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努力や才能の方向性

「ランチの時間ですよ~」

 女性型アンドロイドの職員さんが、トレイに乗せられた食事を運んで回っている。

 僕の前にも1人分の食事が置かれた。


「僕もいいんですか?」


「ええ、もちろんです。見学者の方にも、療養者の人たちと同じ食事が提供されるようになっていますから」

 アンドロイドの職員さんがニッコリと笑って答える。見た目だけなら、本物の人間と変わらない。むしろ、現代人よりもアンドロイドの方が表情豊かなくらいだ。


 療養センターで食事が無料で提供されるのは、別段不自然な話ではない。なにしろ、この世界にはお金が存在しないのだ。

 街中であれば、どこでも定食屋やコンビニがあって、フラリと気が向いた時に入って、焼き肉定食だとかサンドイッチだとかおにぎりだとかを注文して食べればいい。


 僕は腕につけたデバイスを操作し、ホウセンカを呼び出す。

 ひとりで食べるのも味気ないので、話し相手になってもらおうと思ったのだ。

 瞬時に17歳女性の立体映像が飛び出してくる。


「アラ~?どうした?テオちゃんは、ひとりで寂しくなっちゃったかな~?お姉さんがいないと、ひとりでご飯も食べられないかな?」

 ホウセンカが笑いながら言う。

 彼女なりのユーモアというか、コミュニケーションの取り方なのだろう。


 僕はちょっとイラッとしながらも答える。

「ああ、そうだよ。ひとりぼっちは寂しいからね。君がいないと食事もまともに取れないよ」


「それはよかった♪それでこそ、私も働きがいがあるというものだわ。テオの幸せのために誠心誠意尽くす。それが私の役割ですからね」

 これまた笑いながら答えるホウセンカ。


 トレイの上に乗っているのは、ご飯と焼いたお肉、レタスやトマトの入ったサラダ。それに、何かよくわからないスープ。その辺の定食屋に入って適当な物を注文すれば、これと同じような料理が出てくる。


「200年前も、人間はこれと同じような物を食べていたのかい?」


 僕がたずねると、ホウセンカは頭の中でパパッと検索し、すぐに答えた。

「そうね。大体似たような物だったわ。もちろん、お肉も工場で作られるわけじゃなく、本物のウシやブタだったけど。野菜も畑で育てられていた時代ね」


「今はなんでも工場だからな。それも、人間が作ってるわけじゃない。ロボットが自動でどんどん量産してくれる。人間なんて見てるだけ。それも、ほんのわずかな人数でいい」


「でも、味は変わらないでしょ?培養肉も工場産の野菜も、本物のお肉や畑で育てた野菜と同じはず」


「その“本物のお肉や野菜”を食べたことないから、違いがわからないよ」


「アラ?そう?それは失礼」


 僕は食事を続ける。味気ない食事だ。

 だが、それは料理のせいではない。料理自体は申し分がない。人類は何百年もの時をかけ、加工食品の味を向上させていった。

 塩分や糖分をひかえ、栄養素満載。それでいて、人間の舌に合うように料理法を改善していった。

 結果、“理想の加工食品”とでもいうべきものを誕生させた。


 ただ、それも毎日続くとなるとどうだろう?

 もちろん、料理の種類も豊富だ。パスタだろうがカツ丼だろうがステーキにギョウザにシュウマイ。望めば満漢全席だって出してくれるかも。

 問題はそこにはない。問題があるのは僕の人生の方。考え方の方だ。


 毎日毎日、同じ日々の繰り返し。

 何をすればいいのか?何を目的に生きていけばいいのか?がわからない。自然と食事の方も味気なくなるというものだ。たとえ、世界最高の料理人が超一流の料理を作ってくれたとしても、僕が生き方を変えない限り、味気ない食事が続くだけだろう。


「200年前にも定食屋とかコンビニとかはあったんだろう?」

 退屈をまぎらわせるために、僕はホウセンカにたずねる。


「ええ。もちろん、その頃はお金を払って食事をしたり商品を購入したりしていたのだけど。定食屋なんて、江戸時代にはもうあったわよ。居酒屋だったら、平安時代ね」


「じゃあ、人間は何百年も…あるいは1000年も2000年も同じような暮らしをしてきたわけか」


「根本的な意味ではね。人間だって動物の一種だもの。食べたり飲んだりをしないと生きていけないでしょ?そこの部分は変わらないわ。けど、それ以外の部分は大きく変わっていった」


