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12話 ゾンビの王と復讐の足音

 俺は暗い森の奥深くで立ち尽くしていた。血に染まった手を見下ろしながら、呟く。「どうやら俺は化け物になっちまったようだな」。赤く光る目、口から覗く鋭い牙。鏡がなくとも、自分の異形の姿が目に浮かぶようだった。


 遠くで響く叫び声。あそこで馬乗りになって人を殴り続けている奴と同類になったのか。だが、あいつを見てみろ。理性のかけらもない。相手が誰であろうと見境なく襲いかかり、人間だった頃の記憶なんて微塵も残っていないはずだ。俺は違う。確かに体は化け物だが、心の中にはまだ人間だった頃の記憶が息づいている。あの日のゲームセンターの駐車場で、伊達が恭子を連れて逃げていく姿が脳裏に焼き付いて離れない。


 それに、他の化け物とは明らかに俺の力は別格だ。暗闇でも昼間のように見える視界。1トン以上ある車を軽々と持ち上げる怪力。そこら辺の化け物には到底真似できねえ芸当だ。さらに、感覚が異常に研ぎ澄まされている。近くに潜む人間の気配を、まるで殺気のように感じ取れる。さっきだって、伊達の家に向かった時、木の陰に隠れた三人の存在を瞬時に察知した。敵意を剥き出しにした奴らが息を潜めているのが手に取るように分かったぜ。


 そういえば、俺が森に入った時、尾けてくる奴がいたっけな。伊達を探すのに夢中で殺さず放置したが、いつの間にか消えちまっていた。あいつら、今どこにいるんだろうな……。

 そうだ、伊達だ。俺はあいつを見つけてもう一度勝負を挑まなきゃならねえ。そして、恭子を取り戻す。あの日、ゲームセンターの駐車場で伊達に恭子を奪われた瞬間が、俺の全てを変えた。あいつは恭子を連れて逃げ、俺は後を追った。恭子が教えてくれた伊達の住所を頼りに奴の家に向かった時、あの豪奢な屋敷が目に飛び込んできた時には驚いたぜ。確かにそこに伊達と恭子はいた。だが、見事に逃げられちまった。


 今度は恭子の家に足を運んでみたが、ここにも奴らの影はない。一戸建てが並ぶ住宅街は静まり返り、ほとんどの家が空っぽだ。化け物に襲われたか、住人が逃げ出したか。どちらにせよ、この一帯はすでに死に絶えたも同然だ。

「どこに行きやがったんだ……」と呟いた時、ふと思い出した。恭子の親父が入院してるって話だ。確か、名戸ヶ谷病院だったか。そこにいる可能性は高い。行ってみるしかねえな。


 恭子が化け物に襲われていないか心配が頭をよぎったが、なぜか俺の中には妙な確信があった。あいつはこんなことで死ぬような女じゃねえ。きっと伊達と一緒に上手く逃げ延びてるはずだ。だが、病院に向かう前に片付けなきゃならねえ奴らがいる。伊達の家からずっと俺を尾けてくる連中だ。恭子の家の裏の路地に潜み、じっと俺を狙ってる。十人くらいか。少し手こずりそうだな。


 そこで、あるアイデアが閃いた。俺が化け物になってから気づいた力――心の中で思うだけで、他の化け物を操れるってやつだ。さっき森を歩いてる時、邪魔な化け物に「どけ!」と念じただけで、そいつらが本当に道を開けた。不思議な力だが、こいつら俺の言いなりになるんじゃねえのか?


 試してみるか。あそこで人を殴り続けている化け物に目を向けた。「おい、お前、こっち向け!」と心の中で叫ぶ。すると、そいつが動きを止め、ぎこちなく俺の方を向いた。「そうだ、お前だ、こっちに来い」。奴はよろめきながら近づいてくる。「この家の路地裏に行け。俺を殺そうと潜んでる奴らがいる。そいつらを殺してこい」。化け物は何も言わず、俺の指示した方向へ歩き出した。


「フッ……こりゃいい」。口元に笑みが浮かぶ。化け物になっても何も変わらねえ。誰かに命令して、ムカつく奴をぶっ潰す。人間だった頃と何も変わらねえじゃねえか。あとは伊達と恭子を見つけるだけだ。

