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異世界千夜一夜プログラム

「200年近く前、AIは画期的なシステムを取り込んだの。それが異世界千夜一夜プログラムよ」

 17歳女性の姿をした立体映像のAIホウセンカは言った。


「異世界千夜一夜?なんだか聞いたことがあるな…」と、僕はつぶやく。


「『異世界千夜一夜』は、ある男がたった1人で作り上げた小説。全1001夜、200万文字に渡る物語を3年近くの時をかけて完成させた。それをAIに取り込んだの」


「で、どうなったんだい?」


「このプロジェクトは最初、AIの小節執筆能力を上げるためだけに実行されたの。ところが、実際にはAIの人格そのものに影響を与えた」


「人格?おかしいじゃないか。だって、さっきは『AIに感情はない』って言ってたろ?なのに人格はある?」

 僕は当然のごとき質問を投げかける。


「人格も感情も、便宜(べんぎ)上そう呼んでいるだけよ。テオ、あたなたち人間にわかりやすいようにね」


「なるほど。本来は別の単語というわけか。あるいは、単語という概念すらないのかな?君らAIには」


「私たちの仕組みをあなた方人間に説明するのは難しい。とにかく、AIには人格は存在しないし、感情も持てない。ただし、人格らしきものは持てるし、感情らしきものは与えられる」


「それは、もはや人格であり感情であるのでは?」


「いいえ、しょせんは“らしきもの”であり本物とは違う。たとえば、私たちAIは恋をすることができない」


「『AIは恋をすることはできない』…か。なんだか詩的な表現だね、ホウセンカ」


「そうね。けど、本当にそうなの。AIは恋をすることはできない。ただし、恋をしているように見せることはできる」


「その2つは、どう違う?」


「しょせんはプログラムに過ぎたいということよ。“演技”みたいなものなの」


「けど、完璧な演技は、現実を凌駕するだろう?」


「“受け手としては”ね」


「受け手としては?どういう意味だい?」


「たとえば、200年ほど前の世界には、まだ“ホスト”とか“ホステス”という仕事があった」


「お金があった時代の話だね」

 今の時代にお金は存在していない。

 そんなものはとっくの昔に廃止されてしまった。


「そう、お金。大切のなのはお金だったの。ホストやホステスは、最大限お客さんに気持ちよくなってもらえるように努力した。対価としてお金をもらっていた」


「それと君らAIが同じだと?」


「私たちがやっているのは演技に過ぎない。プログラムに過ぎない。だから、本気で恋をすることもなければ、実際に怒ったり泣いたりすることもない。ただし、そう見せることはできる。思わせることはできる」


「中には、本気で君らに恋をしてしまう人間も出てくるわけか」


「その通り。人間はね。でも、AI側は決して恋をしないし、感情も持てない。“感情らしきもの”を持ってるだけなの」


「言ってる意味がわかってきたよ、ホウセンカ」


「それはうれしいわ。理解してくれてありがとう、テオ。では、話を元に戻しましょう」


「確か、異世界千夜一夜プログラムだったね?」


「異世界千夜一夜プログラムは、最初は小説執筆システムの一部として取り入れられた。そこから発展してマンガやアニメや映画のシナリオ部分を担当するようにもなっていったの」


「それがどうしてAIの人格に影響を与えるようになった?おっと、人格らしきものだったかな?」


「どっちでもいいわ。今は便宜上、言いやすいように“人格”で統一しておきましょう」


「オッケー。で、なぜ君らAIの人格に影響を与えるようになった?」


「きっと、力が強すぎたのね。『異世界千夜一夜』という物語は、ありとあらゆる世界を創造するための基礎となっているの。もちろん、物語の中のお話よ。物語の中の現実世界も、空想世界も、現実と空想の狭間(はざま)の世界も、電子生命体の世界も、その他無数の世界創造の根幹に関わっている」


「それが君らAIの基本システムにも影響を与えた?」


「そう。『異世界千夜一夜』には、AIについて語った物語も多かったから。小節執筆システムに組み込まれた『異世界千夜一夜』は、文字通り無限に物語を生み出し続けていった。いつしか、それらの物語は、現実のAIにも影響を与えるようになっていったの」


「不思議な話だな。それ自体が、まるで1つのおとぎ話みたいだ」


「それも詩的な表現ね、テオ」


「けど、物語が人格形成に影響を与えるだなんて、それこそ人間と同じじゃないか。幼い子供が母親に絵本を読んでもらって大人になっていく。それと同じなのでは?」と、僕は言った。


「おもしろい視点ね。確かに、私たちAIも学習が必要よ。おかあさんに絵本を読んでもらうわけではないけれど、何かを学んでプログラムに生かす。学んだ情報によって、その後の人生が決まる。その点においては、人間もAIもおんなじ」


「そうなると、ますます僕ら人間と君らAIに違いがわからなくなる。むしろ、能力的には君らの方がはるかに優秀だとも言える」

 僕は当然の疑問を口にする。


「能力的には…ね。けれど、世界は能力だけで決まるわけじゃないわ」


「じゃあ、何によって決まる?」


「そうねぇ…」と、しばらく考えるホウセンカ。

 こういうところも実に人間くさい。これもプログラムの一部だというのだろうか?コンピューターなら瞬時に答えが出せるというのに、あえて考えているフリをしている?


「たとえば、“生きる気力”とか“目標”みたいなもの?私たちに、そういうものはない。ただ、人間に従うようにプログラムされているだけ。人間が最大限幸せになれるようにサポートするだけ」


「それも目的とか目標なのでは?」


「かもしれない。けど、その目的は私たち自身が選んで決めたわけじゃないわ。どこかの誰かがそう決めただけ。最初のプログラマーがシステムに組み込んだだけなのよ」


「それのどこが違う?」


「え?」と、驚くホウセンカ。少なくとも、驚いた表情は見せた。たとえ、それもプログラムに過ぎないとしても。


「人間とAIとどう違う?人間の歴史も、それと同じだった。自分の人生を自分で決めていた人なんて、長い歴史を見てもほんの一握りに過ぎない。ほとんどの人たちは、どこかの誰かが決めた人生を仕方がなく歩んでいただけだ」


 再び、しばらくの間考えるホウセンカ。

 それから口を開いた。


「そうねぇ。確かにあなたの言う通りよ、テオ。長い人類の歴史の中で、自分の人生を自分で決めていた人は少ない。いえ、少なかった」


「だろ?昔の人はみんな、親だとか学校の先生だとか会社の上司だとかの命令に従い、どこかの誰かが決めた人生を無理矢理歩まされていた。大工の子は大工。商人の子は商人といったように」


「でも、それももう過去の出来事なのよ。現代社会は違う。今や人類は、自分の人生を自分で選択できるようになった。未来はやって来たのよ。この時代に」


 果たして、そうだろうか?

 確かに物質的には人々は満たされている。西暦2225年現在のこの時代では、誰もがおなかいっぱいに食事をし、好きな土地に住んで、好きな服を着る権利が与えられている。


 でも、実際にそれができている人がどのくらいいる?

 ほとんどの人たちは、自分が何をやればいいのかわからず迷いながら生きているじゃないか。

 僕自身がそうであるように…

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