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16話 捕らわれの恭子と迫る群れ

 恭子は息を切らせて裏口へと急いでいた。

 心の中では疑念が渦巻いている。自衛隊を名乗る男たちが本当に自衛隊員なのか、彼女にはどうしても信じきれなかった。もし文太郎の家で自分たちを襲った連中の仲間だったとしたら――文太郎が裏口でその一味と鉢合わせし、捕まってしまうかもしれない。その考えが頭を離れず、恭子はいてもたってもいられなかった。足を速め、裏口へ向かうその時、向こうから池澤が歩いてくるのが目に入った。

「文太郎くんは? もう外に出ちゃった?」

 恭子が勢いよく声をかけると、池澤は彼女の慌てぶりに驚いた様子で答えた。

「あ、ああ、もう外に出たぜ」

「そう、ありがとう」

 恭子はそれだけ言うと、再び走り出した。

「おい、待てよ!」

 池澤が慌てて追いかける。「恭子、ちょっと聞きたいことがあるんだ。待ってくれ!」

 恭子は面倒くさそうな顔で振り返った。「何よ、今急いでるんだけど。後にしてくれない?」

 池澤は彼女の言葉を無視して畳みかける。「お前、あの伊達ってやつといつから知り合いなんだ? お前はあいつがあんなに強いって知ってたのかよ?」


 恭子は仕方なさそうにため息をつき、答えた。「知り合いは知り合いよ、同級生だもん。それと、文太郎くんが強いかどうかは今日まで知らなかったわ」

「今日まで?」

「ええ、文太郎くんは今日、須藤圭一と戦って勝ったのよ」

「何!?」

 池澤が信じられないといった表情で恭子を見つめる。

「はい、答えたわよ。それじゃ」

 恭子は足早に去ろうとしたが、池澤が再び追いすがる。

「ちょっと、なんでついてくるの?」

「恭子、伊達のところに行くのか?」

「そうよ。だから何?」

「なんで伊達のところに行くんだよ。もう外に出たぞ」

「なんでもいいでしょ」


 二人は走りながら言葉を交わし、いつの間にか裏口近くにたどり着いていた。恭子が廊下を曲がって裏口へ向かおうとした瞬間、急に立ち止まり、池澤を振り返って小声で囁いた。

「静かに。誰かいるわ」


 裏口付近で話し声が聞こえる。池澤と恭子は壁に身を寄せ、池澤がそっと覗き込む。「親父だよ。それと、あれは自衛隊の連中だな。さっき伊達が裏口から出た後、ロビーに戻る途中で親父とすれ違った。その時、自衛隊が助けに来たって聞いたぞ」

「本当に自衛隊かしら……」

 恭子の声には疑念が滲む。

「何?」

「静かに! こっちに来るわ。あっちのトイレに隠れましょう」

 二人は近くの女子トイレに飛び込んだ。

「お、おい。ここは女子トイレだぞ」

「静かに!」

 息を潜めていると、まず池澤の父親が通り過ぎ、次に自衛隊を名乗る男たちが続いた。

「行ったわね。それじゃ裏口から外に出ましょう」

 恭子がトイレから出ようとすると、池澤が止める。「ちょ、ちょ。外に出るって正気か? 自殺行為だぞ」


 恭子は無視して裏口へ歩き出したが、突然立ち止まった。「まずいわ。裏口に誰かいる」

 覗いてみると、銃を持った二人の男が立っている。「う〜ん、困ったわね。どうすれば……」

 恭子が考え込んでいると、裏口の扉が開く音がした。二人がそっと覗くと、武装した男たちがゾロゾロと入ってくる。その中に、両手を後ろに縛られた二人の男が混じっていた。彼らは恭子たちのいる方向へ向かってきた。

「こっちに来る。隠れましょう」


 再び女子トイレに身を隠す。武装した男たちと縛られた二人が通り過ぎていく。

「何であの二人、手を縛られてるのかしら……」

 恭子が呟きながら進む先を見つめる。

「さあ……」

 池澤は興味なさげに応えた。

「あの二人を追いましょう」

 恭子が男たちの後を追い始める。

「お、おい、なんでだよ。伊達のところに行くんじゃないのか?」

「文太郎くんは大丈夫よ。もし奴らに見つかっていたら、さっきの縛られた男たちみたいに連れて行かれてるわ。きっと鉢合わせる前に隠れたのね」


 恭子は武装した男たちと縛られた二人が院長室に入るのを確認した。しばらくすると、白人の武装した男が院長室へ入り、その後、数人の男たちと一緒に出てきてロビーへ向かった。

