土曜日
土曜日の17時、荒川沿いの階段……
「で、なんの話やったっけ?」
赤いマフラーに、白いバケットハットを深く被った那須が、斜め後ろに座っているサトテルに話しかけた。
「何や。ユーレイでも見とる顔して」
まるで何事もなかったかのように、那須はサトテルに笑って見せた。その笑顔を見て、
サトテルは何かを、諦めた。
「……キモいな。その帽子」
「仕方ないやんけ! おかんの借りとんのやから。あー……痒」
那須が、マフラーの内側を掻いた。
「あかん背中や。手ぇ届かんねん。サトテル、掻いてー」
サトテルは、立ち上がって那須のマフラーを解いた。
そこには、この間ナイフで刺した時のカサブタより目立つ、火傷の痕があった。それは赤々と背中まで広がっており、所々水膨れができている。
……サトテルの嫌いな、那須のアピールである。
友人に掻かせて、見せびらかせているのである。
サトテルは那須の、こういう所が一番嫌いだった。
言いたいことがあるなら言え。痛いならそう言え。サトテルは何度も念じていた。
……この日は、ついに言葉に出てしまった。
「グロ……」
「そーそー冬なのに日焼けしすぎてもうた……って、お前のせいやねん!! もう何度目ー!? ええ加減にせいや」
サトテルは、那須の関西弁が嫌いだ。陰キャのくせに、陽気ぶってるところが嫌いだ。
本音を隠して笑っていられるのが嫌いだ。
那須の、サトテルが嫌いな部分を全部、夕日が照らす。
大人になると、縁を切る方がしんどくなる。
ましてそれが、喧嘩しようが、どちらかが引っ越ししようが、どちらかがいつか結婚して、どちらかに孫が生まれようが、
火をつけて燃やそうが、首を落とそうが、世界が崩壊しようが……自分の前に現れるような奴なら尚更だ。
こんな気味の悪い奴が友達だと思いたくもないが、もしかしたら縁というやつは自分では結んだり解いたりできないものなのかもしれない。
それこそ、神様が雑に置いた磁石のようなものかもしれない。
第一そうでもなければ、この状況の説明がつかないのだ。
『……腐れ縁ってゾンビって意味じゃねえよ。バカ』サトテルは心でつぶやいた。
「あ、今また心の中でワシの悪口言ったやろ。ワシお前の事、ほんま嫌いやねん」
「……お互い様だ」
しかしこのままだといくら憎しみ合おうとも、何度も息の根を止めようとも、那須は自分から離れない。
そしてどうやらその現実に対して、サトテルが出来ることはない。
どうにかしなければならない気もしないでもない。でもとりあえずは、今日も顔を見れてよかった。そう思うことにしよう。
サトテルは考えることを後回しにした。
荒川に沈む夕日が二人の影を、1枚の絵のように川に映し出していた。
マグネット・マン 了