夢の始まり
まるで幼い頃見た夢の続きだ。
探索者ことヤデル・ソルリラは目隠しのまま恐怖と戦いながら前へ進む。今、彼女が任されているのは背後から接近してくる敵だが正直に怖いのは二人に置いていかれることだった。
それは今でも見る夢だ。現実に起こってしまった悲しい出来事がデフォルメされ繰り返し見続けている彼女定番の悪夢だ。
双子の妹リュナが原因不明の病で苦しんでいる。十年前のことだった。激しい嘔吐、腹痛、倦怠感などを特徴とする病態は自家中毒だと思われたが一般的な治療では改善が見られなかった。
彼女の体内の中で生成される何らかの毒素が彼女を苦しめている。だが、それが何なのか特定できない。唯一人工透析だけが彼女の病状を緩和することができたが、以来彼女は機械に繋がれたままだ。
父母は互いに裕福な一族の出身で外科医の父、歴史学者の母はそれぞれの方法で彼女の救済を試みるがその願いは叶わない。
七歳のヤデル、自宅のタウンハウスの前で母親の出勤を見送るのが日課だった。いつもは振り返ることのない母親が街角に消えるまで三度振り返った。娘の姿を瞳の奥に焼き付けるように寂しげで、不安にさせる行為だった。
そして彼女の危惧は的中し母は消息を断った。あの覚悟と未練の混じり合った母の顔が悪夢の原点となり、幼なかったヤデルを追い込んでいく。
”連れて行ってくれればよかったのに“
寡黙な父はさらに無口になり、その態度は冷淡と言えるほど無関心に見えた。それが別の感情の表現だということに気づいたのは何年も後のことだった。
父との不和、母の不在、不安な妹の病状。不安定なヤデルの心を気遣う母方の祖母の勧めに従い彼女は家を離れスイスのボーディングスクールで学ぶことを決意する。
そして、何のことはない。逃げ出したのは自分だけだったということに気づかされる。
ただ、彼女が十代になったばかりの幼い少女だったということなのだが、多感で早熟な彼女は混乱を振り解きながら決意を固める。
そのきっかけは、カバンの中に紛れ込んでいた一枚のメモから始まり世界が広がった。
アルファベットと数字の羅列に過ぎないメモだったが、彼女にはそれが何なのかすぐに理解できた。
本の請求記号だ、学内にある図書館独自のものなので容易にたどり着くことができた。
大手シンクタンクで働いていた母は歴史学のphdを持ち、考古学、人類学をベースにしたアナリストで非科学的な分野から歴史を考察し近未来を分析対象としていた。そんな重要なことを知ったのも、この学校に来てからのことだった。
メモはこの学校の卒業生でもある母の閲覧記録で卒業後もこの場所に通っていたらしい。
学校の規模からすれば異常に大きい図書館の本の多くは卒業生の寄贈品で。王侯貴族をはじめとした富裕層一族の禁書の類いをはじめ表に出ないものも多く含まれていた。
妹の病が発症後の母の閲覧記録は大きく分けて三分類。
「魔法」「呪い」「敗者の歴史」
本来ならば血迷ったのかと疑いたくなるような内容だが、彼女はそうしなかった。なぜならば彼女は幼い頃より魔法ものが使えたからだ。
魔法と言っても大げさなものではなく、テレビのスイッチのオンオフなどエレクトリックデバイスのリモコン代わりの能力だった。
その事実は母しか知らない。絶対に人前ではその力を使ってはならない、人に知られてはならない、と厳しくしつけられた。
そんな力が存在することを知っている彼女は母の思考を疑わなかった。妹の病を含め現代医学では解明できない病の多くが、呪いであったり魔力の弊害であると仮説を立てたのだろう。
出会いもあった、ミーチャン•モストルクーニ。小柄で無口な女の子だと思っていたが、とんでもない奴だった。極端に無駄を嫌う性格で必要のない会話を望まないだけ。彼女とは不思議に馬が合いその知識の深さと広さに驚かされた。
「貴方はその美しさだけで大金を稼げるわね。憂いに満ちた、疲れた瞳も素敵よ、子供のくせに。」
休日の朝カフェテラスでレモンリコッタパンケーキを食べてる時、突然彼女は現れそう言い始めた。彼女のトレーには巨大なカフェオレボウルと焼きたてのバケット、そしてバターと数種類のジャムが乗せてある。
ヤデルが小さく頷くと彼女は前の席に座り喋り始める。
「感情を表に出すのは得意じゃないよね。だったらやっぱりモデルかな。十七、八歳ぐらいまでにスーパーモデルの仲間入り。大物と浮名を流すのも良いけどもっとミステリアスに行きましょう。カードを教えてあげるわ。未来が見えるやつよ。」
彼女は人生を楽しむタイプの人間だ。ヤデルとしては今あまり関わりたくない人間だが、最後のカードの部分に心が揺れた。
「素敵よ、冷静に欲望に集中できるのね。」
「あなたが私の図書館の閲覧記録を盗み見している人だと思って良いのかしら。」
「私の好みだわ。用心深い人って大好きなの、お友達になっていただけないかしら?」
悪びれることなく、ミーチャンは微笑み右手を差し出した。
入学して二年、沈黙を貫いていた彼女が突然話し始めた。恐らく、在校生の情報を洗い出し精査し自分に有益な人間関係を構築していく準備をしていたのだろう。
この小柄で愛らしい女の子は自分と同じ正常では見えないものを探している。そう感じたヤデルは差し出された手を握りしめた。
そこから本当の学生生活か始まった、ミーチャンの選んだ一風変わった者達との交流は刺激的で多くの変化をもたらした。教わったカードの技術はタロットの原型となるものらしく、より複雑で難解なものだったが、スーパーコンピューターとの結合により読解力を飛躍させた。
ゲンヤ•チョウセツ、この恒星のように強烈なエネルギーを発し、個性的な惑星を従える男との出会いも掴み取った未来だ。強がってはみたが、自分を占う手札はもう無い。この先、彼女の未来に選択肢は存在しない。
二人は飛び級で卒業し、以来、会っていない。探索者に成ったミーチャンはグレイ一族やモストルクー二の支援を受けるチーム パラノンダールを組織してあっという間にトップクランへと押し上げた。年齢詐称の理由はわからないが、十三歳から年を取っていない。
一方ヤデルは、表は未来を読むスーパーモデルとして。ネット上にしか存在しない”デラシネ”というハッカーを演じながら探索者としてその地位を確立してきた。
ミーチャンのアドバイス通りミステリアスに。
これは夢の続きだ、再び目覚めることもない夢だ。
だが、すでに悪夢からは解放された。この男が導いてくれる未来は決して平坦なものではないが、光に満ちている。
彼女に与えられた最後のカードが正しければそうなるはずだ。




