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非常の日常




 「この山脈は異世界との衝突地点だからな。色々な不思議が隠されてるんだ。」


 「次から次に便利というか都合がいいというか色々出て来るな。」


 幻妖斎は呆れ顔で独り言のようにそう言った。


 今、彼等が潜り込んでいるのは次元の狭間、通称ワームホールと呼ばれる場所で目的地への近道らしい。探索者デラシネことヤデル・ソルリラの持つスキルの底上げもかねている。


 「時間の上を浮遊する様々な選択肢から最善のものをチョイスしていると理解してくれ。」


 「凄まじい能力としか言いようがない。」


 「アシュールとして、記憶があればもっと使い勝手がいいのだが、かなり難易度の高い探索のアルゴリズムだ。」


 「やりようによっちゃあ、世界をひっくり返せるような、とんでもない能力のように聞こえるが、違うのか?」


 「世界をひっくり返して良いなら、そちらの方が簡単だ。そうならないように調整するのが難しいということさ。だが不可能ではない、因果律の術式を構築する場合必要なのは答えが確実に存在するという事実だからな。」


 「なるほど、秩序を守りながらとんでもないことをするっていうのが難しいのか。」


 「まあ、そんなに大げさな話じゃないんだけど。幸運とか不運とか考えてみてくれ、それらは間違いなく時間軸の上に同数存在する。だが、それは長いスパンでのことだ。数百年単位だと、まだまだ不均等で不幸な時代や幸運な時代などが発生するが、数千年、数万年と尺を伸ばしていけば限りなく同数へ近づいていく。そして、かなりの数の幸運や不運が人の手に取られることなく浮遊して時間の制限の少ない場所へと流れてゆき思惑のない呪となる。」


 「そうか、それが聖地とかパワースポットとか呼ばれる場所なのだな。」


 「もちろん、呼ばれる要因はそれだけじゃないが、問題は幸運も不運も呪となれば見分けがつかないというところだ。」


 「そこで登場するのが魔女殿というわけか。」


 「聖女も含まれる。」


 とユキはちょっと困ったような顔をして答えた。幻妖斎は面倒くさい、こじらせ女達の顔を思い浮かべる。ユキが世界中の聖地やパワースポットを巡っているのは、色々なメンテナンスが含まれているのだなと賢い彼は言葉にはせずに納得する。


 「人の心には自分の置いたものしか存在しないと言われるが呪は数少ない例外だ。知らず知らずに、やがて心が取り込まれ判断、理解が難しくなっていく。情報の流通が複雑なアルゴリズムに支配されている以上、第三者の視点、あるいは特殊なスキルでの読解力が必要となる。呪は必ず解けるという前提だな。」


 「解けるのか?」


 「どんなに難しくとも必ず解ける。」


 「解除不能な呪いの話など山ほどあると思うが。」


 「ものによっては時間がかかるからさ。だから魔女や聖女と呼ばれる者達の多くは不死ではないが不老なのだ。呪を滅しながら呪を取り入れてゆく。負担は大きいが恩恵とのバランスが取れているというわけだ。」


 なるほど。こじらせ女の温床だなと、賢い幻妖斎は再び言葉を発することなく納得した。


 「話が飛んでしまったが、この場所に至るまでの道筋はそんなに困難なものではなかった。というか千年前、俺が一度こじ開けた通路だからな。」


 

 ユキとの会話に集中することで平静を取り戻そうとしていた幻妖斎。


 あれが ”そんなに困難なもの” ではなかったのかと。ここまでの道のりを思い起こす。




 ”ダージリンの市街地から車でわずか三十分、巨石が並ぶ沢から水の流れ込む人一人通れるかどうかの縦穴が入り口だった。ユキは水しぶきを浴びながら降りて行く。そして、下りから道が平坦なになったところで巨岩に阻まれ行き止まる。


 だが、ユキは岩の下の隙間を見極めると、躊躇うことなく潜り込んでいった。幻妖斎もヤデルも引きづられるようにあとに続く。拒むことは出来ない、暗闇の中這いずりながら前へと進む。次第に大きくなる大地の響きと不安と闘いながら。 


 視覚を失い時間の感覚を失い、恐怖を紛らすため様々な事を自問しながら辿り着いたのは、開ききった瞳孔には眩し過ぎる光の世界が広がる。


 やがて視力が戻り、天井を見上げるとそこは水底だった。澄んだ深い青色の水が日の光を通しながら揺れている。時折、風紋が広がり消えていく。


 ヤデルはポカンと口を開けたまま座り込み天井を見上げている。幻妖斎は座り込みたい衝動を必死で抑えこむ。

ここが決して安全な場所ではないと判断したからだ。


 そして最初の会話へと戻る。



「この山脈は異世界との衝突地点だからな。色々な不思議が隠されてるんだ。」”


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