成すべきこと
ユキは何事もなかったかのように右手を彼女から離すと再び目を閉じた。とりあえず一度なかったことにして、リセットするつもりのようだ。
自由になったマルファは魔力まとい久しぶりにお気に入りのドレスへと収束させる。ゴシック風に変わりはないが、彼女の魅力を引き立たせる露出の高い戦闘服。濃い化粧で狂気を演出する。
噂通り凄まじい快楽だった、汚れのない闇の魔力に浸され泡立つように細胞一つ一つが再生されていった。魔力共有が深い男女の関係になぜ例えられるのか身をもって経験した。これが本当の愛の行為になればいかなるものかと欲望がこみ上げる。
"流されてはだめだ。"
マルファは必死で自分の心を冷静な部分に引き戻す。対応を誤まれば自分も原野聴雪の背後に積まれた屍の一つに成り果てるだろうと言い聞かせる。
「感謝いたします。」
彼女は片膝をつき恭順の意をしめす。抵抗はできない、ならば彼の認識で上書きすれば良いと決意したようだ。
"ふう、助かった。ちょっと興が乗ってやりすぎたし。セクハラなんて言われたら、とんでもないことになるところだった。"
ユキの本心は女心とは(ほど遠い)こんなところだった。
「気にするな。彼女を支えてくれた礼だと思ってくれ。原初の魔女カジャ・ケールの"闇の思い出"と呼ばれる魔力を拝借させてもらった。」
「原初の魔女ですか?」
「数百万年前の呪いの抜け落ちた純粋な闇の魔力だ。闇の一族にかかった魂の呪いを完全に解いてしまうには時間が足りなかったが、それでもお前は多くの呪縛から解き放たれたはずだ。」
"とんでもない価値のある魔力だ、原初の魔女カジャ・ケールですって?迂闊に近づけばあっという間にすりつぶされてしまう。最上級に危険な魔女だ。"
マルファは胸に手を当てる。先ほどまで男が掴んでいた場所だ。確かに縫い付けられていたはずの恐怖や渇望が喪失している。自分の身の上に何が起きたのか想像もつかない。しかし、それがどのような影響を与えるか容易く
思い浮かべることができた。
「お前の一族のことは自分自身で決めてくれ。成すべきことを成せば良いとだけ言っておこう。」
「貴方様はとてもお優しく、そして残酷な方だったのですね。」
「その評価はお前の決断次第だと思うが?」
徹底した合理性とそれとは真逆の優先順位、その両辺を完璧に平衡させるバランス感覚こそがこのアシュールの他を圧倒する基軸なのだが、それを本人が知ることはない。
「一人でも多くの仲間を救おうと思った結果です。彼らをコントロールできなかった責任は私にあります。」
「綺麗事だな。ここは戦場だぞ、戦場で輪を乱す者に居場所はない。恩ある者に仇なす行為は避けるべきだと思うがどうかな?」
正論だ。マルファは唇をかみしめる。原野聴雪の感謝の対象はあくまで彼女であり、一族には該当しない。
白夜の森という一族にとって仮とはいえ、安息の地を与えてくれた山田光刹の娘、始乃、元を立たせば一族に連なる者の娘なのだが。彼女に対する異常なまでの執着心を持つ者たちの所業は許さないと言ってるのだろうかと自問する。
淀んだ意識から解放され考えを巡らす彼女は突然遮断されていた何かに触れ息を飲む。
"ここは最前線だ。ここにいるということは?すなわち、存続をかけた戦いに参加するという意志を示してからだ。そんな当たり前のことが抜けをしていた。何らかの制御がかかっていたと考えるべきだろう。
戦いは多対多の大規模な戦闘から、異世界から送り込まれてきた自滅の因子を刈り取るという心の擦り切れるフィールドでの戦いになると戦師山田光刹から教えられていたのになぜだ?"
「気づいたようだな?」
「…おそらく裏切り者が…」
力が弱まり隙を突かれた、だが言い訳など口が裂けても言えるはずもない。マルファは絞り出すようにそう答えた。
「ではもう一度言わせてもらおう。成すべきことを成せと。俺は処罰など望んでいない。」
失態は重く複雑だ。好奇心に負け異世界人の血を求め殺めた。残された、何時どうやって爆発するかもわからない潜在兵器の少女三人。同じサイドの人間といえ、価値観も信頼関係もない大物達。更には敵か味方かよくわからない者達にまだ若いアシュールを委ねてしまった。
「ここから先は一人で大丈夫だ。道は思い出した。」
「聴雪様、、」
「心配するな。クヨクヨする前にやれることをやっておこうぜ。」




