考え過ぎは体に毒
朝起きると、服を着替え、トイレに行ってから、すぐに出かける。
朝食は外で取る。
今どき、食事なんてどこでだって食べられる。無人の飲食店が街中にいくらでもあるからだ。
無人とはいっても、アンドロイドの店員さんが対応してくれる。見た目は人間そっくりで、パッと見では違いがわからない。むしろ、現代人よりも表情豊かで人間っぽいとも言える。
ただし、やわらかい素材でコーティングされた皮膚を1枚剥げば、下は機械の体だ。
朝食を済ませると、そこら辺で適当に自動運転のタクシーを拾って乗り込む。
街外れの古ぼけた建物の前で降りる。昔ながらの鉄筋コンクリート造りの5階建ての建物。
歩いて5階まで階段をのぼり、チャイムを鳴らす。
しばらくすると、重い金属製の扉がゆっくりと開き、中からヒゲも髪の毛もボサボサのむさ苦しい男が顔を出す。
「やぁ、テオ。早いじゃないか」
寝ぼけまなこで、岩黒禅があいさつしてくる。
これが、ここ最近の僕の生活。ルーティンワーク。
ゼンさんは、映画監督をやっている。
創作に命をかけており、毎日深夜まで撮影した映像の編集をしている。だから、朝はいつも遅い。
気づくと、ゼンさんはベットに横になり、グ~グ~といびきを立てている。
その間に、僕は汚れた食器を洗ったり、部屋の掃除をしたりする。
…とはいっても、全て全自動だ。
機械にお皿を放り込めば、洗浄乾燥までやってくれるし。掃除だって、空中を飛び交うドローンのスイッチを入れるだけ。自動でホコリを取ってくれる。
だけど、この程度の作業さえ、ゼンさんにとっては、めんどくさくてやってられないらしい。
逆をいえば、そのくらい映画作りに全エネルギーを注いでいるとも言える。
「僕、ゼンさんの奥さんでもなければ、召使いでもじゃないんだけどなぁ」
「ン?ああ、いつもセンキューな」と、僕の言葉が聞こえていたのか、ベッドに横になったままゼンさんが答える。
もしかしたら、寝言だったのかもしれない。
ヒマな時間を使って、僕は自分の作業を進める。
ゼンさんに伝授されたテクニックを使って、自分なりに映像編集をしてみるのだ。だが、なかなかうまくいかない。根本的に僕は何かを創り出すのに向いていないのかもしれない。
テクニックは身についても、魂の込め方がよくわからない。
「んなもん、慣れだよ!慣れ!数こなしてりゃ、自然にわかってくる」と、ゼンさんは口ぐせのようにいってくるが、いまだに僕にはわからない。
“魂”ってなんだ?
お昼くらいになってようやく、大きなアクビをしながら、この家の主がベッドから起き上がってくる。
「フワ~、よく寝た。テオ、お前、睡眠はちゃんと取ってるか?寝るのも仕事の内だぞ。それに『寝る子は育つ』っていうだろう?」
「寝てますよ、ちゃんと。早くにベッドに入って、朝早くにベッドから出てくる。健康的な暮らしをしてるんです。僕は。ゼンさんと違ってね」と、僕は反論する。
「ああ、そうか。ならいい。シッカリ寝て、シッカリ成長しろよ」
そう答えると、ゼンさんは自分のデバイスを使って、近所の軽食屋に連絡を入れる。
20分もすると、空中を飛行するドローンがランチを運んでくる。僕の分もある。
食事くらい外に出て取ればいいのに、それすらめんどくさがってやろうとしないゼンさん。
それでも、外に出かける日はある。
「今日はロケに出かけるぞ」
ムシャムシャと口を動かしながらゼンさんが言った。
「ロケ?」
「ああ、いつも部屋の中ばかりだと健康に悪いだろう?」
よく言うよ。
僕の10分の1も外に出かけやしないのに。
心の中でブツクサ文句を言いながら、それでも僕はゼンさんに従って外に出た。
*
市の中心地にある中央公園へと出かける。
自動タクシーを使ってもいいのだが「この方が健康にいいから」と、ゼンさんは徒歩を選択した。
道すがら、空中を飛び回る小型のドローンで撮影をする。
「“ヒョウタンからコマ”って言葉もあるだろう?あるいは“犬も歩けば棒に当たる”だっけ?世の中、何が起るかわからない。映画に使える素材が、そこら辺に転がってるかもしれん」
ゼンさんの言葉に僕もうなずく。
確かに、世の中、何が起るかわからない。まさか、見学に行った療養センターから、こんな経験につながっているとは。
