾を回避。そのまま柏木の上に着地しようとする。だが、柏木はそれを予測し、前転で横に逃れた。しかし、須藤の攻撃は終わらない。着地の瞬間、地面に強烈な蹴りを叩き込み、地響きと共に部屋全体が揺れた。
バランスを崩した柏木は尻餅をつき、心の中で叫んだ。(しまった!)
顔を上げた瞬間、目の前に須藤が立っていた。須藤が右拳を振り上げ、柏木の頭を潰そうとしたその時、突然、柏木の胸ぐらを掴み、後方へと投げ飛ばした。
その方向には島木がいた。須藤は島木が後ろから銃を構えているのを見抜き、柏木を盾に使ったのだ。投げられた柏木と島木が激しく衝突し、二人は地面を転がった。
「うう……。」
衝撃で起き上がれない二人に、須藤が近づき、両手で二人の頭を鷲掴みにした。戦闘用ヘルメットがバキバキと音を立てて砕け、痛みに耐えきれず二人が悲鳴を上げる。もう終わりだと覚悟したその瞬間、須藤の前に人影が現れた。
須藤でさえ驚きを隠せなかった。気配すら感じなかったその人物の顔を見ると、赤く光る目が際立っていた。ゾンビだと理解した須藤は安心し、心の中で命じた。
(おい、あっちに行け!)
だが、そのゾンビはニヤリと笑い、命令を無視した。須藤が違和感を抱いた瞬間、ゾンビが腰を落とし、全身を震わせながら掌底を繰り出した。その一撃が須藤の顎に直撃し、爆発のような衝撃が須藤を襲った。柏木と島木を離し、須藤は五メートルも吹っ飛んだ。
そのゾンビは古谷だった。倒れ込む柏木と島木に目をやり、古谷が静かに言った。
「二人ともよくやったな。この瞬間を待っていた。」
古谷は須藤に向かって歩を進める。須藤は震える足で立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。無敵のはずの自分がなぜ倒れているのか、須藤は衝撃を隠せなかった。古谷はそんな須藤を満足げに見つめ、伊達の方を振り返った。
「伊達くん、ありがとう。先ほどの技は君が病院で女ゾンビに使った衝撃を浸透させるものだ。見よう見まねだったが、私にもできたよ。」
伊達は驚愕の表情で古谷を見つめた。あの技をどこで見たのか、そして一度見ただけで再現し、さらに自分以上の威力で放つとは。古谷が須藤の前に立つと、膝蹴りを顔面に叩き込んだ。須藤が吹っ飛び、起き上がろうとするたびに古谷の攻撃が続き、そのたびに再び倒れる。
だが、須藤も反撃に出た。古谷が回し蹴りを放とうとした瞬間、足首を掴み、コンテナへと投げつけた。須藤が跳躍し、追撃の蹴りを繰り出すも、古谷は瞬時に移動し、須藤の視界から消える。次の瞬間、上空から古谷が降り、脳天に蹴りを叩き込む。須藤は地面に這いつくばり、古谷の容赦ない連蹴が続く。
一時的に攻撃が止んだ瞬間、須藤が不意のパンチを放つ。油断していた古谷は両腕で防御するも、その威力に吹っ飛ばされた。古谷は感嘆の表情で須藤を見た。
「さすがレアゾンビだ。私のスピードと威力でも頭を破壊できないとは……。やはりお前を倒すには伊達くんの技しかない。」
古谷が超スピードで須藤の周りを動き始め、その残像を須藤が攻撃する中、突然、須藤の右腕が吹っ飛んだ。古谷の手刀が切断したのだ。驚愕する須藤だが、左腕で攻撃を続けるも空を切るばかり。そして古谷が目の前に立ち、再び衝撃を浸透させる技を放つ。
凄まじい衝撃音が響き、古谷がニヤリと笑う。須藤は睨み返すが、やがて膝から崩れ落ちた。古谷が右手を高く掲げ、手刀を須藤の首に振り下ろす。「ドシュ」という鈍い音と共に、須藤の首が胴体から切り離され、地面を転がった。
勝負は決した。古谷の勝利だった。須藤の首を手に持つ古谷は、柏木と島木のもとへ歩み寄る。二人はダメージから少し回復し、ヨロヨロと立ち上がった。三人が何事か話し合った後、伊達の方へ近づいてきた。古谷が口を開く。
「伊達くん、ありがとう。君がいなかったら私たちは死んでいたかもしれない。感謝する。」
だが、伊達は三人の様子に嫌な予感を抱いた。このまま解放される気配がない。
「別に礼はいらない。須藤は死んだ。俺はお役御免だろ?」
古谷は微笑みながら首を振った。
「伊達くん、残念ながら君をこのまま町から出すわけにはいかない。私たちと一緒に行ってもらうよ。」
「なぜだ! 俺に何の用がある?」
「君はゾンビになる前とはいえ、須藤に勝った男だ。もしかしたらレアゾンビの素質があるかもしれない。本部で研究させてもらうよ。」
「ふざけるな! 俺をゾンビにするつもりか!」
「これは決まったことだ。抵抗しても無駄だ。」
古谷が島木に目配せすると、島木は複雑な表情で銃を伊達に向けた。
「悪いな……伊達。一緒に来るんだ。」
抵抗が無意味だと悟った伊達は、渋々従った。四人は恭子と純一が出ていった扉へと向かい、古谷を先頭に、伊達、柏木、島木の順で進んだ。古谷の手に握られた須藤の首が、伊達の方を向いている。その顔は眠るように穏やかだった。
歩きながら須藤の顔を見つめていた伊達は、ふと異変に気付く。一瞬、須藤の眉が動いたように見えた。ハッとして立ち止まる。後ろの柏木と島木が怪訝な顔で伊達を見た。
「どうした。早く歩け。」
柏木の声にも、伊達は恐怖で固まったまま動かない。
「何か変だろ?」
再度促され、伊達は震える声で答えた。
「今、須藤の眉が動いたような……。」
柏木と島木が顔を見合わせる。
「おい、島木、お前何か見たか?」
「いえ……気のせいじゃないですか?」
島木がキョトンとする中、伊達が突然叫んだ。
「須藤は死んでない! 生きてるぞ!」
驚いた二人が古谷の持つ須藤の首を見ると、先ほど閉じていた目が開いている。柏木が叫んだ。
「古谷さん! 須藤の目が開いてる。生きてるぞ!」
振り返った古谷が首を確認し、驚愕の声を上げた。
「何!?」
その瞬間、上から何かが落ちてくる音がした。ドンという衝撃と共に、古谷が押し潰された。伊達、柏木、島木が上を見上げると、そこには首のない須藤の胴体が立っていた。
胴体は古谷の手から首を奪い取り、自分の首に取り付ける。あっという間に首が癒着し、切断された右腕も再生していた。三人は呆然とその光景を見つめた。須藤が獣のような雄叫びを上げ、三人に向かって立ちはだかった。