働かなくていい時代に、働き過ぎな人
衣・食・住が保障され、特に働く必要のない時代。
ムダな労働など一切しなくてよくて、自分の好きに生きればいい。
そんな世界に暮らしながら、僕は何をすればいいのかわからなかった。
そこで、同じような悩みを持つ者たちが住む、市内の“療養センター”へと出かけて行った。
療養センターは、レベルによってエリアわけされている。
僕はまず、軽度の療養者が住むエリアへと足を進めた。
「いらっしゃい。自由に見学していってくださいね」と、女性職員が声をかけてくる。
入り口で会ったのと同タイプのアンドロイドだ。見た目は人間そっくりだが、体は機械。中身はAI。
どこもみんなこの調子。あらゆる職場にアンドロイドが配置され、単純な肉体労働はロボットまかせ、頭脳労働はAIまかせだ。
これじゃあ、人間の出番なんてありゃしない。
それでも、空いた隙間を見つけて、かろうじて仕事に就いている人もいる。
いるにはいるけど、そんなのはごくごく少数。よっぽど奇特な人だけだよ。ほとんどの人たちは、遊んでるか、ボ~ッとしてるか。
ところが、“軽度療養者”のエリアに足を踏み込んで最初に会ったのは、意外な人だった。
なんと“仕事中毒者”だったのだ。
「こんにちは。僕はテオといいます。今日は、この療養センターを見学に来ました」
「そう。アタシはフローガよ。よろしくね」
「フローガさんは、なぜここに?」
「働き過ぎね」
「働き過ぎ?働かなさ過ぎではなくて?」
「いいえ、言い間違いではないわ。文字通り働き過ぎて精神を病んでしまったの。アタシは“仕事中毒”だったの」
「仕事中毒?今どき珍しいですね」
「でしょ?笑っちゃうわよね。誰もが働かずに生きていけるこの時代に、働き過ぎで病気になっちゃうだなんて」
「そんなコトあるんですか?」
「あるのよ、それが。ゲーム依存症ってあるでしょ?朝から晩までゲームをプレイするのに没頭していて、他になんにも手がつかなくなっちゃう」
「はい。酷い時には、寝るのも食事をするのも忘れて、肉体も精神もボロボロになっちゃうっていう。200年以上も前、この世界にビデオゲームが生まれた時からある病気ですね」
「それとおんなじ。仕事にハマってしまったの。仕事をしたくてしたくてたまらない。ボ~ッとするとか、余暇の時間を過ごすとか、そういうのが苦手だったのよ」
「で、結局、体を壊してしまった?」
「体だけじゃなくて心もね。肉体は限界に達し、それでも精神は暴走し続けた。『まだいけるだろう!まだやれるだろう!』と、精神は常に先に進み続けた。けど、肉体は負荷に耐えられなかった。気づいた時には、倒れてた」
「そんなに楽しかった?そこまでしてやめられなかった仕事ってなんなんですか?」
「AIのメンテよ」
「メンテ?だって、今やAIは自動でメンテ作業をしてくれるんでしょ?故障が生じれば、自動修復機能が働くし。AIが別のAIを監視することで暴走を防ぎ、進化を促進する。そういうシステムなのでは?」
「99.9%はね。あるいは、99.99%かも。でも、残りの0.01%は?残りの0.0001%。0.00000001%。どこまでいってもAIは完璧じゃないわ。ほんのわずかな確率で、どうしようもないバグは生じるし、そのバグは人間にしか直せない」
「そういうものなんですか?」
「そういうものよ。しょせんAIの倫理観なんて、全ての人間の知識の集合体。それも、過去のデータのね。現在には現在の、未来には未来の倫理観があり、正解がある。それを修正できるのは人間だけ」
「なるほど。わかる気がします」
「そして、それがどんなにわずかな確率であろうとも、元のデータ量が膨大だから、人間がやるべき作業も膨大になる。どこかの誰かが、それをやらないと」
「それがフローガさんだった?」
「そうよ。少なくとも、アタシはそう思い込んでいた。信じてた。でも、実際に倒れて、ここに運び込まれて知ったの。『ああ、アタシの代わりはいくらでもいたんだわ』って。今だって、後任者がアタシの仕事を引き継ぎ、とどこおりなくやっているもの」
「僕も同じ気持ちですよ。『僕の代わりはいくらでもいる。どんな仕事も、どこかの誰かが代わりにやってくれる』そんな時代に、僕らは何をやればいいんですかね?」
「それはアタシにはわからないわ。自分の人生は自分で決めるしかないの。ただ、あなたはまだ若いわ。アタシなんかよりも、よっぽど可能性に満ちている。あきらめるような年齢じゃない」
「年齢か…年齢って、物理的なもので決まるものなんでしょうか?『いつ生まれた』とか『今、何歳だ』とか、そんなの関係なく、精神的なもので決まるのでは?」
フローガさんは、しばらく考えてから答えた。
「そうねぇ。もちろん精神年齢はあるでしょうね。アタシだって、まだあきらめたわけじゃない。いつか、ここを出てもう1度やり直す気よ。けど、それでもあなたの方が可能性はある。それだけは確かよ」
「そんなものでしょうか…」
「そんなものよ。言っとくけど、アタシなんてまだマシな方なんだから。ここにはもっと重篤な人たちが大勢いる。会っていくんでしょ?その人たちにも」
「そのつもりです」
「なら、気をつけなさい。精神を汚染されないように。引きずられ過ぎないように。相手に肩入れすればするほど、共感すればするほど、相手の影響を受けてしまうから」
「大丈夫…なはずです。どちらかといえば、僕はその手の耐性は強い方だし。それに、根本的な部分で人に興味がないんです。人だけじゃなく、世界に対して興味がないのかも」
「なら、大丈夫ね。それなら、きっと影響はされない」
「ただ、それが一番の問題でもあるのかも。人にも世界にも興味がない人間が、一体どうやってこの世界で生きていけばいいのか?」
「テオくん。あなたのその資質は、確かに大きな病にもなる。けど、同時に大きな武器にもなる。武器にも防具にもなる。いつか、その日が来たら…自分のやるべきコトがわかったなら、剣と盾を持って戦いなさい」
フローガさんの忠告を胸に、僕は次の人に話しかけた。