療養センター
現代社会において、目的の見いだせない若者というのは多い。いや、若者だけではない。年齢に関係なく「自分が何のために生きているのか?」がわからない者は多い。
ただ、年を取っても生きる意味が見つからない者たちは、みずから命を絶っているのだ。だから、数が少ないだけ。現代では、そういう権利さえ与えられている。自分の命をどう使おうが捨てようが自由なのだ。
ただし、それはあくまで最終手段。最後の最後まであがきにあがいて、それでも死を選ぶというならば、誰も止めはしない。止める権利などない。
遠い昔、まだお金が存在していた時代。
人々は生きていくために必死になって働いていた。お金を稼いでいない者は“社会から外れた落伍者”として、さげすまれていた。
それが、いつからだろう?働かない権利さえ与えられたのは?
AIやロボットが進化し、人間の代わりにほとんどの労働をになってくれるようになった。
衣・食・住が完全に保障された時、それは決定打となった。人々は無理をして働く必要がなくなったのだ。つつましやかに生きていくだけなら、働く必要は全くなくなってしまった。
時代は変わり、つつましやかどころか、かなりの贅沢をしても働く必要はなくなった。ほとんど無料みたいな金額で、食糧も家も服も量産されていく。
ついに、商品や物資をお金で取り引きする必要もなくなって、貨幣経済社会は崩壊した。
「ホウセンカ、出ておいで」
僕は腕にはめたデバイスを操作し、17歳女性の姿をしたAIホウセンカを呼び出す。実体はない。単なる立体映像だ。だが、まるで実際に存在しているかのごときリアリティがある。
「な~に?テオ。人を消したり出したりして。忙しい人」
「ちょっとお出かけしよう。行きたい場所があるんだ。移動する間、話し相手になっておくれ」
「ま、いいけどね。それで、どこに行くの?」
「療養センターさ」
「ああ、あそこね。心を病んだ人たちが集められて暮らしてる場所。最近多いみたいね。センターの入居者。世界中どこも入居希望者でいっぱいだって話よ」
ホウセンカの言う通りだ。
現代社会では心を病んだ者も多い。
皮肉な話ではあるが、昔は働き過ぎで心が壊れている者が多かった。現代社会は全く逆。働かなさ過ぎで心を病んでしまう。
「タクシーで行くの?」と、たずねてくるホウセンカ。
「いや、時間もあるし、徒歩と電車で行くよ」と、僕は答える。
この時代、自動タクシーがそこら中を走っていて、誰でも利用することができる。それとは別に電車やバスが通っている地域もある。
もちろん全て無料だ。そもそも、お金なんてモノ、この世界に存在していないのだから。
最寄りの駅まで歩きながら、僕はホウセンカと会話を続ける。
「療養センターについてどう思う?」
「私はあんまり好きじゃないかな?人生をあきらめた人たちの収容施設でしょ?」
「AIらしからぬ返答だな。けど、その側面も否定はできない。なかば廃人になった人たちが、誰も面倒をみる人がいなくなって収容されている施設。いわば“人間のゴミ捨て場”だ」
「テオの方が酷いじゃないの。なにも私はそこまでは言ってないわ」
「でも、事実だろう?いずれ僕だって、あそこに行くのかもしれないし」
「やめなさいよ。そんなコト。それに、私が止めてみせるわ!」
「止められるものならね。けど、このまま生きる目的が見つからないなら、僕も廃人たちのお仲間だよ」
その言葉を聞いて、ブスッとあからさまに機嫌を悪くするホウセンカ。
まったく、僕なんかよりもよっぽど人間らしい。AIに生まれてくるべきは僕の方で、人間として生きるべきは君の方だったんだよ、ホウセンカ。
それから、僕らは電車を乗り継いで市内にある療養センターへと到着した。
「ここがテオの望んでいるユートピアね」と、ホウセンカ。
もちろん冗談だ。今どきのAIは自然と冗談を言ってのける。
「ああ、そうさ。いずれ、僕もここに住むことになるかもしれない。もっとも、世間では理想郷どころか地獄だと考えている人も多いけどね」
療養センターの門をくぐると、入り口でコンピューターが自動で受付を終えてくれた。
ピッという機械音がして、それでおしまい。
昔は、IDカードだとかそれに類する機械で身分を照会していたらしいけど、今どきそんな面倒なシステムを使っているところなんてない。
遺伝子以上に確実な本人証明などありはしないのだから。
そもそも身分を偽称する必要なんて、今の時代にあるのだろうか?
そんなコトするのは、よっぽど風変わりな人間か、特別な思想を持ち合わせている者だけだ。もちろん、身分を偽る行為は違法。
高度な技術力を持ち、わざわざ法を犯そうとする者なんて、ほとんどいない。
世の中からお金という概念がなくなって、多くの法律は必要なくなった。
遠い昔の時代みたいに、自動車を運転する人もいなくなった。いるとしても、趣味で荒野やレース場を走るとか、そういう人だけだ。
街中の車はみんな自動運転に切り替わり、交通事故も激減した。道路交通法も意味を失ったわけだ。
それでもまだ、いくつかの法律は残っているし、刑務所に送られる人間だっている。ほんのわずかな人数だけどね。
「いらっしゃい」と、療養センターの職員さんが声をかけてきた。
中身はAI。体は機械。でも、見た目は人間の女性そのものだ。
「見学をしたいんですけど」と、僕は答える。
「どうぞ、ご自由に。全ての市民に、その権利が与えられていますから。好きに見て回って構いませんよ」と、センターの職員さん。
「ありがとう」
そう言って、僕は建物内を歩き始めた。
*
療養センターは、20階建てほどのビルになっており、療養者たちは建物内に住んでいる。
住居スペースの他に、みんなで一緒に活動ができるフリースペースや、医療関係者が勤務しているエリアもある。
“療養者”と一口に言ってもピンからキリまでいて、軽度の者は数週間から数ヶ月滞在して、センターを出て行く。
問題は重度の者だ。何年も長期療養していて、事実上“終の棲家”と化している者も多い。
彼らは、皆何らかの精神的ダメージを負っており、僕のように「何のために生きているのか?」がわからずに悩んでいる者もいる。
僕はまず、軽度の療養者が暮らしているスペースへと足を踏み入れた。