ヒマラヤダンジョンへ
インド、ダージリン、タイガーヒル近くの小川で一人の少女が顔を洗っていた。彼女は口を濯ぐと立て掛けてあった剣を丁寧に布に巻き背に担ぐと街へと下っていく。
「髪伸ばそうかな。」
独り言だ、上り始めた太陽の光に美しい彼女の横顔が照らされる。
数分前のことだったはず、いや数時間?それとも数日?濃縮された時の流れが彼女を少し混乱させる。
ラコーヤ、白夜の森のさらに奥、厳重に封印され秘匿されていた転移紋に乗って飛ばされてきた。予想通り千年使用されていなかった魔法陣は不安定で座標が僅かにズレていたようだ。おまけにそこには先に飛んだはずのパオワの民の姿はなかった。
“すまん遅くなった。”
”本当だよ。千年も待たすなんて。“
“いや、その自覚はなかったが”
”………“
男との短い会話を思い出す。
いつも冷静な態度を崩さない彼が慌てていた。嬉しかった。
”名前を呼んでよ。“
“夏目、その転移紋は危険だ、降りてこい。”
”無理、もう発動してる。”
男はなぞるように指先で空間を切り裂くと一本の剣を取り出した。そして魔力が満たされ、輝きを増した魔法陣の上の少女に投げ渡す。
千年前、彼女に届けられなかったものが今届けられた。
“ユキ、ありがとう。迎えに来て。“
”すぐ行く待ってろ。”
「今度は絶対よ、」 短いやり取りを思い出しながら、彼女はそう呟いた。なかなかの再会劇だった。もちろん早い時に再会は終わっていたが、我慢した分、触れ合うことはできなかったが一気に距離は縮まった。
色々な女が群がり始めた感は否めないがいつもの事だ、聴雪の後ろには魔女の屍の山。一夫一妻の時代に生まれ変わった以上ある程度は自粛してもらわないといけない。志乃と二胡は仕方ない、血のつながりはないが大切な姉妹だ。ユキの庇護の必要な彼の助けになる献身的な女性がこれからどれぐらい現れるのか、それを見極めるのが正妻としての大事な役目だ。
「ダメよ。こんなの今時の女子高生の考えじゃない。他の女に目を移そうものなら不機嫌になってわがまま言って下手に取り繕うものなら、うざいって言わなくちゃいけないのよ!」
そうこうしてる間にダージリンの街が近づいてきた。妄想に夢中になっていた彼女は考えもなく、高い崖を飛び降りる。下は朝の通行量の多い車道で突然降ってきた彼女を避けるため、大量の荷を積んだバイクが転倒し、後続の車が音を立てて急ブレーキを踏んだ。
バイクのおばちゃんに怪我はないようだが、散らばった野菜やら果物を拾い集めながら大声で彼女を罵倒している。少女も慌てて手伝うが彼女が話す訛りの強いマガール語が聞き取れない。
そこへ後続の高級車から降りてきた初老の運転手が、喚き散らす彼女にいくらかの金を握らせると女は静かになり、そのままバイクで走り去って行った。
「主人がお目にかかりたいと申しておりますので、車にお乗りください。」
どこか見覚えのある男だ、嫌な予感しかしないなと、彼女は思いながら開けられたドアから車に乗り込んだ。
「これは天啓だな、ラーバラ。」
「間違いありません、貴方。」
とんでもない金づるが降ってきたと、今にも涎を垂らさんばかりの笑顔でモストルクー二夫妻が彼女を迎え入れた。
ユキは再び走り始めた。ラコーヤの街を、転移紋には大きな傷が入り今の彼では修復できない。山田光刹にことの流れを説明し、インドにヒマラヤへと渡ることを話す。面倒くさい奴めという顔をされたが、無視することにした。
同席していた鍛冶屋薔薇樹から。
「主人をお使いください。きっと役立つことでしょう。」
と、下げ袋預かり裏高野へそしてバス停へと走り抜く。
そこには昼飯を平らげ、タバコを燻らせながら草むらに横たわる男がいた。
「鍛冶屋、仕事だ。時給は三倍、飯、足付きでどうだ。」
「俺の得物はでかいんで預かってもらえますか?」
「いいだろう。これは薔薇樹からの預かり物だ。」
袋の中身は金とパスポート。そして様々なライセンス系の書類が入っていたようだ。
「ところで、どちらまで?」
「インドだ。オシカークに会いに行く。」
「おっと、安請け合いしてしまったな。」
「うちはホワイトだ。ボーナスも出るぞ。」
巨漢の髭面がニヤリと笑う、可愛くはないけど、愛嬌がある分ましだな。とユキは心の中で呟やいた。




