風吹く街
「それは俺の記憶にあるニ番目の戦いの時だ、俺とジィズゥールはまだ子供で戦場には連れてってもらえなかった。」
他人の語る自分の知らない過去の物語を旅の疲れ、どこまでも続くとうもろこし畑、まっすぐな道、今は忘れてしまいたい少し先の未来の困難、現実逃避をきめるのは、おあつらえ向きのシチュエーションだったが現実は甘いものではなかった。
「大商人バイロン・グレイの養子トリアス・グレイの率いる 荷馬車隊が魔族の群れに後を付けられていた。前線への補給路を断つためグルガン族の隠し砦を襲撃するためだ。尾行に気付いたトリアスは奴らを森に誘い込み護衛の傭兵を潜ませ罠を仕掛け奴らの数を減らしていった。だが、うまくいったのはそこまでで、トリアスが森の中で木の実や薬草を採取するグルガン族の女や子供たちが大勢いることに気づいた時は既に遅かった。」
迂闊だった、戦いの記憶が素晴らしいものであるはずがない、というオルサバルのことばを失念していた。シエリの心に暗闇が再び忍び込む。
「トリアスは荷を捨て少しでも多くの女、子供を集め助けようとするが、その分馬足が落ち戦いは殿戦の様相で、、、まあそういうことだ。」
シエリの顔色が悪くなっていくのを見てオルサバルは話を一旦止めるが決意したように再び話し始める。
「ジィズゥールと俺はあんたに、ことを知らせるため馬車を飛び降り、魔族を振り切り、森を抜け野営地へ向かった。だが味方の斥候に発見された時には俺たちはボロボロで虫の息だった、血を失いすぎていた、魔導師の力も及ばず俺たちはそのまま息を引き取った。その時あんたと約束したんだ。今度生まれ変わったら、俺達はあんたの隣で戦うことを許されたってわけさ。」
誇らしげなオルサバルの横顔を見ながら、シエリは呆然とする。幼い健気な子供達に生まれ変わってもまた戦うことを約束させる冷血な自分が存在したことを。
「カリーシン、あんたが今、思っていることは俺でも想像がつくがそれは違うぞ。あんたは何でも一人で背負い込みすぎる。それがあんたの弱点だ、姫様や側近の方々が不安になるのはそのことだ。そして勘違いしないでくれ俺がここにいるのはあんたから強要されたからではない、俺がそうしたいから、あんたの横にいるんだ。」
インディアナ州からイリノイ州へ車はやや北西へと向かう。やがてレイクショアドライブに入ると右手にミシガン湖、左手にはシカゴの高層ビル群。ウェンディシティ(風吹く街)と呼ばれる由来は夏でも湖からの心地よい風が吹く事から来てるらしいが、知識としてこの巨大な湖が凍りつく事をシエリは知っていた。そして著名な建築家の設計によるいくつかのビルを思い浮かべることが出来る。フランク・ロイド・ライトのスタジオもこの町にあったはずだ。車は更に北へと走り続ける、ローズ財団のヘッドクォーターではなくエブリン ・エクスローズの別邸に案内されるらしい。
傾きかけていた太陽は遠くになったビル群の向こう側へと落ちていき、広かった道幅が徐々に狭くなり家の敷地は大きくまばらになっていく。オルサバルは車のスピードを落とし右折して私有地に入る門も柵もない森の中だ。さらに5分ほど進むと入江を囲んだとったんに青白く残光に照らされた邸宅が湖に突き出すように浮かび上がっていた。
「カリーシン俺の役目はここまでだ、荷物は降ろしておくからそのまま真っ直ぐに進んでくれ。」
オルシバルは名残惜しそうに、だがそれ以上は何も発さず、ただ口元に拳を当て開いて手のひらを見せた。グルガン族の別れの合図だ。ジィズゥールとも交わして来た、言葉にするのは野暮だが男に感謝の気持ちを込めてシエリは心の中でつぶやく。
"運が良ければまた会おう"




