千年の時を越えて
三女の女子高生の僅かに失望した目が思い浮かぶ。たが、彼女に用意していた剣を渡す事は出来なかった。長女の始乃にナイフが次女の二胡なはハ支剣が手渡されたことは知っていた、だろう。
ユキは一人充てがわれた部屋に戻りベットの上で頭を抱えてゴロゴロする。全くもって見苦しい所業だと自分自身に激しい怒りを感じる。
彼女に渡すつもりの剣を納めた箱を枕代わりにユキは何時ものように考えを巡らせていく。彼女にふさわしいものだと思ったが、素直に渡せなかった。
刃長68.8cm
反り1.2cm
鋒両刃造
刺突と切断だけでなく剣の根元にかけて38cm刃は設けず重ねに特殊な素材を用いて相手の武器を魔力斬撃で破壊出来る、戦闘能力は極めて高いが扱いの難しい剣だ。
そして、その剣はユキが鍛えたものではなかった。正確には千年以上前アシュールとして連なる記憶を携え活動していた頃の原野聴雪が彼女のために鍛え一振なのだがユキに記憶は無い。
誰のために作ったのかもわからないものを渡していいものなのか。残念ながら今のユキにそれを再現する技術はない。さらに重ねに使用されている特殊な素材自体が未知の物で手に入れようがないのだ。
だから、彼女に剣を渡さなかったのか?いや違う、自問自答が繰り返される。過去の自分が鍛えたものだと確信があったから手元に置いた。理由はもの作りの思想が一致するという事のみだが間違いないだろう。
「見苦しい、意気地の無いアシュールなどまったく使えないゴミ。女一人笑顔に出来ないクズ男に私の思いを、ましてや人間の未来を託して良い理由ない。いっそ一度死んでもらおうかしら。でもこいつ強いもんな、無駄に素敵な女子に好かれてるし。」
振り向くと辛辣な言葉とは裏腹に優雅にティーカップを掲げてお茶の香りを楽しんでいる女がいた。シューレルだった。
「ああっ、また"剣を渡せば彼女を戦いの中に引き摺り込んでしまう"とか、的はずれな俺様はいい奴気分でうじうじしてるんだろうなあ、死ねばいいのに。」
図星だった。
もう彼女の姿を争いの中で見たくないと思っていた。彼女の悲しげな顔、涙に濡れた瞳を再び見たくないとそう思っていた。
シューレルの厳しい言葉が胸の奥に突き刺さるガラスの様な記憶の断片を呼び起こし心を切り裂く。
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未熟なアシュール と呼ばれていた。
虚しい繰り返しだった。
彼女はいつも幼く十分な準備もできず理不尽に戦いのなかへと誘われ、不甲斐無い俺は彼女を一人残し力尽きる。
異世界との境界線が、この国の歴史上最も曖昧な時代だった。平安京は怪異に晒され夜な夜な魑魅魍魎が跋扈する。今風に言えば街角に突如ダンジョンが現れ小規模なスタンピードが頻発し京は荒れていた。
希望は有ると思いたかった、京の治安は陰陽寮や鬼狩省に任せ俺達は異世界の街へ境界線の街へと潜り探究者や冒険者を率いて、さながら陣取りゲームの様な戦いで異世界人や魔物達の侵入を抑え込んでいた。
小さな勝利だが積み重ねていけば何勝機はあると信じていた、、、だが現実は圧倒的な物量の差に解放したはずの街は再び敵の手に陥ちる。こちらよりに調伏した街の指導者たちは例外なく粛清されていく。
手っ取り早く俺に出来ることは仲間の能力を底上げするために武装を進化させることだった。異世界の伝説を境界線の街の言い伝えを頼りに魔物を屠り魔の森を踏破して新たな素材を求めた。
そして、ある日、長く探していた素材を手に入れることになる。彼女の成長と負担の軽減に繋がるよう構想していた剣の制作が可能になった。
なかったはずの記憶が蘇る。シューレルの刺すような視線に贖いながらユキは記憶を完結させるため心の奥へと潜り続ける。傷ついた心の壁から溢れ出る大量の血を浴びながら。
俺は分かっていなかった。不安気に行かないでくれと、一人にしないでと訴える彼女の気持ちを。俺は彼女をなだめ振り切るように京に戻った。神聖結界に護られた鍛冶場で剣を鍛え上げる為に。
その時鍛えあげた何振りかの一振は今手元にある。彼女には届けられなかった。今になっては誰の裏切りだったのか分からない暗殺劇だった。精魂尽き果てた彼は罠にはまり待ち伏せに遭いあっけなく力尽きた。おそらく彼女の想像通りだ情けない。彼女の一人残された悲しみと絶望を考えると死にたくなる。
ユキは自分が躊躇い積極的になれない原因を突きつけられ呆然とする。シューレルの視線は先ほどよりも穏やかなものになったがそれは決して甘いものではなかった。