そう思いながら、僕は腕につけたデバイスを操作し、立体映像AIのホウセンカを呼び出した。
「アラ?今日はお散歩?珍しいわね」
「ああ、天気もいいしな。健康的でいいだろう?ホウセンカちゃんもそう思わないか?」と、ゼンさん。
「ほんとに。そういえば、この街も300年ほど前までは工場の吐き出す煙で空気は汚れ、空は昼間でも常に曇っていたそうよ」
「遠い昔、悪しき時代の話だな」
ゼンさんが感慨深そうに答える。
「信じられませんね。人間が地球を汚しまくっていた時代があっただなんて」と、僕。
「アラ?今だって人間は地球を汚しながら生きてるわよ」
「けど、それだって最低限のレベルでだろ?何ごとにも“許容範囲”というモノがある」と、僕はホウセンカに反論する。
「そうだな。生きてりゃ、イコール罪となる。昔の偉い哲学者だか宗教家だかも言っていた。誰もが無意識の内に他者に迷惑をかけてしまっている。だから、それ以上の恩返しをしてやりゃいいわけよ」
ゼンさんが言う。
「それ以上の恩返し…か。僕に、それができているだろうか?」
「難しく考えるな、テオ。自分のやりたいことを精一杯やれ。その上で、他者のためになることができりゃ最高だ。その程度の考えでいい」
「そうですね…」と答えながら、僕は迷っていた。
“自分のやりたいこと”って、一体何だろう?
ゼンさんのやっているように何らかの創作活動や自己表現に没頭することか?
それとも…?
1時間ほど歩いて、市の中央公園へと到着した。
公園は、それ自体が広大な敷地になっていて、端から端まで歩けば、もう30分はかかりそうだ。
公園内は人々で賑わっていて、皆、思い思いに楽しんでいる。
ローラースケートやスケボーを乗り回している人。野球やバスケットボールに興じている人。ベンチに座っておしゃべりをしたり、ボ~ッとしているだけの人もいる。
「こういうところは、人間って変わらないのよね」と、ホウセンカが口を開いた。
「変わらない?」と、僕。
「ええ。200年以上も前から、こんな光景が広がっていたのよ、この国は。この国だけじゃない。多くの国がこんな風だった」
「けど、その頃はまだ、国同士でいがみあってたんだろう?戦争も残っていただろうし」
「『いがみあってた』ってのは、どうかしらね?確かに、国同士で仲が悪いとこはあったわよ。けど、そういうのは少数で、ほとんどの国は持ちつ持たれつだったの」
「持ちつ持たれつ?」
「ええ、そうよ。それぞれの得意分野を生かし、特産物や技術を輸出し、代わりに苦手分野を他国に補ってもらう。時にはケンカしながらも、基本的にはうまくやっていたの。人間も同じでしょ?」
「同じかな~?」と、僕は疑問の声を上げる。
「同じよ。好きな人も嫌いな人もいる。中には『ちょっと苦手だな』ってタイプもいるでしょう。けど、みんなうまく折り合いをつけながら生きているのよ」
「僕は…好きな人も嫌いな人も、あまりいないかな?正直、世界にあまり興味がない」
「オイオイ、オレのこともどうでもいいのか?」と、ゼンさんが会話に入ってくる。
「そうですねぇ…ゼンさんは、ちょっと特殊かな?決して嫌いな人ではない。どちらかといえば好きな人。僕にはないモノを持っているし、グイグイと引っ張ってくれて、僕の知らない世界を見せてくれる。何か“特殊”って感じがする」
「それが“好き”ってことだろう?相手に興味や好奇心を持てる。それ自体、好意を持ってるってことさ」
「そうなんですかね?メチャクチャ嫌いだけど、なぜだか目が離せないとか関心があるって人もいるでしょ?」
「ま、いるわな。けど、お前にとってのオレはそうじゃないだろう?」
「そうじゃないですね」
「じゃ、好きってことだよ」
「そうなんですか?」
「お前は、頭の中でゴチャゴチャ考え過ぎだ、テオ。だが、そこがお前の長所でもある。オレにはない能力だ。オレも、お前のそういう部分が好きだよ」
「けど、考え過ぎは体に毒よね~」と、ホウセンカがちゃかしてくる。
「そうだな。物事について深く考えることはいい。だが、時には何も考えずにパ~ッと突っ走っちまった方がいい時もある。臨機応変に振る舞え、テオ」
ゼンさんが言った。




