風吹く街へ 2
もちろんシエリには、遙か昔の"剣と魔法"と呼ばれる時代の記憶はない。ただ、この宇宙の歴史の中で語られる第3世代に現れたエブリン・エクスローズと側近達の物語は恐怖の同義語として叩き込まれていた。
「じゃあ、その四人について教えてくれ。」
オルサバルは車の窓を少し開け空気を入れ替えると話し始めた。
「それも大変危険なことだがカリーシン、あんたの不安が少しでも払えるならいいだろう。要するにこういうことだ、姫様のサリー(旅の姉妹)は元々5人いたんだ、しかし、まだ姫様達が幼い頃、姫様の暗殺が計画され、身代わりになったサリーの一人が命を落とした。彼女は魂までも奪われ再びこの世界に戻ってくるとはないと言われている。」
それが第3世代での出来事だとオルサバルは付け加え話を続ける。
「幼い失敗を繰り返さないため、一切の妥協も許さぬ防衛網を構築したということだ。生易しいものではないぞカリーシン。」
「どういうことだ?」
「彼女達は興味がないのだ。この世のあらゆることに興味を持っていないということだ。」
この話のどこが彼の不安を払拭する切っ掛けになるのかわからない。しかし、シエリは少しずつその出口が見えてきた。
「彼女たちに誤魔化し嘘偽りは通じない。たったひとつのことにしか興味がないから。」
「そうだカリーシン、思い出してくれたか、それはあなたに教わったことだ、遙かむかし昔のことだがな。」
思い出したのは遠い忘れてしまった記憶なのか、S機関の秘匿された図書室で読み漁ったアシュールの記録なのかは分からない。
「"嘘偽りなく己の持てる全てを尽くして"」
「ルグワン・トリエの誓いの言葉だな、古語も話せるのかすごいな。」
突然脳裏から飛び出した言葉だが意味は理解できた、しかし古語など話せるわけがない。
「グルガン族には寡黙な奴が多くてカリーシンを退屈させてはいけないと、俺が無理やりこの運転手の役目をかって出たわけだが、どうやら成功のようだな。」
車窓から見えるのは広大なコーン畑だったすでに茶色く色づいており収穫を待つばかりなのだろう。ポツンポツンと所々に森が点在して地平線を隠しているが視界に迫る物はない。オルサバルは機嫌よくハンドルを指先でリズムをとりながら車を北へ走らせる。
「グルガン族の歴史書は見せてもらえるのか?こちらに保存されていると聞いている。」
「おそらくだが大丈夫だろう、ヨーロッパには俺達兄弟は少ないからな。」
オルサバルの記憶が多岐にわたっているのはグルガン族が独自に生まれ変わりの記録を集めアーカイブ化しているからだ。第3世代は大きな戦いが繰り返された時代だ、そこから多くのグルガン族が"生まれ変わり"を始める事になった。戦いを指導したのはアシュールなのだが、その一人であったシエリに記憶はない。
グルガン族出身だったエブリン ・エクスローズの歴史模様に織り込まれているのか、彼の周りにグルガン族は少ない。その代わりシエリの親友だったと言われる大商人バイロン・グレイの子孫と言われる一族がS 機関には名を連ねている。ただ面倒くさいことに、グルガン族が戦いを求めるようグレイ一族は何かにつけて取引を求め簡単には彼らの歴史書を見せようとはしない。
「カリーシン、勘違いして欲しくないので言っておくが、俺があなたに気安いのは約束があるからだぞ。」
確かにエブリン ・エクスローズに対しては姫様、姫様と敬いが見えるが、彼に対して、ほぼタメ口だ。気にはしていなかったが理由があるとすれば知りたいと思った。ジィズゥール達ともタメだがそれは幼い頃より一緒に育ってきたせいだと自然と思い込んでいたからだ。