15話 ゾンビの町の黒幕
院長室の扉が静かに開き、武装した男が足を踏み入れた。続いて、両手を後ろに縛られた二人の男が現れ、その背後に銃を突きつけるもう一人の男が続く。
「隊長、柏木と島木を連れてきました」
最初に入った男が、来客用のソファに腰を下ろした吉井に報告する。吉井は満足げな笑みを浮かべ、ゆったりと応えた。
「ご苦労様。お二人とも、どうぞ前のソファにお座りください」
院長室にはテーブルを挟んで二つのソファが対面に置かれている。銃を持った男が柏木と島木を吉井の前のソファに押しやり、座らせた。しばらく重い沈黙が流れる中、吉井が突然、柏木に目を向けて口を開いた。
「柏木達也、27歳。名戸ヶ谷病院から委託を受けた清掃会社『ピカピカスマイル』勤務」
柏木は無言で吉井を見つめるだけだ。吉井は視線を島木に移し、淡々と続ける。
「島木竜二、22歳。同じく『ピカピカスマイル』勤務」
島木もまた、何も言わず吉井をじっと見つめる。吉井は二人の視線を無視し、言葉を重ねた。
「だが、その清掃業は仮の姿。本当は人間を凶暴化させるゾンビウイルスを開発した組織の戦闘部隊員ですよね? 間違いありませんか?」
柏木も島木も口を閉ざしたまま。吉井は小さくため息をつき、話を進める。
「二人とも、時間を無駄にするのはやめましょう。もうすぐ自衛隊と米軍がこの町に突入します。お互い、その前にここから脱出しなきゃいけないでしょう?」
それでも二人は黙り込む。吉井は構わず続ける。
「時間がありませんから、私が全て正直に話します。いいですね? まず、あなたたちと同じ部隊にいた小坂と立花は我々のスパイでした。だから、『ピカピカスマイル』の従業員が全員組織の戦闘部隊だということは分かっています」
その言葉に、ポーカーフェイスを保っていた柏木と島木の表情が一瞬揺らぐ。吉井はさらに畳みかけた。
「そして、この病院の院長、古谷敏夫があなたたちの組織の地方協力本部長だということも知っていますよ」
柏木がため息をつき、初めて口を開いた。
「なるほど、全て知ってるってわけか……で、全てを知ってるのに俺たちをここに連れてきた意味はあるのか? ないならさっさと殺せよ」
吉井は穏やかに答える。
「もちろん意味はあります。私が全てを知っていると言っても、知らないこともある。それは古谷敏夫の居場所です。それを教えてもらうために、ここまで来てもらいました」
「さあね、どこにいるやら。たとえ知ってたとしても答える義理はないな」
柏木は吉井を睨みつけ、冷たく言い放つ。吉井は再びため息をついた。
「古谷は必ずこの病院にいます。いや、この病院の地下にいますよね。この地下にはゾンビウイルスの研究施設がある。私たちはそこへ行き、古谷と研究資料を手に入れたいんです。だが、その施設に入れるのはあなたたち組織の人間だけ。だから、私たちをその施設に入れて欲しいんです」
柏木は睨むのをやめ、そっぽを向いて吐き捨てる。
「それはお断りだね」
「そう言わずに協力してください。ここまで来るのに相当な努力と苦労があったんですから」
吉井がニヤリと笑う。その表情を見て、柏木が何かに気づいたように目を細めた。
「そうか……この騒動、お前たちが起こしたんだな?」
吉井はあっさり認めた。
「ええ、その通り。この騒動を利用して、あなたたち戦闘部隊が処理活動に追われている隙に、地下の研究施設に潜り込もうとしたんです。あなたたちは研究施設で作ったゾンビを無人島に運びますよね? 何百ものゾンビをここに置いておくわけにはいかない。私たちはゾンビを運ぶ車両を事故に見せかけて横転させ、ゾンビを逃がしました。思惑通り、ゾンビはこの町で暴れまわってくれました。だが、誤算がありました。ゾンビウイルスの感染スピードが予想以上に速く、町が壊滅状態にまで広がってしまった。小坂たちはそれに怖気づいて逃げようとしたんです」
柏木は呆れたように笑った。
「ヘッ! 小坂たちか……やっぱり愛国心じゃなく、怖くなって逃げ出したのか」
「ええ、あいつらは小物ですから。ただ、小坂たちに研究施設に入れてもらう予定だった計画が狂いました。逃げた小坂と立花を捕まえようとしたんですが、あなたたちに先を越され、殺されてしまった。そこで急遽、作戦を変更し、白羽の矢が立ったのがあなたたちです。私たちはあなたたちに研究施設を案内してもらおうと決めました」
今まで黙っていた島木が口を開く。
「決めたって言ってもなぁ。俺たちは従うつもりはねえぜ」
吉井は呆れた顔で二人を見た。