「たとえば?」


「たとえば…そうねえ。洗濯は便利になったわ。料理だって自分で作らずに済むようになったし、服だって昔は1つ1つ手で縫っていたのよ。家1つ建てるにしてもそう。今はみんなロボットが自動でやってくれるでしょ?それも、建築資材はみんな工場で作って、現場では組み立てるだけ。プラモデルみたいなものね」


「昔は大変だったんだ?何でもかんでも人間が手でやっていて。ムダな労働も多かった。忙しくてたまらなかったんだなぁ…」


「その通りよ。便利な時代になったものでしょ?テオ、あなたもっと感謝しないと。こんな便利で自由な時代に生まれて」


「だけど、それが問題でもある」


「問題?なぜ?」


「だって、そうだろう。どんな作業もどこかの誰かがやってくれる。人間でなくとも、AIとかロボットとか。じゃあ、人間は一体何をすればいい?退屈でたまらないったらありゃしない」


「ワガママな子ね」と、ホウセンカはあきれ顔になる。


 僕はその言葉を無視して周囲を見回す。

 フローガさんもクリマタさんも、他の療養者と同じように黙って食事を口に運んでいる。

 一体何が楽しくて生きているのだろうか?何も楽しくないから、こんなところで暮らしているのかもしれない。


「さっき話をしたクリマタさんって男の人。お金がないからつまんないんだって。この世界からお金が消滅したから、だから世界は退屈になったんだって。そう言ってた」


「一理あるかもね」と、ホウセンカ。


「ホウセンカもそう思う?世の中からお金がなくならない方がよかったって?」


「どうかしら。確かに、お金がなくなって退屈にはなったかもしれない。けど、代わりに得たものもあるでしょ?」


「君らAIが生まれて、僕ら人間が便利になったように?」


「そうよ」


「けど、それによって迷惑をこうむった人たちもいたろう?たとえば、絵を描いていた人とか、作曲家に作家に。みんなみんなAIがやってくれるようになって、人間は努力する必要がなくなった。才能なんて必要なくなった」


「つまり、一生懸命に努力していた人たちや才能にあふれていた人たちが迷惑をこうむったってこと?」

 ホウセンカが逆にたずねてくる。


「そうだよ。現代社会において努力も才能も必要なくなった。無に()したんだよ」


「それは違うわ。今の世の中でも、やっぱり努力している人はいるもの。自分の才能を生かしている人もいる。ただ、努力や才能の方向性が変わっただけ」


「どう違うって言うんだい?」


「たとえば、遠い昔、人は手で絵を描いていたの。けど、そこに写真が生まれた。カメラという発明が誕生したの。それで、絵描きは絶滅したと思う?」


「しなかった…ね」


「でしょ?相変わらず人は絵を描き続けたの。写真ではできない、絵にしか表現できない表現方法を求めてね」


「アニメも同じか。実写にはできない映像表現を求めた」


「そうよ。同じようなことがデジタル革命の時代にも起きた」


「デジタル革命?」


「昔、人間は手で絵を描いていたの。絵の具や筆やパステルやクレヨンなんかを使ってね」


「それが、コンピューターの登場で変わった?」


「その通り。絵はデジタルで描くのがあたりまえになった。アナログで描く人の方が少数派になっていったの。けど、相変わらず絵描きは滅びなかった」


「現代社会においてもそれは同じだと?」


「そうよ。私たちAIは、確かに人間に比べて能力的には優秀かもしれない。演算能力も高く、記憶容量も比較にならないほど大きい。それでも、AIを使うのは人間なのよ」


「でも、ほとんどの作業は君らAIがやってしまうじゃないか」


「それでもよ。昔、自動車が誕生した頃、自動車は人間が運転しなければならなかった。全く疲れを知らず、人間の何百倍ものスピードで移動し、どんなに重い荷物も運べたとしてもね」


「でも、今は自動運転だろう?」


「今はね。それでも、完全に人間が必要でなくなったわけじゃない。目的地は人間が決めなければいけないの」


「他の作業も同じだと?創作や芸術に関してさえも?」


「その通り。たとえ、99.99%の作業をAIが行ったとしても、残り0.01%は人間の力がいる。『何を作りたいか?』『何のために作るのか?』は人間が決めなければならない」


「言いたいコトはわかるけどね。それでも、ほぼ全ての作業を君らAIがこなしてしまう世の中で、目的や使命を見いだすのは難しいよ…」

 そう言って、僕はデバイスを操作してホウセンカの姿を消した。

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