砂漠の民の憂鬱
「こんな面倒くさい奴らは始末して帰りませんか?」
不穏な幻妖斎の言葉にユキは渋い顔で応える。
「だなあ、ローズ姫のお願いだから回復の手伝いはしたけど。確かに足手まといだ。」
お願いされたのは回復で、その後のことに言及はなかった。もちろん、彼女の”後のことはお願いね。”には色々なものが含まれていたのだろうが、“深く考えていなかった”というのがユキの正直なところだ。
だが、とにかく面倒くさい。パオワのルーゼ、彼女の存在自体が面倒くさい。彼女の考えていること、彼女の成し遂げようとしてることが面倒くさい。魔導的アナログの極みだ、できれば関わりたくない。とユキはあれこれ考える。
何処かにすべてをほったらかして逃げ出す道筋はないかと考えるが、うまく見えてこない。どれも結果、夏目との距離が遠のくばかりだ。
「アシュール•聴雪原野様、何卒御慈悲を。」
パオワのルーゼ、モストルクーニの毒花の丘に迷い込み回復の見込みの薄かった直系の子孫にあたるパオワのキュレルに転移した女。古代パオワの英霊にして追放者。理由はムトリ陥落のきっかけを作った為、見返りとして一族の数万年の繁栄が約束された。中興の祖であり、裏切り者である。
予言の話だ。この手のやつはとにかく面倒くさい。探る記憶はないが、どこか心に引っかかる、何かがある。シナリオは有りそうで無い、あるいは無さそうで有る。
「まるまる他人任せで実績を積んで一族を支配しようなどと、お前はどう思うんだパオワの男?」
護衛として任務に失敗し、まんまと主を乗っ取られてしまった。男は呆然と座り込んでいた。それも相手は追放者でありながら一族の神殿に祀られる英霊だ。
「殉死することを望む。」
”ああ、やっぱり面倒くさい。”
「”待ちなさいジョルダン。私は死んでなどいませんよ。私の意思は一割ほどしかありませんが、肉体を彼女と共有している状態です。“」
「誠でございますかお嬢?いいえ、キュレル様。」
「“本当です、しかし、最大限の抵抗はしますがやがて吸収され、私は彼女の一部となりわずかな制御力にしかなりません。彼女は本物ですが、危険な存在です。あなたがコントロールしなさい。”」
“面倒くさいが加算されてゆく。“
「「何を言い出すかと思えば、貴方達の怠惰の尻拭いなのよ。」“貴方の奔放な血筋です、ご先祖様。”」
一つの体で二人の女が口喧嘩を始めた。ユキはさらに顔をしかめる。しかし、瀕死の状態であるはずの女の胆力に関心を抱く。
”パオワのキュレルの使命感は尊重しなくてはならない。夏目が受け止めた意志だ。”
突然背後から女の口をふさぎ抱きしめているような姿勢になる。あくまでそう見えるだけだ。ユキが始めたのは寿命の書き換えという最高難易度の儀式。女は目を見開き意識は膨大な星々のきらめきの狭間を落ちていく。
彼女は大量の汗をかき身につけている薄手の寝巻きが女の体にへばりつく。見事な肢体が布越しに露わになり激しく揺れている、まるでユキが背後から犯しているように見えなくもない。
あくまでも彼の記憶は失われたままだ。しかし、過去に手に入れたスキルへの道筋はなぜだか見える。それがどんなに高度で困難なものだとしても。
力尽きぐったりとした女の体を抱き上げるとそのまま寝台へ運ぶ。
「五十年ほど三割の自我を保つことができるだろう。ジョルダンお前がこの秘密を守るんだ。分かったな。」
アシュール•チョウセツ•ゲンヤが如何なる魔法を行使したのかは分からない。だが、風前の灯火だったキュレル様の命はつなぎ止められルーゼなる英霊の魂に飲み込まれる事なく意識を保つことができるのだろう。信じ難い事だがジョルダンは様々な疑問を抑え込み受け入れた。
「仰せのままに。」
「まあ、この女も悪い人間ではない。ただ、現在の常識が身についてないだけだ。もう少し割合を均等したかったのだが、彼女はさすがに英霊だ経験と信仰が彼女を形作っている。」
「ご助力いただけるのですか?」
「もとよりそのつもりだ。ただ筋道が必要だっただけだ。俺の連れは口は悪いがそのことを理解してくれている。」
幻妖斎が声には出さなかったが、ふん、と視線を外した。面倒くさいのはあんたも一緒だと言わんばかりに。
「問題はルートだ、このままこちら側から流砂に潜るには彼女の体力が持たないだろう。効率も悪い。」
すぐさま幻妖斎が反応する。
「テンジン、外の具合はどうなってる?」
部屋の片隅の影の部分に座り込み、ディバイスを睨みつけていた男に声をかける。チベット系グルガン族に紛れ込んでいるが鍛冶屋一派の草の男だ。
「お館の予想通りエクスローズ様のジェットが襲撃されたようですぜ。無事撃退され、お立ちになられました。洗脳者のゲリラ活動は単発的で脅威ではないでしょう。」
異世界からの侵略者もさすがにこのような辺境の地まで手が回らないということだろう。
しかし、
「アメリカとフランスの探索者グループが近づいています。」
予想はできたことだが、タイミングが悪い。異世界へのゲートが開くのは今夜から明日の朝にかけてだ。元々S機関のキャラバンの帰還予定の日とされていた。連絡の途絶えた彼らを迎えるグルガン族の動きを追えば特定される可能性がある。
「とりあえず数を減らすか。各代表者一名にはゲートをくぐる権利を与えるとか。」
またおかしなことを言い出したと幻妖斎は顔をしかめる。だが、この男の頭は固くない。見た目はむさ苦しい親父だが最先端、最精鋭の指揮官だ。
「では、正解を含めた情報を五、六
ヶ所拡散し、グルガン族にも動いてもらいましょう。」
あくまでゲートをくぐる権利だ。入り口で置き去りにすればサハラ砂漠以上に広大きな砂漠で高山地域仕様の装備での行動は不可能。水も食料も不十分で目的地も不明。その場でお引き取り願えば良いだろう。
その反面ユキはこうも考えていた。
探索者を有効な能力を持つ者達をこの戦いに導入することを。
夏目が彼と共に、ローズ姫がシエリ卿と行動を共に始めればこの世界に歴史的変化が訪れる。敵の展開する計算された遭遇戦に対処するには人材が必要だ。北米では時間切れの近づいて来た”時限庫“を包有する迷宮が時代の表面に姿を現しつつある。らしい。
関わりのある魔女や有効な能力を持つ探索者が存在をアピールし始めている事に間違いない。
「二時間もすれば彼女も目を覚ますだろう。そうしたら出発だ、用意しよう。」
しばらくして検索者デラシネから、一通の SNS が発信された。
ヒマラヤの五ヵ所の地名と明日の午前四時までにたどり着いた者、一名に限りゲートを潜る権利を与えるというものだった。




