木曜日
木曜日、17時の荒川……
「なあ、1億円もらえる代わりにカップラーメンしか食えへんってなったらどないする?」
サトテルと那須が、今日も川沿いの階段に座っている。
昨日と違うのは、珍しく那須の話をサトテルがちゃんと聞いていることである。
「なんや。ユーレイでも見とるような顔して」
「ああ?……おう」
「で、どないする? カップラーメンしか食えない人生を受け入れるか? しかも豚骨味」
「……一億円のカップラーメン食ってから死ぬ」
「何やねんそれ! うわ! 世界一つまらん解答やんそれ! 芸術モンやで!
絶好調ですなーサトテル先生。どうです? 世界一つまらん賞を受賞した今の感想は」
那須はエアーマイクをサトテルに突きつけた。
サトテルはその手を振り払うと、立ち上がって帰ろうとした。
「は!? 帰んの!? ワシせっかく新幹線乗ってきたのに!?」
サトテルは大きくため息をついた。
そのご好意自体が余計なのだ。
一緒に居ることが、那須を苦しめていく。
それは普遍的なことでは決してなく、状況は悪くなっていく一方なのだ。
その事実は那須の強がりも相待って、余計にサトテルを辛くしていく。
今まで何度も何度も離れようとした。なのに、目の前の景色だけがどうにも変わらない。
「もう勘弁しろよ……」
「何が」
「おかしいだろ。なんで来るんだよ」
「何でって、お前が寂しいしてるって思ったからはるばる来てやったんやんけ」
「来いなんて一言も言ってねえだろ。あと、元々、ここは『お前ん家の近所』じゃん。
お前引っ越したんだったらここでダベってる理由ないのよ」
「冷たいこと言うなや。せっかく会えたんやし。ワシ感動したで。サトテル待っててくれた! って。なんか安心したわ」
「まさか本当に来ると思ってなかったんだよ! ……なあもうやめよ。やっぱりおかしい。これは」
「せやから、元々お前がここにくるのが悪いやないか」
「……そうだな。お前の言う通りだわ。もう来るのやめるわ俺。
高校卒業したら会おうぜ」
「何よー。ワシな、お前のそう言うとこ嫌いやねん」
那須の言葉がサトテルの背中に当たる。
サトテルは背中を向けたまま……
「俺はさ、お前の事、友達だと思ってるよ」
「……何やねん。調子狂うやないか。中指立てえやいつもみたいに」
「だけど、特別な存在じゃない。普通の友達だ。だから、ずっと一緒にいられたんだろ。
お前、前に言ってたよな。『大人になったら縁切る方がしんどい』って。
何だか今わかる気がする。それ。
でもそれで良くね? それが何だよ。大した事じゃ事じゃないだろ。
2、3年に一度、思い出したら会おうぜ」
「そう言う台詞を背中で喋んなや! カッコつけとんのけ?! 誰に向かって喋ってるんやお前は」
「そーだな。独り言だよ気にすんな。とにかく、フツーの友達らしくしようぜ。
フツーに勝手にそれぞれ生きて、フツーに勝手に会いたくなったら会おうや」
サトテルは、再び那須を見る事なく歩き出した。
「なあ! それでお前は大丈夫なん!? ……後悔すんなよ、阿呆!!」
そう言われて、初めてサトテルは振り返り……
「その言葉も、今日には忘れるぜ」
と、フツーの友達にするように中指を立てた。
二人の言葉を、川が海に押し流していく。
こんな思い出もきっと、これからの二人の長い人生の中では薄まっていき、
現実だったのか、夢だったのか、妄想だったのか、その境界を曖昧にしていく。