「なら、仕方ありませんね。少し痛い思いをしてもらいましょうか……」
吉井が部下に目配せすると、男たちは柏木と島木を立たせ、いきなり殴りつけた。
「痛ってー!」
島木が叫ぶ。柏木は無表情で殴った男を見返す。男たちは何度も二人を殴り続けるが、二人は口を割らない。
「なかなかしぶといですね。時間が無いというのに……」
吉井が苛立ちを隠せないでいると、院長室の扉が開いた。屈強な白人の男が入ってきて、吉井に近づき耳打ちする。吉井は頷き、立ち上がった。
「しばらく席を外します。そこの二人はここに残り、柏木と島木の拷問を続けてください。必ず口を割らせて。他の者は私と一緒に来てください」
吉井は白人の部下と共に一階ロビーへ向かった。ロビーには指示通り、病院内の人々が集まり座っていた。ロビーの端に、両手両足を縛られた女ゾンビが横たわっている。白人の部下がそれを指差し、報告する。
「これです」
吉井が驚いた顔でゾンビを見つめる。
「これは……このゾンビは死んでいるのか?」
「いえ、生きています。どうやら気絶しているだけのようです」
「気絶? ゾンビが気絶とは……麻酔で眠らせたのか? だが、ゾンビは普通の麻酔じゃ効かず、専用の強力な薬が必要なはずだ。どうやって手に入れたんだ?」
「現場を見ていた者によると、ある青年に殴られて気絶したようです」
吉井が目を丸くする。
「ゾンビが殴られて気絶? ゾンビは痛みを感じないはずだ。確かか?」
「ええ、確かです。何人も同じ証言をしています」
「ゾンビを殴って気絶させた青年とは誰だ?」
「分かりません。誰もその青年を知らないようです。このロビーにもいません」
「なるほど……その青年は一体誰だ? それと、伊達文太郎を探したか?」
「はい、探しましたが、伊達はこの病院にいないようです」
「伊達がいない……確かか? もしかして、ゾンビを気絶させた青年が伊達なのか?」
吉井はしばらく黙って考え込んだ。
「分かった。もう一度伊達を探せ。あと、この縛られたゾンビは始末して外に捨てておけ。頼む」
「はい」
白人の部下がゾンビを抱え、裏口へ歩き出す。吉井はその背中を見ながら小さく呟いた。
「伊達……文太郎か……」
「おい、柏木、島木、いい加減にしろ。こっちは殴り疲れたぞ。さっさと話せ」
院長室に残された二人の部下が柏木と島木を拷問している。二人の顔は血で赤く染まり、長髪の男が島木を、短髪の男が柏木を殴っていた。
「うるせぇ、さっさと殺せぇ」
島木が掠れた声で悪態をつく。
「チッ! しぶといなぁ」
長髪が面倒くさそうに右フックを島木の腹に叩き込む。
「うぐっ」
島木がうめき、うずくまる。
「てめぇ、いい加減にしろ。自由になったら絶対ぶっ殺してやるからな」
「ふん! やれるもんならやってみろよ」
長髪が島木を立たせ、再び腹にフックをぶち当てる。
「おい、柏木、お前はどうだ?」
短髪が柏木の顔面を殴る。
「うぐっ」
柏木も呻くが、余裕を見せるように憎まれ口を叩いた。
「俺も右に同じだ。さっさと殺せ。じゃないと俺がお前を殺すぞ」
「てめぇ! いい加減にしろ!」
短髪が殴りかかろうとした瞬間、扉をノックする音が響いた。
「すみません、先ほどから大きな音が聞こえるんですが、何かありました?」
扉の向こうから女性の声。長髪と短髪がハッとして扉を見る。その隙を突き、柏木と島木が同時にタックルを仕掛けた。二人は馬乗りになり、長髪と短髪の顔面に頭突きを何度も叩き込む。血だらけになった二人は気絶した。
「おい、島木! こいつらからナイフを奪え」
「了解っす!」
島木が長髪のナイフを奪い、柏木の結束バンドを切る。次に柏木が島木の結束バンドを切った。
「柏木さん、間一髪でしたね。ってか、やっぱ小坂と立花はスパイだったんすね。あの時ちゃんと尋問しとけば……」
「悪ぃ、まあ過ぎたことだ。いいから島木、さっさと逃げるぞ。さっきノックした女が入ってくるかもしれねぇ」
「んもぉ、調子いいなぁ。ま、いっか」
島木が壁際の本棚へ歩き、一冊の本を抜くと、本棚がスライドして鋼鉄の扉が現れた。生体認証装置に手のひらを当て、番号を入力すると扉が開く。
「あいつら、ここに研究施設の扉があるのは知らなかったみたいですね」
「ああ、小坂たちも裏切られた時の切り札にしてたんだろう。島木、研究施設には武器がある。それを取りに行くぞ」
「はい! ここから俺らの逆転劇が始まりますね!」
「ああ、奴らを皆殺しにする。行くぞ!」
二人が鋼鉄の扉の中へ入ると、扉が閉まり、本棚が元の位置に戻った。