鍛冶屋砦 3
バラキは波多野から受け取ったどんぶりに酒を並々と注がせると一気に飲みほした。ユキとバラキの間をどんぶりが往復する事すでに三回。ようやく彼女は満足したかの様にどんぶりを置いた。
だが、その後の彼女の行動は予想外だった。彼女が求めていたのは、ただ単に酔っ払うことではなく酩酊の向こう側にある彼女特有の魔力を引き寄せ、誰も出来ない事をするための準備だったようだ。
おそらく酒など飲まなくてもできる行為なのだろうが"手っ取り早く"と言うことなので口に出すことは控える。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだと感心しながら。
「何が出てくるかは分かりませんが挨拶代わりの貢物でございます。」
バラキはそう言いながら天鈿女命が天岩戸の前で招霊の枝を持って踊ったと言われる呼び出しの舞を現代風により扇情的に踊り始めた。
美しい女の大胆な動きにユキはどぎまぎする、薄物の神話時代の衣の中で下着をつけていない胸や尻が大きく弾んでいる。ユキが周りを見回すと男たちは視線を下げ直視しないようにしていた。
そこへ11人のバラキに従う女たちも加わり大掛かりな群舞が始まる。神楽や巫の舞とは違う、さらに古い時代から連なる原始的に情熱を畏怖するものへと捧げる舞は加速してゆき女達は次々にユキを言葉と視線で誘惑する。
そして次の瞬間、瞬き一つした後、ユキは一人広間に座っている自分に気がついた。
正確には一人ではない。目の前には大きな羊がいた。いや羊に似た何かがいた、なかったはずの記憶が湧き上がる、三種の双眸を持つ聖獣パミオンだ。遙か昔のこと、この異世界戦争の半ばに滅んでしまった遠い星の仲間達が崇めた、"賢者"と呼ぱれていた存在だ。
青い目は過去を、黒い目は現在、金色の目は未来を見ていると、そして六つの瞳が同時に開くとき破滅の予言が発せられると彼らはそう信じていた。
心臓が一度ドクンと大きく打ったように聞こえた。ユキは戸惑い考える、なぜ俺はこんなことを知ってるんだと昨日までなかった記憶が蘇ってくる。
ああっ、いったい何万年いや何十万年前の事だったろう、その時パミオンの六つの瞳は開かれて彼らの破滅を予言したのだろうか?
"ふん、過去からの逃亡者か気楽なものだな"
ユキの心へ直接語りかけてきた。
「死んだ友には言い訳の言葉もない。」
"潔いな、何が知りたいのだ?"
「いや何も。」
"珍しい男だな、人間は何でも知りたがる身の程知らずだと思っていたが。"
もう何も知りたくなかった、というよりも情報が多すぎて何が何だか分からない。どっちを向いていいのかも判断がつかない、それがユキの正直な気持ちだった。
"情報の整理が必要だということか、欲張るからそういうことになるのだ。"
「その通りだと思う、俺は欲張りすぎた。なんでもかんでも詰め込みすぎて身動きが取れない。」
"お前もしかしてチョウセツ ゲンヤか?"
「そうだが、なぜ、、、」
"今も昔も悩みは変わらんか、人間は進化の遅い生き物だが、笑えんな。"
「面識があるようだが色々と面目ない。」
"同じ忠告で良ければしてやれるが、また聞きたいか?"
「よろしく頼む。」
ユキは迷うことなく頭を下げた。
"女だ聴雪、早く女を見つけることだ。さすればお前の悩みの半分は解決する。"
聖獣パミオンの瞳は金色に輝いていた。
なるほど、そうだろう。分かりきっていたことだ。おくびにも素振りにも決して出さなかったが、ユキの頭の中は何の記憶も無い女のことで、千年放置し続けた、ただ愛しいとしか、言いようのない女のことでいっぱいだった。
「見つけられるかな?」
"ふん、白々しい。これ以上忠告が欲しければあの女との関わりが深くなが良いのか?。さらに三杯の酒を所望するぞ。"
「借りは何れ返す。」
"調子の良い奴め、だが興味深い、、、
また会おうぞ聴雪、女の体がこれ以上保たん。儂からの忠告は一つだ、最高の剣を鍛え女に届けることだ、さすればお前の思い必ずしや届こうぞ。"
次の瞬きの瞬間、聴雪は現実に戻る。耳元で女の声が、
「人妻でよければ私がお供いたします。娘も二人良い具合に育っております、お勧めはまだ十二ですが下の娘で御座います。奥方様にも気に入っていただけるでしょう。」
ユキの肩に、柔らかく重い肉の感触を残して女が離れていく。そこから二人は再び三杯のどんぶり杯を交わし合いユキは宣言する。
「鍛冶屋砦の予算を三倍とする、いまだ砦に辿り着けぬ仲間たちを探し出し、子供達を健やかに育んでやってくれ。」




