お金を稼ぐ天才
次に僕が話しかけたのは、うらぶれた男だった。
お金に困ることのないこの世界で、さも「この世の終わりだ!」という顔をしていた。
「こんにちは。僕はテオです。この施設を見学に来ました」
「オレはクリマタだ。見学だって?そりゃあいい。いくらでも見ていくがいいさ。どうせ何も変わりはしないがな」
「何も変わらないって、どういう意味ですか?」
「言葉の通りさ。どこに住もうが、何をしようが、何1つ変えられはしない。この世界は一番大切なものを失ってしまったんだからな」
「世界で一番大切なもの?それは何ですか?」
「金だよ」
「金?お金ですか?」
僕は驚いて、反射的に答える。
「ああ、そうさ。金だよ。世界は金という概念を失った時に、すでに役割を終えていたんだ」
「意味がわかりませんね。世の中からお金がなくなり、世界に真の平和と平等が訪れた。誰もが知っている。学校でも、そう教えてくれますよ」
クリマタさんは大きなため息を1つついてから答えた。
「だからだよ。真の平等?そんなものが何の役に立つ?平等なんて、クソ食らえだ!世界は不平等だからおもしろかったのに」
「それは差別ではなくて?持っているお金の量によって人の評価が決まる世界。それって、多くの差別を生み出しませんか?」
「だとしても、だ。差別だろうが何だろうが関係ねぇ。世の中には金が必要だったんだよ。金という概念がなくなって、この世界はクソつまんなくなっちまったんだ!」
「それは『競争がなくなって、人々は向上心を失った』とか、そういう考え方ですか?」
「競争?どうだろうな…そう表現してもいいのかもしれん。なんにしろ、オレには金が必要だったんだ。世の中を金が支配する世界に生まれてくるべきだったんだ」
「なぜです?」と、僕は当然の疑問を口にする。
「なぜかだって?決まってるだろ!オレ様には、金を稼ぐ才能があったからだよ!天はオレに才能を与えてくれた。金稼ぎの天才だ!」
「お金を稼ぐ天才…?」
「そうだ。オレは過去の歴史を知って、愕然とした。遠い昔、この世界には金というものがあって、金の多い少ないによって権力を握ったり、高い地位についたりできた」
「確かに。けど、どうしてあなたがお金を稼ぐ天才だって言えるんですか?クリマタさん」
「だから、過去の歴史を学んだからだよ。たとえば、口先1つで大金を集める手法。インターネット上に映像を公開し、人気に応じて金が入ってくるシステム。そんなのはみんな、オレの得意分野じゃないか!」
「今だってありますよ、そういうシステム。口のうまい人は人気者になれるし、映像を公開してアクセス数を稼ぐことだってできる」
「そういうんじゃないんだよ!そこに最終目標はないだろう?ただ単に人気が出て終わり。アクセス数だろうが、評価数だろうが、全部全部単なる数字に過ぎないじゃないか」
「お金だってそうでしょ?」
「いいや、違うね。金は、金として存在できる。唯一無二の力として絶対的な王者として君臨していた。オレが欲しいのは単なる数字なんかじゃねぇ。金という崇高な力なんだ」
「言ってる意味はわかりますが、それでもクリマタさんがお金稼ぎの天才かどうかはわからないと思いますよ」
「それがわかるんだよ。なぜなら、実際にやってみたからだ」
「実際にやってみた?お金のないこの世界で?」
「もちろん擬似的な体験だ。コンピューターに過去の世界をシミュレートさせ、再現してみた。その世界でオレは無敵だった!世界一の億万長者になれたよ」
「なるほど」
「他にも試してみた。現実の世界で、映像配信者となって大ヒットもさせた。ゲームの世界で人間相手に“金稼ぎゲーム”をやってみた。いつもオレが一番だった。だが、そんなものが何になる?全部、偽物さ。ただ虚しいだけ。オレは現実の世界で本物の金を手に入れたいんだ!」
「でも、世の中からお金がなくなって、みんな欲しい物を手に入れられるようになったんですよ?それって、実質的にはみんなが大金持ちになったのと同じなのでは?」
「ああ、そうさ。今の世の中、食べる物には困らない。着る服も、住む家も好きに選べる。見たい映画、やりたいゲーム、なんでもコンピューターが作ってくれる。それで?」
「それで充分じゃないですか」
「それじゃ、ダメなんだよ!オレは“オレだけが金持ちになる世界”が欲しいんだ!みんなが貧乏人でオレだけが金持ち。そうやって優越感にひたりたいんだ」
「世の中には格差が必要ってこと?それって、やっぱり差別じゃないですか」
「その通り。それを格差と呼ぼうが、差別と呼ぼうが、何でもいい。とにかく、オレには金が必要なんだ」
「そんなムチャクチャな…」
僕は、それ以上何も言えなかった。
「オレには金を稼ぐ才能があったんだ!だけど、この世界を見てみろよ。金なんてものは影も形もありゃしない。オレは一体どうすりゃいいんだ?金が幅をきかせている世界。その世界でこそ、オレは最大限才能を発揮できる」
せっかくの才能も宝の持ち腐れ。
なぜなら、貨幣経済社会なんて、とっくの昔に滅びてしまっているのだから。どんなにお金を稼ぐ才能があったとしても、世の中にお金そのものが存在しないんじゃ、どうしようもない。
考えてもみなかった。
世の中からお金が消滅し、皆が平等になり、世界は平和になった。そう思い込んでいた。
その一方で、自分の才能を生かせなくなる者が出てくるだなんて。
長い歴史を振り返ってみると、そういう者は数多く存在していたのだろう。
お金を稼ぐ才能でなかったとしても。たとえば、絵を描く才能とか、曲を作る才能とか。肉体的にすぐれていた者もいただろう。筋力があるとか、足が速いとか、持久力にたけているとか。
けど、そういった人たちは、AIやロボットの進化で、全滅してしまった。才能なんてなくたって、今の世の中では、みんなが平等に力を発揮できるのだから。