「あそこって院長室よね……とりあえず行ってみましょう」

「マジかよ〜」

 二人が院長室の扉前にたどり着くと、中から怒鳴り声と殴打音が響いてくる。

「きっと、さっきの縛られた二人組が殴られてるのね。あの二人何者なのかしら?」

「さあ、こいつらの仲間なんじゃねーの?」

 池澤は興味なさそうに答える。恭子はしばらく考え込んだ後、決意した表情で言った。

「中にいる二人組を助けましょう」

 驚いた池澤が止めようとするが、恭子はすでに扉をノックしていた。


「すみません、先ほどから大きな音が聞こえるのですが、何かありました?」

 一瞬、院長室が静まり返る。だが、突然ガシャンと大きな音がし、もみ合うような物音が続いた後、静寂が訪れた。恭子は意を決して扉に手をかける。

「恭子! 中に入るつもりか? やめとけ! 危ねえぞ」

 池澤が恭子の手を掴み、開けさせまいとする。

「大丈夫よ! いいから離して!」

 恭子は振りほどこうとするが、池澤の力は強く、簡単には動かない。彼女は何度も腕を振って抵抗し、池澤は手首を強く握って抑え込んだ。すると恭子が悲鳴を上げてうずくまる。

 慌てた池澤が手を離す。怪我をさせたかと焦った瞬間、恭子が素早く立ち上がり、扉を開けた。悲鳴は池澤を騙す演技だったのだ。

「恭子! 入っちゃダメだ!」

 池澤が叫ぶが間に合わず、仕方なく彼女を追って院長室へ入る。

「恭子」

 池澤が声をかけると、恭子は周囲を見回しながら応えた。

「あの二人組がいないわ……」

「マジかよ……確かにこの部屋に入ったぞ」

 池澤も見回すと、気絶した武装男二人を床に発見する。だが、縛られていた男たちではない。恭子が辺りを調べ始め、何かを見つけた。

「これ見て」

 本棚の脇を指差す。

「本棚? これがどうした?」

「違うわよ。本棚の脇の絨毯に擦れた跡があるでしょ」

「ほんとだ。何だこれ……」

「おそらくこの本棚、横にスライドするのね。後ろに隠し扉があるはずよ」

「はあ? 何だよそれ、スパイ映画じゃねえんだぞ」

 池澤が呆れるが、恭子は本棚の本を抜いたり戻したりを繰り返す。すると一冊を抜いた瞬間、本棚がスライドし、鋼鉄の扉が現れた。

「嘘だろ……」

 池澤が信じられない顔で呟く。

「あの二人、どうやらこの扉の中に入ったみたいね。でも、生体認証装置がついてる。私たちじゃ入れないわ。仕方ない、一旦ここから出ましょう」


 二人が院長室を出ようとした瞬間、扉が勢いよく開き、吉井と部下が現れた。吉井は恭子と池澤を見て驚く。

「あなたたち、ここで何をしている?」

 答えを待たず周囲を見回し、気絶した部下と鋼鉄の扉を見て状況を即座に把握した。

「灯台下暗しとはこのことですね。この部屋だったとは……」

 そして二人に目を向ける。「あなたたちはなぜここにいる? 答えなさい」

 恭子が平然と答えた。「すみません、たまたま通りかかったら大きな音が聞こえたんです。何事かと思って入ったら、この人たちが倒れてたんです」

 吉井は恭子の目をじっと見つめ、彼女も負けじと見返す。

「そうですか……分かりました。ここは我々に任せて、ロビーへ行きなさい。もう少し我慢すれば皆助かりますよ」

「はい、ありがとうございます」

 恭子が笑顔で礼を言うと、二人は部屋を出ようとする。池澤が安堵して声をかけた。

「恭子、早く行こうぜ」


 その言葉に吉井がハッとし、恭子を見る。「待ちなさい。あなた……吉田恭子ですか?」

 恭子は無視して立ち去ろうとするが、池澤が驚いた顔で吉井を見た。吉井はその表情で確信する。

「と言うことは、あなたが伊達文太郎ですか?」

「はあ? 俺は伊達じゃねえよ。ってか何で俺が伊達なんだ?」

 池澤が困惑した顔で返す。恭子は呆れた顔で池澤を見ていた。

「あなた、この二人を捕まえなさい」

