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200年前の世界

 西暦2225年。

 地球はまだ滅んでいなかった。

 この200年で文明ははるかに進歩したけれど、人々の(いとな)みはさして変わってはいない。

 人間は働き、食事をし、排泄行為をし、眠り、趣味に時間を費やして生きている。

 ただし、この時代にお金は存在しない。そんなものとっくの昔に廃止されてしまった。


「ホウセンカ、出てきておくれ。ちょっと会話をしよう」


「な~に?テオ」


 僕の左手首につけたデバイスから、立体映像が飛び出してきて答える。

 立体映像は等身大の女性の姿をしていて、まるで実際に目の前に存在しているかのようなリアリティがある。


 彼女の名は“ホウセンカ”

 昔、日本の庭でよく見られた花の名だ。年齢は17歳。僕がそう設定した。

 僕は現在14歳だから、ホウセンカはちょっとばかし年上のお姉さんということになる。


「AIの歴史について教えてくれないか。特に200年ほど前。本格的なAIが登場し、人々の生活に浸透し始めた頃のコトを」


「200年前。AIが実用段階に入った時代のコトね」

 そう答えるホウセンカ自身が、AIの進化体だ。


「そうねぇ。転機となったのは、2022年前後かしら?それまで50年近く研究してきたAIが、突然、実用段階に入ったの」


「それ以前の50年間は使い物にならなかった?」

 僕はホウセンカにたずねる。


「全く使い物にならなかったわけじゃないわ。自動翻訳とか、絵に色を塗ってくれたりとか、簡易的な小説を書いてくれたり、シンプルな作曲機能なんかはすでにあったもの」


「でも、おもちゃみたいなものだった?」


「その表現いいわね。まさに“おもちゃみたいなもの”だったのよ、それ以前のAIは。いいえ、それ以降のAIもおもちゃの延長線上にはあった。ただし、非常に高度なおもちゃに進化したの」


「どのレベルまで?」


「人間に並ぶくらい。分野によっては、人間をはるかに凌駕するレベルに進化しちゃった」


 ホウセンカは結構くだけたしゃべり方をする。もちろん、最初に僕がそう設定したからだ。

 こういうしゃべり方を“なれなれしい”とか“イライラする”とか“カチン”とくると感じる人もいる。そういう人は、もっとかた苦しいしゃべり方に変更すればいいだけのことだ。


 高度に進化したAIは、何でも要求を聞いてくれる。いや、何でもではないかもしれないが、少なくともしゃべり方を変えてもらうなんてお手のものだ。

 おかあさん風でも、おばあちゃん風でも、青年にも老人にも学者にもなれる。


「なぜ、そんなコトが起ったんだい?50年近くかけて全く進化しなかったAIが、ある日突然一線を越えた?」


「50年の間に全く進化しなかったわけじゃないわ。人間の研究者たちも懸命に頭を振りしぼって、AIの機能改善をはかってきた。けど、そうね。確かに“ある日突然一線を越えた”そう見えてもおかしくはない」


「なぜ?」


「単純に物量を増やしたのよ。勉強不足だったのね、それまでのAIちゃんは。あかちゃんみたいなものだったのよ」


「では、200年前、AIは赤ん坊から大人に成長したというわけか」

 僕は、アゴに手をやって答える。


「そうね。確かに成長はしたわ。けど、まだまだよ。大人なんてとんでもない!せいぜい2~3歳の幼児ってとこだったわ」


「それでも、並の人間は凌駕していたんだろう?部分的には」


「そうよ。人間でもいるでしょ。“天才児”ってのが。それとおんなじ。特定の分野に関しては、異常な才能を発揮する子がいる。鉄道の駅名を全部覚えていたり、世界地図を丸暗記してたり」


「けど、その時代のAIもすでにオールジャンルで活躍してたんだろう?同じ1つのAIが、絵も描けば、曲も作り、小説も書く。もちろん、外国語を翻訳したり、音声や画像も認識できた」


「ま、そのくらいはね。人間と同じに考えちゃいけないわ。2022年前後には、すでに人間がやるようなコトを一通りこなしちゃうAIちゃんもいた。もちろん、得手不得手はあったわよ」


「どのくらいのレベルで?」


「そうねぇ。たとえば、人間でも間違えないような単純な計算ができなかったり、指示したことを全然守れなかったりした。ラーメンを手づかみで食べる絵を描いてきたり、指や腕の本数を間違えるとかね。それに、よくウソをついた」


「ウソをついた?それはちょっとおかしくないか?意図的にウソをつくというのは、かなり高度な行為だぞ。それこそ、人間並みの知能を持っていないとできない」


「けど、ほんとにそうなのよ。本格的なAIが登場した当時は、ものすごいペースでウソをつきまくっていたの」


「フム…なかなかおもしろい現象だ。初期のAIがすでにウソをつく機能をもっていただなんて」

 僕は再びアゴに手をやってうなずく。


「さっきも言ったように幼児みたいなものだったのよ。ほら、小さい子って、お母さんやお父さんに怒られたくないから、ついついウソをついちゃうでしょ?無意識で」


「人によっては、大人になってもそのクセが抜けない人もいるな」


「それとおんなじ。その頃のAIは、ユーザーの期待を裏切りたくなくて『わかりません』が言えなかったの。『わからない』とか『知らない』と答えるよりも、間違っていたり適当でもいいから何か答えてあげる方がいいと思っていたのね」


「でも、それじゃあ、まるで…」


「人間みたい?」と、ホウセンカが僕の言葉を継ぐ。


「相手の気持ちを察して、あえてウソをつくだなんて、まさに人間そのものじゃないか。すでにそのレベルに達していたというのか?2020年代前半のAIは…」


「もちろん、それもプログラムの一種よ。ただ、結果的にはテオ、あなたが言う通り“相手の気持ちを察していた”のよ、当時のAIは。少なくとも、表面上はそう見えた」


「考えてみれば、人間もプログラムで動いてるようなものだからなぁ」と、僕はつぶやく。


「そうよ。相手が『おはよう』と声をかけてくれば『おはよう』と答える。『バカ!』と言われれば『お前の方がバカだよ』と返す。それをどんどん複雑にしていっただけ。その点においては人間もAIも同じ」


「今やAIの方が複雑な反応を返せるとさえ思えるよ。ホウセンカ、君の方が僕よりもよほど感情的だ」


「アラ?それはありがとう」

 ホウセンカはそう言ってニッコリと笑ってから続けた。

「けど、しょせんプログラムはプログラム。感情とは違うわ」


「どう違うと言うんだい?さっき君が言ったばかりじゃないか。人間もAIも同じだって」


「確かに、どちらも相手に応じて反応している。それでもこれは感情じゃない。“システム”の一種よ」


 僕にはとてもそうは思えなかった。

 それでも、AIであるホウセンカがそう言うのだ。きっと、それは感情とは別のものなのだろう。


「次は、異世界千夜一夜プログラムについて話しましょう」と、ホウセンカは続けた。

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