「ぎゃー!」と路地裏から響く悲鳴。俺を狙ってた奴らの声だ。銃声も聞こえてきた。どうやら俺が操った化け物を撃ってるらしい。面白い。視線を移すと、近くに五匹の化け物がうろついている。「おい、お前らも行け。路地裏に武装した人間がいるはずだ。そいつらを皆殺しにしろ」。五匹全員が一斉に動き出し、路地裏へ突入した。さらなる銃声が響き渡る。


 俺も様子を見に行くか。路地裏に足を踏み入れると、化け物と武装した男たちが激しく争っていた。男たちは銃を撃ちまくり、五匹のうち二匹を仕留めたが、残り三匹が反撃に転じていた。化け物が男たちの銃を奪い、ナイフで応戦する男たちを圧倒していく。だが、よく見ると武装した奴らは五人しかいねえ。残り五人はどこへ行った?


 遠くで走り去る足音が聞こえた。「ケッ、逃げやがったか」。まあいい。今戦ってる奴らはそこそこ手練れのようだ。このままじゃ俺の化け物がやられちまう。少し手を貸してやるか。

 近くに停めてあったバイクに目を付けた。軽々と持ち上げ、武装した男たちに向かって投げつける。「おらよ!」。バイクは弧を描いて飛び、五人のうち二人を直撃。地面に叩きつけられたバイクが何度も跳ね、轟音を響かせた。残った三人が驚愕の目で俺を見上げる。「おら、今だ、行け!残りをぶっ殺せ」。化け物三匹が一斉に襲いかかり、男たちはナイフで応戦したが、次々と馬乗りになって殴り潰されていった。


 もう抵抗する力もない三人は、赤ん坊のよううずくまるのみ。化け物は容赦なく殴り続けた。「フッ、もうこいつらは終わりだな」。残りの五人は逃げちまったが、気配は感じねえ。完全に姿を消したらしい。どうでもいいさ。


 路地裏を出て大通りに出れば、名戸ヶ谷病院はそう遠くねえ。さっさと伊達を見つけて、決着をつけるぜ。大通りへ出ると、化け物があちこちで暴れ回っているのが見えた。あと数時間もすれば、この町は化け物で溢れかえるだろう。そして全員が俺の手下になる。面白いじゃねえか。この町は俺の城だ。

「お前ら、この町の人間を一人残らず化け物にしろ!」と心の中で叫ぶ。すると、化け物たちが一斉に咆哮を上げ、人々に襲いかかり始めた。俺は悠然と大通りを歩き、遠くに名戸ヶ谷病院のシルエットが見えた時、背後から急にエンジン音が迫ってきた。振り返ると、トラックが猛スピードで突っ込んでくる。


「チッ、しまった!」。だが遅かった。トラックは俺を直撃し、勢いよく吹っ飛ばされた。痛みはない。立ち上がると、トラックから降りてきた五人がアサルトライフルを乱射してきた。咄嗟に顔をガードする。どうやら頭が弱点らしい。顔面を撃たれると死ぬかもしれねえ。厄介だ。


 周囲を見回すと、ガードレールが目に入った。引っこ抜いて頭にグルグル巻きつけると、カーブミラーに映る姿は包帯を巻いたミイラのようだ。笑えるが仕方ねえ。銃弾が顔に当たっても、ガードレールが金属音を響かせて防いでくれる。悪くねえ。


 奴らに向かって突進する。目の前の男に手刀を振り下ろすと、首が胴体から簡単に切り離された。転がった首を見て、残る四人が悲鳴を上げる。「いいねぇ、その悲鳴もっと聞かせろ」。次の一人に殴りかかると、顔面が潰れて即死。残り三人は逃げ出したが、俺は奴らが乗ってきたトラックを持ち上げ、逃げる先に投げつけた。目の前に落ちたトラックに腰を抜かした三人を捕まえ、二人に牙を突き立てる。痙攣した二人は瞬時に化け物に変貌した。


「お前ら、そこで震えてる奴を化け物に変えろ」。二匹が最後の男に襲いかかる中、上空でヘリコプターの爆音が響いた。病院の方へ飛んでいく軍用機だ。こいつらの仲間か? 邪魔なら排除するだけだ。俺の目的はただ一つ――伊達を殺し、恭子を取り戻すこと。

 病院はもうすぐだ。「待ってろよ、伊達」。俺は静かに呟き、闇の中を進み続けた。



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