静寂から喧騒へ
男が裸の女を見下ろしていた、いや、正確には、かつては美しかったであろう女の骸を見下ろしていた。
頭上ではハゲワシが数羽大きく旋回しながら、様子を伺っている。
男は祈りの言葉を終えると、ためらうことなく大ハンマーで女の頭蓋骨を叩き割った。血と脳漿が飛び散り男の白い法衣を汚すが男は構わず、ハンマーを振り続けた。
静寂の寺院の裏山に設けられた一枚岩の祭壇の上、女は肉片に変わっていく。着地したハゲワシが小さな鳴き声を上げた。もう十分だと伝えているように。
鳥葬の儀式だ、珍しいものではない。ただ男の欠落した感情だけが不気味だった。彼には彼なりの信念があり思感もあった、常人とはかけ離れた能力と肉体を有している。だが、心が壊れかけていた。
いや、もしかするとすでに壊れているのかもしれない。
鬼の血を引く彼は不死ではないが不老だ。唯一とも言える友との約束を守りながら千年生きてきた。だが、孤独が彼を蝕み偏執的な行動でしか生きる意欲を維持できない。異世界人を狩ること、強い狩人を作ること。そして、あの小憎らしい小娘に意地悪すること。
肉片に変わってしまった女を男は思い巡らす。才能溢れる美しい女だった。だが執着心がなかった。生きることへの執着が足りなかった。だから崖っぷちで踏みとどまれなかった。
真っ暗なオシカークの心の中に更に暗い闇が影を落とす。満たされない思い出ばかりが増えていく。ただ強くなることではなく、生き残るための強さを教えていたはずなのに、今の若者はすぐ死にたがる。
“片道切符の命がけのミッションなど具の骨頂だ。抑止力にはならない。悟られることなく的に近づき仕留めて何事もなかったかのように家に帰る。絶望とか後悔とか、そんなものを死に行く者へ与える必要はない。ダメージを与えるのは残された者にと決まっている。“
岩盤から溢れる湧水に身を浸し、血を洗い流しながらオシカークは言い訳のように独り言を続ける。
“死にたいのは俺なのに、なぜ皆俺を置いて先立っていく。
そうだ、あれだ、裏高野の専修学院の戦士育成課程で教職を得れば良いのだ。あそこの教育理念は生き残ることだったはずだ。
あの子娘もいる。圧を掛けてちょっといじめてやれば、とんでもないしっぺ返しを食らう。そこまでがパッケージだ、泣いてしまうかもしれない。だが、無様な俺の姿にあいつも笑ってくれるだろう。“
水路を湧水に流されながら寺院内部へと、待ち構えていた侍女達に引き上げられ法衣を下穿を剥ぎ取らる。
女達は彼をマッサージテーブルに運ぶと全身に香料を塗り込んでゆく。皮を捲り玉の裏を肛門の襞から内部まで緩やかに。
そこへ高僧と思しき男が現れ跪く。
「猊下、先程ミショーの丘を越え瀕死の三人の若者達がたどり着いております。二人の護衛を連れた、どこぞのご令嬢の巡礼者と思われますが、いかがいたしましょう。」
オシカークは興ざめしたように侍女達を遠ざける。
「放っておけ。間抜けな死にたがりなどに興味ない。」
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「いきなり災厄が降りかかる。いつものことなので特に驚きはありませんが、やはりまずいですね。」
「良性のトラブルメーカーの必要性の検証には持ってこいですわ。」
「ワッセンナーそれはちょっと言い過ぎたぞ。姫様は別の災厄に突っ込んで行かれただけだ。」
その物言いもどうかと思うが、動き始めた遠い昔の物語の続きを一同感慨深げに思いを巡らす。
調査から戻ったサリー(旅の姉妹)の一人チャトラン•セーリアの報告は彼女達にとって始まりの物語の続編のようなものだった。
ローズ財団のヘッドクォーターの高層ビルから見下ろすシカゴ川。元々はミシガン湖へと流れ込む河川だったが流れを逆流させミシシッピ川流域へと人工的に流れを変えた。
それによく似た、プロフィールを持つ大河の支流での出来事だった。
エブリン•エクスローズとアヴァンダン•シエリの出会いの物語の場所だ。
「サルクマーナフの街が古代遺跡として現代に蘇るとは思ってもいませんでした。」
「チャトラン、間違い無いのね。」
黒髪を無香のオイルで独特に固めた東洋系の顔立ちの美女が頷いた。
「ブラフだったら良かったんだけど間違いないわ。おまけに時限庫が開きかけている。」
と言いながら空間から一本のボトルを取り出した。
「モアナの赤マクリエル治世の61、サルクマーナフ最後の時代の物よ。」
とんでもない値打ちもののワインだが、今の問題はそこではない。あの場所には様々なものが封印されてあるはずだ。それに深い執着を持つものがいることも知られてる。
「わざと封印を甘くして目印を残したと考えるべきですね。」
「場所が場所です。騒ぎになれば抑え込むのが難しくなります。」
「鼻が利くトレジャーハンター達が屯す町も近くにあるな。」
「誰なのあそこを最後に封印した者は?」
「おそらくあの男です。」
ダートーサの悪い微笑みが女達に伝染していった。