 吉井が部下に命じると、部下が池澤の手を掴む。だがその瞬間、池澤が左フックを部下の顔に叩き込み、一撃で吹っ飛ばす。吉井は感心した表情で呟いた。

「すごいパンチ力ですね。あなた、私の部下に欲しいですよ」

「はあ? さっきから何だよそのわけ分からん話。俺たちは関係ねえ。恭子、行くぞ!」

「ダメです。逃がしませんよ」

 吉井が池澤に近づく。池澤が右ストレートを繰り出すが、吉井は難なくかわす。続けて左フックを放つが、それも避けられた。

「ボクシングをやってるようですね。なかなかのスピードと威力です」

 池澤は吉井の動きに一瞬慎重になる。

(こいつ、弱そうなオッサンなのに俺のパンチを避けやがる……身長は伊達と同じくらいか。165センチくらいだな)


 池澤は176センチ。吉井を10センチ上回るが、相手は普通のサラリーマンのような顔つきで強そうには見えない。池澤は完全に舐めていた。

(こんなオッサン、俺のパンチが当たれば一発だ。いつまで避けられるかな)

 ジャブを繰り出し、吉井の顔に数発当てる。気を良くした池澤はフットワークで左右に動き、左ジャブを追加で命中させる。

(いける! こんなオッサン、俺の敵じゃねえ)

 チャンスと見て右ストレートに力を込めるが、その瞬間、顔が苦痛に歪む。吉井の前蹴りが金的に直撃したのだ。池澤が股間を押さえると、吉井が指で目を狙い、スライドさせる。さらに肘打ちをコメカミに叩き込み、池澤はその場に崩れ落ちた。

「うう……」

 痛みに呻く池澤。勝負は吉井の勝利だった。吉井は池澤のポケットから財布を取り出し、免許証を確認する。

「貴方、強いですが勝ちを確信すると油断しますね。直した方がいいですよ。フフ。なるほど、あなたは池澤徹という名前ですか。本当に伊達文太郎ではないようですね」

「だから、さっき言ったろ。俺は伊達じゃねえって」

 池澤が痛みを堪えて睨む。吉井は興味を失ったように彼を無視し、鋼鉄の扉の前に立つ。

「さて、研究施設への扉は見つけましたが、どうやって開けるか……」

 その時、突然鋼鉄の扉が開いた。

「扉が……」

 吉井も驚きを隠せない。

「これは……罠か? どうしましょうか」

 考え込む吉井の前に、部下が血相を変えて飛び込んできた。

「隊長! 大変です!」

「どうしました?」

「病院の前に100匹以上のゾンビが集まっています!」

「何!?」

「それだけじゃありません。ゾンビの群れの先頭にレアゾンビを確認しました」

「確かですか?」

「はい。Cチームが全滅前に送ってきた画像と同じゾンビです」

「なぜゾンビの群れとレアゾンビが……病院には入ってきてないのか?」

「はい、理由は分かりませんが、病院の前で止まっています。どうしますか?」

 吉井が即座に指示を出す。「急いで全員をここに連れてきてください」

「分かりました」

 部下が去ると、すぐに仲間が集まってきた。


「みなさん、この扉から中に入ります。ここが我々の目的の場所です。行きましょう」

 吉井の命令に部下たちは躊躇なく扉へ入る。

「それと、そこにいる女性も連れて行きますよ」

 部下が恭子に拳銃を向け、扉へ促す。恭子は仕方なく従った。池澤は苦々しい思いで見つめる。

 恭子が池澤に声をかける。「徹、お父さんをお願い」

 池澤は黙って頷く。吉井が近づき、池澤に告げた。

「池澤くん、もし伊達くんに会ったら伝えてください。恭子さんを助けたかったら我々の後を追って来るようにと」

 池澤は吉井を睨みつけるが、吉井は気にせず扉の中を見た。

(罠かもしれないが、仕方ない。ここに留まればレアゾンビに殺されるだけだ)

「さあ、鬼が出るか蛇が出るか……行きましょうか」

 吉井と恭子が最後に扉の中へ消えた。



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